Pretty Cat



少し人の増え始めた朝の食堂。
端の方のテーブルについた3人の内、八戒が食堂の時計に目をやりながら立ち上がった。

「悟空、少し遅いですね。起こしに行ってきましょうか」
「放っとけ。腹が減れば起きてくる」
そっけない答えを返し、三蔵は八戒にコーヒーカップを差し出した。
そのカップを受け取りながら、それでも八戒は少し気にしているようである。
「ま、いいんじゃねえの? 悟空だって小さいガキじゃねえんだしよ」
手をピラピラ軽く振って、悟浄は目の前のコーヒーを飲んでいる。
確かにその通りではあるので、八戒も三蔵のコーヒーのおかわりを注ぎに席を離れようとした。

その時、食堂の入り口にあたる方向から元気な声が聞こえてきた。
「おはよ〜!」
聞き慣れた声に、八戒は振り向きながら挨拶を返そうとした。
「悟空、おはようござ……」
不自然に途切れた言葉に不審に思った三蔵と悟浄は、同時に八戒を見る。
そして、その余りに珍しい、呆然と固まったような表情に顔を見合わせた。
八戒の固定された視線の先が気になって三蔵と悟浄は振り返り、それと同時に……八戒同様固まってしまった。




一方、悟空の方はどうしていいか分からずに困っていた。
八戒が突然黙ってしまって、更には三蔵と悟浄すらも悟空を見た途端に硬直してしまっている。
思わず手や服を見てみるが、別に変わったところはない。
何が何だか分からず、それでも悟空は三蔵達のいるテーブルに向かって歩いていく。
心なしか、食堂の他の人達の視線も感じるのは悟空の気のせいだろうか。

テーブルのすぐ傍まで来てもなお硬直したままの3人に、悟空は恐る恐る声をかけてみた。
「あ……あのさ、三蔵? 悟浄も八戒も、どうしたんだよ?」
悟空から声をかけられた事で我に返ったのか、三蔵はカップを置いて1つ呼吸を置くと口を開いた。
「……どうしたはこっちのセリフだ。てめえ、それは何の冗談だ」
「……? 冗談って何が?」
分からずに首を傾げると、周囲の他の客の一部からどよめきが起こった。
「え? な、何?」
その理由もさっぱり分からず、悟空はただ混乱してしまっている。

動揺から少し回復したのか、悟浄は食堂の入り口の横手にある鏡を指差した。
「……いいから、お前、アレ見てこい」
とにかく今の自分の何かが変なのだと悟った悟空は、素直にその鏡の方へと向かった。



鏡の前に立って映り込んだその姿を見た途端、悟空自身までがその場で硬直した。
そして、目の前に映ったのが今の自分自身の姿だと認識した途端、パニックになってしまった。
「な……な……な……何だよ、これぇぇぇ!?
悟空はへばりつくようにして鏡を見た。
そこに映った姿が信じられない。三蔵ではないが、何かの冗談としか思えない。



悟空の頭には、それはそれは愛らしいネコの耳がちょこんと乗っかっていたのだから。



悟空は慌てて再び三蔵達のいるテーブルに戻ると、テーブルに手をついてまくし立てた。
「な、なあ、これ何だよ!? 何で俺の頭にこんなモンついてるんだよ!?
そう訊かれても、他の3人にも答えようがない。自分達の方が訊きたいくらいなのだ。
とりあえず悟浄は悟空の横に立つと、そのネコ耳を引っ張ってみた。
「うわっ! いてててててて! 何すんだよ、悟浄!」
「おいおいおい、飾りとかじゃなくて、マジで生えてんのかよ……」
力を緩めて軽くつまみながら、悟浄は呆然とした風に呟いた。

その台詞に、悟空は痛みも忘れて訊き返した。
「え!? は、生えてるって、俺の頭に直に!?
「そ。だから痛えんだろ?」
「あ、そ、そっか……。でも何で!?
「俺に訊くなよ。分かるわけねえじゃねえか」
降参のポーズを取りながら、悟浄は悟空のネコ耳から手を放した。

硬直が解けたらしい八戒が、そこでようやく口を開いた。
「と、とりあえず、僕達の部屋に戻りませんか? ここじゃ落ち着いて話も出来ませんし……」
その意見に当然他の3人も同意ではあるのだが、悟空がちょっと口を挟んだ。
「でも……朝メシ、まだ食ってない……」
「朝食は宿の方に頼んで部屋に運んでもらいましょう」
それで納得したらしい悟空を見て、三蔵も席を立った。
「決まったんなら、さっさと行くぞ。八戒は朝食の事を頼んでから来い」
「分かりました」
八戒を見送ると、三蔵はおもむろに悟空の肩を抱いて食堂の入り口に向かった。
「さ、三蔵……!?
突然こういう行動に出るとは思っていなかった悟空は、かなり困惑している。
だが、三蔵はそれを意に介さず、悟空を引っ張る形で歩いていく。
周りで見ている男達が思わず目を逸らしてしまう程、その目に迫力を込めながら。



