子供の特権



朝の光が差し込み、意識が浮上する。
窓を開けなくても、今日の空が快晴な事が容易に分かった。
自分が面倒をみている子供がさぞ喜ぶだろう事までが容易く想像できて、三蔵の口元に笑みが浮かぶ。
今日は、約束した日だから。






───数日前。

「なあ、三蔵。もうすぐ『子供の日』なんだろ?」
「誰に聞いたんだ、そんな事」
「今日街で遊んでたらさ、コレくれた店のおばさんが教えてくれたんだ」
そう言って悟空はポケットから幾つかの飴玉を取り出す。

この頃、悟空はよく1人で街に下りたりする事が増えた。
三蔵の仕事の邪魔をするまいと、悟空なりに気を使っているのだろう。
余り金は持たせていないが、素直な性格と可愛らしさでどうも街の主婦達に人気があるようで、色んな物──食べ物がほとんどだが──をもらったりしている。
知らない人間から無闇に物をもらうなとは言ってあるものの、悟空は人を疑うという事を余り知らない。
まあ、この寺院周辺の街ではそう滅多な事もないだろうが、多少心配になるのは保護者として当然だろう。

「……あまり物をもらうな。ちょっとは遠慮しろ、バカ猿」
「いいって言ったけどくれたんだもん」
おばさんの押し切りパワーに対抗するのは、確かに幼い悟空には無理だろう。
だが、三蔵としても自分の知らない所で悟空を手懐けようとする連中がいるのは面白くない。
悟空の保護者は、あくまで三蔵なのだから。

しかしこれ以上余計な事を言うのは大人げないと思い、最初の話題に戻す。
「で? 『子供の日』がどうした」
「うん。あのさ、『子供の日』って子供が親にワガママ言っていい日なんだろ?」
明らかに間違った解釈をしているが、これも街の主婦共の入れ知恵だろうか。
間違っていても別に支障が出るような事でもないし、いちいち説明するのも面倒なため否定はしなかった。
「それがどうした」
「それでさ、じゃあ俺の親って三蔵って事になるのかなって」
「……確かに俺はお前の保護者だが」
「それなら、俺も三蔵にワガママ言ってもいいんだよな?」
それが言いたかったのか、と三蔵は得心がいった。
要するに、三蔵に欲しいもの、あるいはしてもらいたい事があるのだろう。

「何が欲しいんだ。くだらねえ物はやらんからな」
「ううん、欲しい物があるんじゃなくて……」
「じゃあ何だ」
「三蔵と一緒に出掛けたいなーって」
悟空が照れたようにへへ、と笑う。

その顔を見ると、イヤとは言えなくなる。我ながら、甘いとは思うが。
「……分かった。その日は付き合ってやる」
「ホント!?
どうやら、悟空も本当にOKがもらえるとは思ってなかったらしい。
「但し、さっきも言ったがなるべく他人から物をもらうのは控えろ。いいな」
「うん、分かった!」
嬉しくてたまらないといった笑顔で、悟空が元気良く返事をする。
その日から、悟空は毎日マル印のついたカレンダーを見ては嬉しそうにしていた。






そして、今日が5月5日。
悟空と約束をした日だ。
この日を空けるのには少々苦労したが、約束した以上破るわけにもいかない。
スケジュールを都合し、今日は一日休みを取ってある。
そして、天候もこれなら休日を過ごす分には申し分ないと言えるだろう。

三蔵が部屋の反対側に位置するベッドに目をやると、悟空はすやすやとまだ夢の中である。
昨夜は嬉しさの余りなかなか眠れなかったようだから無理もない。
三蔵は身支度を手早く整えて私室を出、そばの小坊主に朝食の用意を言いつける。
私室を通り寝室に戻ると、悟空が目を擦りながら起き上がっているところだった。
「珍しく早起きじゃねえか」
「あ、三蔵、おはよう!」
「ああ」
いつもよりも少し元気な声で、悟空の心情が分かる。

悟空も窓から差し込む光に気付いたらしく、相当喜んでいる。
「うわあ、すっごい良い天気じゃん! 良かったぁ、雨降らなくて」
悟空が嬉しそうに窓に駆け寄り目一杯に開くと、朝の爽やかな風が部屋に吹き込んできた。
「出掛けるんだろ。朝食の支度させてるからさっさと着替えろ」
「うん!」
そう言って、悟空はウキウキしながら着替え始める。

朝食を済ませ、弁当などの荷物を持って寺院を出る。
もちろん、荷物を持っているのは悟空で、三蔵はほとんど手ぶらに近い。
弁当のほとんどは悟空が食べる分なのだから、これは当然だと三蔵は思っているが。
「それで、どこに行きたいんだ?」
「うん、俺案内するから」
悟空は荷物を持っている事など感じさせない足取りで、嬉しそうに三蔵の先に立って歩いていく。



かなりの距離を歩かされ、悟空が三蔵を案内したのは、小高い丘だった。
周りに立つ木々には、三蔵から見ても美しいと思う花々が咲き乱れている。
生憎三蔵には花の知識などほとんどないので、それが何という花なのかは分からないが……。

