13.おはなし



アモンテール。
白い髪と黒い肌、赤い瞳を持った邪神の末裔。
人と似た姿をした、人ならざる化物。
恐ろしい、とても恐ろしい物語。



子供の頃から幾度も幾度も読み聞かせられたそれを、疑問に思うことなどなかった。
この国には、アモンテールという恐ろしい化物がいる。
それは幼いベルカにとって当たり前のこととなった。

平民の子と城の者たちから見下され、蔑まれていたベルカ。
身分や血筋、ただそれだけの理由で蔑まれる理不尽を知っていた。
そのベルカでさえも、アモンテールを化物と見下すことをおかしいとすら思わなかったのだ。

触れ合ったこともない、実際に何かをされたわけでもない。
そんな彼らを何故あんなにも忌み嫌っていたのだろう。
今だからこそそう思えるが、当時はそんなことを考えることもなかった。

これが、実情なのだ。
誰もが皆、『アモンテール=化物』という図式を子供の頃から刷り込まれている。
恐ろしい物語を読み聞かせられ、彼らに恐怖と嫌悪を覚えながら成長する。
あまりに当たり前になりすぎて、それに疑問を持つこともない。

既に常識として凝り固まったそれを解きほぐすのは、決して容易なことではない。
ベルカ自身、新月や天狼と出会い、実際に彼らと触れ合うまでは頑なだった。
その点では、離宮で殺されていたアモンテールの遺体を見て涙を見せたオルセリートの方が、ずっと柔軟だったのかもしれない。

それでも、少しずつ。ほんの少しずつ。
アモンテール────ホクレアとアゼルプラード人の溝は埋められていっていると信じたい。
今はまだ、このヴィゼ・カミーノだけでしかないけれど。
この街の人々は、徐々に『アモンテール』が恐ろしい化物ではないのだと気付き始めている。



いつものように、コールや新月を伴って街を歩く。
ふと、道の端に小さな子供の姿が見えた。
見覚えのあるその子供は、あのときベルカにお礼だと言ってシトロンを差し出した幼子だ。
ベルカの傍にいた新月を見て、怯えた顔を見せていた。
その子供が、恥ずかしそうに手を振っている。
ベルカが微笑んで手を振り返すと嬉しそうな顔を見せたが、もう一度手を振り出す。
その仕草を見て、ベルカはピンときた。

「新月。手を振り返してやれよ」
そう言いながら振り返ると、新月が驚いたようにその子供の方へと顔を向ける。
「あの子、新月に手を振ってるんだよ」
「……そう、なのか?」
戸惑ったような様子で、新月が控えめに子供に向けて軽く手を上げる。
すると、花が開いたかのように満面の笑みを浮かべて一層大きく手を振った。

その笑顔を見た新月に、ほんの一瞬、気恥ずかしそうな笑みが浮かんだ。
初めて見る表情に、ベルカも何故だかとても嬉しい気持ちになる。
「……何をニヤニヤしている」
ジロリと新月に睨まれるが、先程の顔を見た後ではあまり迫力を感じない。
「いや……なんか嬉しいなって思ってさ」
「どうしておまえが喜ぶんだ」
「さあ、何でか知らねーけど……嬉しいんだよ」
新月とあの幼子の間に、暖かな感情の糸が繋がれたことが。

「今度、一緒に遊んでやれよ」
通り過ぎた後、笑みはそのままにベルカが言うと、新月は困ったような顔になる。
「……私は、子供が喜ぶような遊びは知らない」
「何でもいいんだよ。きっと新月と『ともだち』になりたいんじゃねーかな、あの子」
「それは……おまえが言ったからだろう」
新月とも仲良くしてくれると嬉しい、と、確かにあのとき言った覚えはある。
けれど。
「それだけじゃないと思うけどな。あんなに嬉しそうな顔してたんだしさ」
「…………考えておく」
そっけなく言い放つが、おそらく照れ隠しなのだろうとベルカは笑う。



アモンテールの恐ろしい物語。
今まだアゼルプラード各地で語り継がれているたくさんのお話たち。
あの幼子が成長し、親になる頃には、子供たちへ継がれる物語は変化しているだろうか。
直接触れ合ったホクレアたちの、優しい物語へと。

そんな未来が訪れればいい、と願う。
いや、願っているだけではいけないのだ。
願う未来が訪れるように、出来うる限りの力を尽くさなくてはならない。
この国の王子として。
そして、ベルカを助けてくれたたくさんのホクレアたちの、友人として。



「いつか…………こんなのが当たり前になればいいな」
前を向いたまま、ポツリと呟く。
「ああ、そうだな……」
返された静かな声に、新月の思いが篭められている気がした。


2012年2月26日 UP

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