正直なところ、部屋に戻るという事は、八戒が言い出さなければ三蔵が言っていたであろう。
何しろ、ネコ耳のついた悟空を見ている周りの男どもの視線にキレる寸前だったのだから。
明らかにいつもより可愛らしさ3割増の悟空に注がれる視線の意味くらい、誰だって分かる。
分かってないのは、犯罪的なまでに色恋に鈍感な悟空だけだろう。
悟空がそんな視線に晒されて、平気でいられるはずがない。
三蔵は悟空を見つめる男達を射殺しかねない目付きで睨みつつ、悟空を連れて食堂を出た。






部屋に戻ってから話し合ったものの、こうなった理由はさっぱり分からなかった。
特におかしなものを食べたわけでもない。何か特別な事をしたわけでもない。
朝起きたらこうなっていた、というのでは、理由など分かるはずもない。
話をしている中で、ズボンに隠れて分からなかったが、耳だけでなく尻尾まで生えている事が明らかになったくらいだ。
当然、そんな事が分かっても事態は好転どころかますます訳が分からなくなる一方である。

「……妖怪の仕業、という事も考えられます。街の方で似たような事例がなかったか訊いてみますか」
その八戒の意見に落ち着き、街に聞き込みに出ようという事になった。
「あ……でも俺、この格好で外出たくない……」
悟空が嫌がるのも当然である。
マニアな趣味を持っていない限り、ネコ耳を頭に生やした状態で好き好んで外出はしたくないだろう。

「そうですね。それじゃあ、悟空はここで待っていて下さい」
「んじゃまあ、行ってくっか」
八戒と悟浄は立ち上がったものの、三蔵は立ち上がる気配がない。
「三蔵? どうかしましたか?」
「俺は残る。てめえらで行って来い」
「……どうしてです?」
納得がいかないといった感じの八戒に、三蔵は悟空に視線を1度向けた。
「これが妖怪の仕業なら、狙いは悟空だろう。単独で残しておくべきじゃねえ」
確かに、その意見はもっともである。悟空が1人になった隙を狙われないとも限らない。
「……分かりました。それじゃあ、お願いしますよ、三蔵」
本心はどうか知らないが、その意見を容れ、八戒は悟浄と共に街へと聞き込みに出かけた。





部屋には三蔵と悟空だけが取り残された。
悟空はベッドの端に座り、何となく三蔵を見ていた。
すると、急に三蔵が振り向き、悟空は訳もなく慌ててしまった。
「……笑ったり慌てたり、何 1人で百面相してやがる」
「俺、笑ってた?」
「無意識か、バカ猿。楽観的なヤツだな」
「だってさぁ、こうして三蔵と2人になれるの、久し振りじゃん」
実際、ここのところは野宿が多く、運良く街に泊まれても4人部屋かシングルばかりだったのだ。
だから、この今の時間は、実のところ三蔵にとっても心地良いものだった。

悟空はしばらく嬉しそうに笑っていたが、ふと何かを思いついたような表情を見せた。
「……なあなあ、三蔵。ここ座って?」
そう言って悟空が指差したのは、ベッドに座る悟空の隣。
下手をすると誘っていると取られそうな台詞を、悟空は天然で吐くので手に負えない。
そんな事を思いながら、三蔵は悟空の希望通りの場所に座ってやった。

三蔵が座ると、悟空は身体を三蔵の方に寄せ、そのまま三蔵に凭れかかった。
「……何してやがる」
「……なんか、すっげえこうしたくって……ダメ?」
すぐ真下から見上げる視線で真っ直ぐに見つめられれば、三蔵にダメと言えるはずなどない。
「……勝手にしろ」
それを聞いて、悟空は安心したように再び頭を三蔵に凭れさせた。




三蔵に凭れた状態のまま話しかける悟空の声を、三蔵は聞いているようで聞いていなかった。
今の三蔵にとっては、はっきり言ってそれどころではない。
悟空の身体が密着して自分に凭れかかっているという事だけでもかなり理性に負担がかかっているのに、今日は更にいつもと違う感触がある。
三蔵の首筋辺りにある、あのネコ耳である。
悟空は無意識だろうが、ネコ耳が微かに動くたびに三蔵の首筋をくすぐる。


