09.公園



夕食の後、何となしに船員と囚人たちが集まって話をしていた。
場に女性乗組員がいないときなどは、いわゆるエロ系の話になったりもする。
が、今回はあいにく女性が数人混じっていたため、無難な思い出話になっていた。

「楽しそうだな、何の話だ」
通りがかったロヴィスコが、ひょいと加わってくる。
「子供の頃の思い出の話をしていたんですよ。船長は子供の頃、公園で遊んだりしてましたか?」
船員の一人が尋ねると、ロヴィスコが笑いながら答える。
「ああ、いつも泥だらけになって遊んで怒られたな」
「へえ、意外だな。あんたみたいなお坊ちゃんが」
肩肘をソファにかけながら、ライツはからかい混じりに声をかける。

「私は別にお坊ちゃんというわけじゃない。普通の子供だったよ」
「どうだかな」
少なくとも、ライツのようなスラム街で這い回りながら生きてきた子供ではなかったはずだ。
ロヴィスコは何か言いたげな風だったが、そのまま口を閉じた。
そうして、ライツにではなく他の者たちに向かって声をかける。
「そろそろ消灯の時間だ。各自部屋に戻れ」
そのロヴィスコの言葉をきっかけに、皆席を立ち、解散していった。



甲板にゴロリと横になり、星を眺める。
今夜は海も凪いでおり、船もあまり揺れない。
風が多少冷たいが、さして気になるほどでもなかった。

不意に、足音が近づいてくるのに気付いた。
が、そもそも足音を全く殺さずに来る時点で危害を加えようとする人間ではないことはすぐに分かった。
見回りの船員か誰かだろうが、放っておけばいいとライツは動かずにいた。

その足音はライツのすぐ傍まで歩み寄り、そして止まった。
「ライツ。こんなところで寝ていたら風邪をひくぞ」
覗き込む顔は月明かりが逆光になって見えなかったが、声でその人物を理解した。
「ひかねーよ、俺はおまえみたいなお坊ちゃんと違ってヤワじゃねえ」
何をバカなことを、とため息をついて、ロヴィスコの上着がそっとライツにかけられた。

そのままロヴィスコはライツの隣に座り、同じように星空を見上げた。
「綺麗な星だな。おまえは、星が好きなのか?」
「……別に。他に見るもんがないだけだ」
「そうか」
会話が途切れ、沈黙が流れる。

「ライツ」
名を呼ばれるが、返事はしなかった。
ロヴィスコはそれに構うことなく、ライツに話しかける。
「おまえは、公園で遊んだりしたのか?」
「いきなり何だよ」
「いや、さっきの話を思い出しただけだ」
視線は星を見上げたまま、ロヴィスコは小さく笑う。

「……公園は何度も行ったけど、遊んだ覚えはねえな」
「公園に行ったのに、遊ばなかったのか?」
ロヴィスコが不思議そうな様子で尋ねてくる。

ライツにとって、公園は遊ぶ場所ではなかった。
日が落ちて子供たちのいなくなった公園。
逃げ出して住むところなどないライツは、よくそんな公園に入り込んだ。
公園なんてそれこそスラムから遠く離れた住宅街にしかなかったから、見つからずに辿り着くだけでも一苦労ではあったけれど。
木が茂り、芝が植えられたそこは、コンクリートよりもずっと暖かかった。
夜、真っ暗な公園でひとり。
遊ぶなどという発想自体、生まれることはなかった。

「もし、どこかの国に辿り着けたら……」
ポツリと、ロヴィスコが呟く。
「そのときは、一緒に公園に遊びに行くか」
「はぁ? 何バカなこと言ってやがる」
「何故だ? 大人が公園で遊んだっていいだろう」
どうやら本気で言っているらしいロヴィスコに、ライツは呆れるしかない。

「大体、公園で何して遊ぶってんだよ」
「色々あるだろう。ブランコとか、滑り台とか。大人だって、頑張れば乗れるぞ」
「んなことに頑張ってどうすんだよ……」
ため息をつくが、想像すると何だか妙に楽しい気分になってきた。
「あと、公園の遊具といったら……ジャングルジムにシーソーか」
「くっ……はははっ……! 俺とおまえでシーソーかよ! シュールすぎんだろ!」
想像したその姿があまりにも可笑しくて、ライツは腹を抱えながら笑った。

「あー……久しぶりに笑ったな……」
笑いすぎて涙の滲んだ目尻を拭いながら、ライツは隣に座るロヴィスコを見上げる。
すると、丁度こちらを向いたロヴィスコと目が合った。
「ライツ。いつか、一緒に行こう」
向けられた微笑みは、何の裏もない暖かさに満ちていた。
「…………気が、向いたらな」
ついと視線を逸らしながら、そう答えた。

はっきりと「行かない」と言えなかった理由を知るのは、取り返しがつかなくなった後だった。


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