午後8時55分。
放送開始まで5分になったスタジオは、喧騒に包まれていた。
ここ、桃源放送局の目玉番組である「お料理バトル!」が生放送で放映されるのだ。
出演者も全員スタンバイし、後は放送開始を待つのみである。
「5秒前! 4、3、2、1、キュー!」
掛け声と共に、番組が音楽と共に動き出す。
「皆さん、こんばんは。毎週料理の鉄人達が自らの知識と技術と愛情を駆使して戦う『お料理バトル!』。
司会は八百鼡でお送り致します」
同時に、会場の観客から拍手が巻き起こる。
大抵こういう場合拍手は段取りなのだが、八百鼡は桃源放送局のアイドルなので拍手にも気合が入っている。
当の本人はほえほえとしていて全く気付いていないのが、それがまた彼女らしく更に人気が出るのである。
さて、そんな事はさておき。司会の八百鼡がまず今日の審査員の紹介を始める。
「本日の審査員をご紹介致します!
まずは、食べ物関連でこの方は外せません、孫悟空さん!」
カメラが悟空をアップで捉え、悟空はそれに向かって笑顔で手を振っている。
どうでもよい事だが、悟空はその愛らしさでお茶の間の主婦やOL、女子高生に大人気なのだ。
悟空が出る、というだけでビデオをセットするお姉さまも少なくはない。
そして悟空のファンが持つビデオテープは『お料理バトル!』や『TVキング特別版・大食いサバイバル』等の、本来ならば縁のないと思われる番組で占められていくのであった。
「お隣は、食も女性もグルメを豪語、沙悟浄さん!」
カメラが悟浄に移動すると、悟浄は角度をキメて女性悩殺モードに入る。
おそらく、今TVの前で叫びつつ身悶えている女性が続出している事だろう。
悟空に比べてファン層は狭いものの、ファンの熱狂度は半端ではない。
女性ファッション雑誌『fanfa』において、常に『抱かれたい男No.1』の座をキープしている。
「そして、言葉少なながら的確な批評が武器、紅孩児さんー!」
前の2人とは違い、紅孩児は笑顔を見せる事もなくスッと頭を下げるのみだ。
あまり目立つ事が好きではない紅孩児だが、その無口さ、不器用さが素敵だという女性は多い。
だが、八百鼡とのロマンスがワイドショーで取り沙汰された事が多少人気にも影響しているようだ。
「世界のあらゆる料理に精通、焔さん!」
カメラ目線で、焔はフッと不敵な笑みを浮かべる。
普通なら恥ずかしくて言えないようなキザなセリフを臆面もなく吐く焔であるが、
そのルックスにより、キザなセリフも女性ファンの心の琴線を掻き乱すらしい。
悟空との怪しい噂が流れた事もあり、別の意味で喜んでいる一部の女性もいるとか。
この噂については悟空がハッキリ否定をしたが、今でもまことしやかに囁かれていたりする。
以上4人が審査員なのだが、このメンバーだけでも高視聴率は確実なのである。
まあ、当然と言えば当然である。
こんな贅沢な番組は、他では最強4人組が一堂に会する『School Wars』という学園ドラマくらいだ。
その学園ドラマは桃源放送局でも最高視聴率を誇る化け物番組なので比べる方が無茶ではある。
審査員が全て出揃い、豪華な音楽と共に両奥にある扉がドライアイスの煙と共に開く。
「本日の対戦者の登場です! まずは赤コーナー・ディフェンディングチャンピオンの猪八戒さんー!」
八百鼡の紹介に乗って左の扉の奥から、碧の瞳の青年・猪八戒が現れる。
いつもの穏やかな微笑みを浮かべ、余裕の表情だ。
丁寧な物腰と柔らかな笑顔で、彼は女子中高生を中心に絶大な人気を誇る。
なおかつ、にこやかに繰り出す毒舌は芸能界最強と囁かれていたりする。
もちろん料理の腕前も超一流で、この番組ではここ1年ほどチャンピオンの座を譲った事がない。
「続きまして、青コーナー・挑戦者、玄奘三蔵さんー!」
右の扉から出てきたのは、八戒とは対照的に不機嫌そうな顔をした金髪の青年・玄奘三蔵。
芸能人の割に愛想を振りまく事を知らない三蔵であるが、逆にそこがたまらないという女性は相当数に上る。
クールだとか、いやむしろ可愛いとか、ファンの間では様々な議論が常に止む事がない。
愛飲する煙草が明らかになった当時は、マルボロ赤ソフトがバカ売れしたらしい。
悟空との熱愛報道ではマスコミの取材に対してぶちキレていたが、当の悟空本人を前にすると否定出来なくなっている。
「今日の対決テーマは『デザート』です。一体、両者とも、どのようなデザートを作るのか。
早速調理に取りかかって頂きたいと思います!」
カーン!というゴングと共に、八戒と三蔵は調理に取りかかった。