……ヤバい。
三蔵は表面上は平静を保ちつつも、内心でそう思った。
このままの状態が続けば、いずれ理性の糸が擦り切れるのは必至である。
かといって、幸せそうに自分に頭を預ける悟空を引き剥がす事も三蔵には辛い。
外出の目的が聞き込みである以上、悟浄と八戒は夕刻までは戻ってこないであろう。
ならば、いっその事……などと考えそうになるのを、押し留めるのも限界がある。

悟空がそんなつもりでくっついているワケではない事が分かっているだけに、迂闊な事は出来ない。
今の悟空は、おそらく不安なのだろう。
ネコ耳なんて代物が突然生えて、しかも原因が全く分からない。
自分の身体がどうなっているのか不安で、しかしこうして三蔵に触れていれば安心していられるのだろう。
悟空に安心感を与えられるという事に内心喜びを覚えつつ、だからこそ行動に出られない。



「……三蔵?」
1人理性と格闘している三蔵に、悟空が控えめに声をかけた。
「……何だ」
「んー……、あの、さ、俺がこうしてるの、嫌なのかなって……。三蔵、なんか難しいカオしてるから……」
三蔵が考え込んでいたのを見て、不機嫌になっているものと勘違いしたらしい。
不安そうな、頼りなげな瞳が三蔵を至近距離から見上げる。
ネコ耳がついている事だけで、こうも可愛らしさが増すものなのだろうか。
そして悟空は分かっているのだろうか。自分が今、どれだけ誘うような表情をしているのかを。


「……バカ猿。んなカオしてんじゃねえよ……」
お前の責任なのだと言わんばかりに、三蔵は悟空の顎を捕らえ、ゆっくりと顔を近付けていった。
柔らかく暖かな感触が唇に触れ、それと同時に三蔵は悟空の身体を己の腕の内に抱き込んだ。
深く口付けた後に唇を離すと、悟空の頭のネコ耳が照れたように塞ぎ込んで微かに震えていた。
それに苦笑すると、三蔵はそっとネコ耳に軽い口付けを落とした。
「ひゃっ……」
途端にビクリと身体を震わせた悟空に、三蔵は小さく笑った。
「な、何だよ、笑う事ないじゃんかーっ」
顔を真っ赤にして抗議する悟空を、三蔵は強く引き寄せると抱きしめた。


「悟空……」
耳元で囁くと、悟空が身体を強張らせるのが分かる。
さっきまでの葛藤はどこへやら、このままいってしまおうかと三蔵はちょっとどころかかなりその気になりかけていた。
むしろ、ここまで理性を保っていただけでも大したものである。
悟空が本気で嫌がるなら引くが、そうでないなら……と、悟空を抱きしめる腕にも力が篭っていく。






コンコン。

突然響いたノックの音に、三蔵は思わず腕から悟空を離した。
それと同時にドアが開き、見慣れた人物が2人、部屋に入ってきた。
「ああ、三蔵、悟空。ただいま戻りました」
笑顔で告げる八戒の背後には、心なしか黒いオーラが見える気がする。
「……随分早かったな。原因が分かったのか?」
いいところで邪魔をされた三蔵が一転して不機嫌な声音で尋ねた。
「いえ、それはまだ。丁度悟浄と合流したので、お昼を食べに戻ってきたんですよ」
「いちいち宿に戻って食う必要もねえだろうが」
「いいじゃないですか。それとも……何か戻ってこられるとマズイ事でも?」
「……んなモンねえよ」
「そうですよね、三蔵に限ってねぇ」
さりげなく見えない火花の散っている2人を、悟浄はちょっと引きながら、悟空はポカンとして見つめていた。



簡単に昼食を済ませ、聞き込みを再開しようという事になった時に八戒が笑顔で告げた。
「じゃあ、午後からは三蔵と悟浄で聞き込みお願いしますね」
「……何?」
「ああ、悟空は僕がちゃんと見てますから大丈夫ですよ?」
「んな事は聞いてねえ。何で俺が聞き込みなんぞに行かなきゃならねえんだ」
「だって、三蔵ばっかりここで待機だなんて不公平じゃないですか。たまには動いて下さいね」
「ふざけんな。大体、聞き込みに1番向いてんのはてめえだろうが」
「三蔵もたまには不得手な事を頑張ってみないと、コミュニケーション能力が低下する一方ですよ」
「知るか。そんなもん必要ねえ」
先程も散った火花が、更に強力になってその空間にバチバチと音を立てている。
しかし、相手が八戒である以上、完全に自分の意見を通す事は難しいと判断した三蔵はギリギリの譲歩をした。