「三蔵、ここだよ! キレイだし、風も気持ちいいだろ?」
確かに吹き抜ける風は心地良く、周りの花も、丘から見下ろした景色も絶景と言ってもいい。
「お前、よくこんな所を知ってたな」
「探検してる時に見つけたんだ! 最初見つけた時から、三蔵にも見せてあげたいなってずっと思ってて」
「そうか。……確かに、キレイだな」
「ホント!? 三蔵、気に入った?」
「ああ」
三蔵の答えに、悟空の表情が見る見るうちに、誇らしげな、嬉しそうな笑顔に変わる。
単純なヤツだと思いながら、しかし三蔵もその笑顔を見ると気分が和らぐのだ。

しばらく三蔵はそばの木の幹に寄り掛かり、悟空が蝶と戯れたり舞い散る花片を受け止めたりするのを見ていた。
時々、悟空がその花片を見せに来たりするので、それに返事を返してやったりする。
たわいもない時間だが、それでも気分が落ち着くのが分かる。
今日の外出は悟空へのプレゼントのつもりだったが、贈られたのは三蔵の方なのかもしれない。
毎日繰り返す猥雑な仕事から離れ、穏やかな気分になれる時間を、悟空が贈ってくれたのかもしれない。

「……どっちが子供だか分かりゃしねえじゃねえか」
自分のワガママだと言って、三蔵をここに連れてきた悟空。
しかしそれも、本当は三蔵のために言い出した事なのだろう。
悟空本人にその意識はなくとも、根底にあるものは多分……。

「なあー、三蔵! 腹減ったー!」
三蔵が思考に耽っていると、悟空がタタタッと駆け寄ってきた。
見上げると、太陽がほぼ真上に来ていた。
「メシー!」
「うるせえ! それしかねえのか、てめえは!」
スパーンッと思い切りの良い音が鳴り響く。
「いってぇぇぇ! こんなトコまでハリセン持ってくんなよー」
「躾道具を常備せんでどうする」
キッパリと言い捨てると、三蔵は荷物から弁当を取り出す。
「ほら、食うぞ」
「うんっ」
目の前一杯に弁当を広げ、三蔵と悟空は昼食を取った。

食事が終わり、一服しようとマルボロを取り出して火を点ける。
その様子を悟空がジーッと見つめていた。
「……何だ、猿」
「三蔵、最近煙草吸ってるけど、何で?」
「何だ、いきなり」
「前に誰か言ってたよ。煙草は身体に悪いんだって。……三蔵、平気なの?」
また街から情報を仕入れてきたようだ。
心配そうな目で三蔵と煙草を見ている。
「適度に吸ってりゃ大丈夫なんだよ」
「うん、でも……」
それでも表情の晴れない悟空を見て、三蔵は点けたばかりの煙草を揉み消した。
「三蔵?」
「……今日は『子供の日』だからな。今日はお前の言う事聞いておいてやる」
心配などさせていたら、それこそ自分の方が子供みたいではないか。

「三蔵、言う事聞いてくれるの?」
「……くだらねえ事言ったら殺すぞ」
悟空のセリフに嫌な予感を感じて、先に釘を差しておく。
「ん〜……じゃ、言わない……」
途端に元気を失くした悟空に、ちょっとした罪悪感が出てくる。
「……分かった。いいから言ってみろ」
「怒んない?」
「……怒るような事なのか?」
「怒る……かも」
悟空が上目遣いに三蔵を覗き込んでくる。
この方法でお願いすれば大抵の者は聞いてくれるだろうと思うほどに、愛らしい仕草である。

「……怒らねえから言ってみろ」
「ホントに怒らない?」
「くどい」
それを聞いて安心したのか、悟空は膝で立って進み三蔵の前まで来ると、くるりと身体を回転させて、
あろう事か、三蔵を背凭れにしてちょこんと座り込んでしまった。

「何してんだ、てめえ!」
「怒らないって言ったじゃんかー」
「……ちっ」
一度立ち上がりかけたものの、確かに自分で言った事なのでそのまま座り直す。
「ちょっとだけ、このままでいてもいい?」
首だけで振り向きながら、悟空が不安げに尋ねる。
「……好きにしろ」
「うん! ありがと、三蔵!」
満開の笑顔を三蔵に向けると、悟空は再び前を向いて三蔵に凭れる。



緩やかに、風が丘を吹き抜けていく。
暖かい陽射しの中、何をするでもなく座っているだけの時間が、とても心地良かった。



「……なあ、三蔵」
「何だ」
「また、来ような」
「……ああ」



特別な日じゃなくても、一緒に来ればそれだけで特別な日になるだろう。
ただ一緒にいる事が、何よりも特別なのだから。







END








後書き。

2500HITの華鏡様に捧げます!
リク内容は『三蔵と悟空のほのぼのとしたSS』だったんですが……ほのぼのになってますか?
『子供の日』というちょうどいい祝日と時期が重なったので、それをネタに書いちゃいました。
華鏡様、こんなのでどうでしょうか!?
気に入って頂けると飛び回りながら喜んじゃうんですがv
駄文ですが、どうぞ受け取ってやって下さいませ。



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