着々と作業を進める八戒と三蔵。
さすがに両者とも迷いもなく、実に手際良く料理をしている。
実のところ、審査員席の悟空と悟浄などは手際よりも三蔵の割烹着姿に釘付けであったりするのだが。
八戒の割烹着は毎回の事なので見慣れているが、三蔵が着ている姿は貴重である。
出演決定した際に当然渋っていたらしいが、そこは芸能界。そんな我侭が通る世界ではない。
故に、割烹着どころか三角巾までつけさせられ、こうして料理に勤しんでいるのである。
個人的には、こんなイメージに関わる事をよく事務所が許したものだと思ってしまう。
いや、確かに最近は少々お笑い路線に走る事が多くなっている事も事実なので路線変更なのかもしれない。
何事もなく、調理が進んでいると思われたその時!
「……っ!」
気配を素早く感じ取った三蔵がさっとボウルで防御すると、そこに命中したのは生卵。
「……ふん、始めやがったか。良い度胸だ」
三蔵はボウルの中で割れている生卵を見つめ、そして八戒を見遣る。
「おっと、今日初めての『妨害』が出ました!が、三蔵さんは見事防御!さすがです!」
八百鼡が片手を握り拳にして解説している。少しキャラが変わってきた気がするのは気のせいだろうか。
そう、この番組が他の料理番組と一線を画する理由はここにある。
要するに、調理中に相手の『妨害』が出来るのである。
投げる事の出来るのは自分のエリアにある『材料』。狙う対象は相手の『料理』限定。
つまり、器具を投げたり、相手自身に投げつけたりするのは反則になる。
決められた材料の中で自分の料理を完成させつつ、スキを見て相手を攻撃する。
この番組が『お料理バトル!』と称される所以である。
三蔵は受け止めたボウルの生卵から黄身だけを上手く取り出して殻を取り除き、ちゃっかり自分の材料に加える。
こうして相手の攻撃を上手い具合に防御すれば、自分の材料に再利用できるのも特徴だ。
故に、投げる材料も十分考えなければならない。
三蔵は八戒に対して警戒しつつ、反撃の機会を伺う。
今すぐでは防がれるのは目に見えている。大事なのはタイミングである。
一種異様な緊張感の中、黙々と調理を続ける2人。
途中でCMも入ったりしているのだが、この緊張感が途切れる事はない。
司会の八百鼡がふわふわしたコメントを挟む事で、丁度良い感じで緩和されているのが救いだろうか。
ヒュッという微かな音と共に三蔵によって投げられた薄力粉入り調味料用ミニトレーは、八戒のまな板によって阻まれる。
しかも防御した際、粉が飛び散らないようにまな板で蓋をするように受け止めている。
この辺りは、さすが場数を踏んだチャンピオンであるとしか言いようがない。
「なかなか面白い攻撃ですが……この程度じゃ僕は倒せませんよ。
この薄力粉はありがたく使わせて頂きますね」
三蔵に対して笑みを浮かべつつ、八戒はミニトレーを自分の台に置く。
「両者、実に熱い戦いが続いております。果たして、この対決の行方はどうなってしまうのでしょうか!」
八百鼡の発言に、審査員の殆どは「……熱いというより、むしろ絶対零度の戦いだろう」と心の中でツッコむ。
戦っている割に、会場の気温がどんどん下がっている気がしてならない。
2人の戦いを見つめる悟空は、隣の席の悟浄に耳打ちする。
「……なあ、俺審査員やってて、今日ほど審査するのが怖いって思った事ない……」
「気が合うじゃねえか、俺もだ……」
なまじ両者とも付き合いがあるだけに、性格も不必要なくらい知っている。
どっちに票を入れても、後でどんな目に遭わされるかを考えると恐ろしすぎる。
その後も、相手のスキを見ては攻撃、そしてそれを防御という戦いが何度も繰り返される。
1度たりとも相手の攻撃を食らわない、そのレベルの高さは番組始まって以来である。
「……しぶとい野郎だな」
「そちらこそ、見かけによらず体力ありますね」
両者の視線が合ったその中間地点に、火花ではなくブラックホールが出来そうなくらいの圧力が生まれている。
この圧力の中で平然と笑っていられる八百鼡を、会場にいた全員が尊敬の眼差しで見ていた。
料理がまもなく完成という頃、両者とも最後の攻撃体勢に入る。
八戒はラップに包んだ生クリーム、三蔵は鋭く削って尖らせたゴボウを、相手の料理に向けて投げつける。
期せずしてタイミングが同じになったのは、感じた勝負どころが同時だったためだろう。
八戒は包丁で、三蔵は小鍋でそれぞれの攻撃をかわす。
どちらの攻撃も失敗したと思われたその時!