「……分かった。聞き込みには行ってやる。……悟空、お前も来い」
「え!?
突然言われた台詞に、悟空が驚きの声をあげる。
八戒もこう来るとは思っていなかったのか、少し目をみはっている。
「何言ってるんですか、三蔵?」
「その耳を見られたくなきゃ、帽子でもかぶりゃ済む事だろう」
「それはそうですが……だったら、僕が残る意味がないじゃないですか」
「だからだ。さっきも言ったように聞き込みに1番向いてるのはお前だ。
 お前が宿に残っちまったら、得られる情報も少なくなる」
如何にももっともらしい事を言ってはいるが、三蔵の本心など八戒には分かり過ぎるくらい分かっている。
しかし、言ってる事が間違いではない以上、八戒としても異を唱えるわけにもいかない。

「……分かりました。悟空がそれでいいなら」
そう言って八戒は悟空を見るが、答えは分かりきっている。
「うん、行く。そうだよな、帽子かぶってれば分かんないもんなっ」
要は、悟空としても三蔵と一緒なら何でも構わないのであろう。
一応であるが行動を決定した4人は、それぞれ街に情報収集に出かけていった。




午後からの聞き込みでも、有力な情報は全く掴めなかった。
もっとも、三蔵と悟空ペアに関してはマトモに聞き込みをしていたのかどうかすら定かではない。
八戒がこっそり得た情報では腕などを組んで歩いていたようで、それを教えた街の人間はその瞬間に漂ったオーラに腰を抜かしてしまったらしい。
それはともかく、宿に戻った4人はまた翌日に改めて話し合う事にして、その日はそれぞれ眠りについた。






翌朝。

「……あれ?」
起きて1番に、恐る恐る鏡を見てみた悟空は呆気に取られてしまった。
頭についていたネコ耳が……ないのだ。
手で直に触ってみても、そこにはネコ耳の影も形もない。
鏡を見ている内に、昨日のあれは夢だったんじゃないだろうかという気さえしてきた。

食堂に下りていくと、一瞬ざわめきが起こったかと思うと視線が悟空に集中した。
昨日と同じ反応に慌てて頭を触ってみたが、やはり耳はない。
「おいおいおい、悟空。あの耳はどーしたよ!?
声に振り向くと、悟浄が手を上げながら悟空を見ていた。
その言葉で、昨日の事が夢じゃなかった事が分かる。

「俺も分かんないけど……朝起きたらなくなってた……」
「……身体の調子に異変はねえか?」
三蔵の問いに、悟空は腕やら足やらを動かしてみた。
「……うん、特に何ともないよ」
「……そうか」
三蔵の少し安心したような声音に、悟空はネコ耳の事なんてどうでもよくなるくらい嬉しさを感じた。
「うん、ごめん、心配かけて」
「別に心配なんざしてねえ」
ふいっと横を向いた三蔵の隣に、悟空は笑顔のまま座った。

「元に戻ったのなら何よりですが……何だったんでしょう?」
八戒のその疑問に答えられる者はその場にはおらず、結局原因も分からぬまま一行は日常に戻る事となった。











一方その頃。



「くくく、なかなか面白かっただろ? 二郎神」
「……些か悪趣味なような気がしますが……」
「何言ってんだ。少なくとも、金蝉は感謝してるだろうよ」
「それはどうか知りませんが、余り彼らで遊ぶのはお止め下さい」
「だって、アイツらで遊ぶと反応が面白えんだもんよ」
「『だもんよ』ではございません! 西への旅が遅れる一方ではありませんか」
「わーったよ、控えるからそうムキになるな。胃に穴開くぞ?」
今更……とでも言いたくなりそうな事をのたまいながら、観世音菩薩が楽しそうに笑っていた事を、当然三蔵一行は知る由もない。







END










後書き。

22222HITの雪夜様に捧げます。
リク内容は『観音の悪戯で、猫耳、猫尻尾のついた悟空が、三蔵に甘えまくる。
そして、三蔵も、プリティー悟空を傍から離そうとせずに、懐かせまくる。美味しくいただいても激可!』との事でした。
というワケで、三蔵に美味しく頂いてもらいました。……唇だけですが(笑)
ここに裏があったら邪魔が入らずに猫耳プレイ(!?)などに雪崩れこむんでしょうが、表なのでこの辺までで……。
甘えっぷりと懐かせっぷりが、ちょっと弱いでしょうか……?
ネコ耳悟空を想像しながら、楽しく書かせて頂きましたv
雪夜様、よろしければお受け取り下さると嬉しいです。



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