「あーっとぉ!こ、これはとんでもない事になりました!
チャンピオン、挑戦者双方ともこの土壇場で痛いダメージを受けてしまいましたぁぁ!」
もはやリングアナもどきと化している八百鼡が、マイクを握りしめてカメラに向かって叫んでいる。
2人とも、最初の攻撃は防いだのだ。
しかし、単発の攻撃で倒せないならと、連続攻撃を仕掛けたのだ。……2人ともが。
結果、両者共に最初の攻撃の影から繰り出された第2の攻撃を食らってしまったのである。
「くっ……まさか、同じ事を考えてやがったとはな……」
生クリーム攻撃を食らった三蔵は、舌打ちして対策を考える。
食らってしまったものは仕方がない。これをどう処理するか、それが最重要事項だ。
幸い、生クリームがかかったのは一部のみだ。
料理プランを変更し、この生クリームを上手く利用できれば勝機はある。
生クリームのかかった料理をあらゆる角度から見つめ、アレンジ方法を考え始めた。
一方、八戒も三蔵の尖ったゴボウ攻撃が見事に刺さっている。
「……僕とした事が迂闊でした。……やりますね、三蔵」
ゴボウを再利用は無理だと考えた八戒は、未だ刺さっているゴボウを引き抜く。
問題は空いてしまった穴だ。これを何かで埋めるか、逆に別の飾り付けに使うか……。
八戒は残りの材料を見渡し、使えるものがないかを調べ始めた。
「さあ、本日の対決もタイムリミットが迫って参りました!
受けたダメージを自分のものとし、料理を完成させる事が出来るのでしょうか!
残り10秒です! 皆様カウントダウンを!5、4、3、2、1、終了ー!」
八百鼡の声と共に、カンカンカンカンとゴングが鳴り響く。
「では、挑戦者の料理から見て参りましょう!」
言いつつ、八百鼡は三蔵のところへ歩いていく。
「これは……見事ですねー。草花を象った色とりどりの美しい和菓子が並んでいます。
あれ? 真ん中の1つだけ趣が違いますね。
可愛い〜v まるで綺麗な花々に囲まれた真っ白なベッドに横たわるお姫様のようです!」
八百鼡が女の子らしくはしゃぎながら三蔵の作った和菓子に見入っている。
三蔵は元々花のようにする予定だった生クリームのかかってしまった和菓子を、ベッドに見立てて作り変えたのである。
そしてその上に、砂糖菓子を細工して作った少女をあしらったのだ。
言わば、八戒の攻撃を演出変更する事により最大限に活かしてしまったのである。
これには八戒も驚きを隠せず、感嘆の溜息を吐く。
「……さすが三蔵、あの状態からあんなモノを作ってしまうとは……。
でも、これで勝ったと思ってもらっては困りますよ?」
相手の攻撃を自分の料理に変えるのは、決して三蔵だけではない。
「それでは、続きましてチャンピオンの料理を拝見しましょう」
八戒のところに来た八百鼡は、料理を覗き込む。
「こちらも素晴らしいですねー。様々なフルーツをふんだんに使った生クリームケーキです。
何と、ケーキの上の小さな家の中には小さな子供達がいます! まさに職人技です!
そして、その家の周りには木々が立ち並び、森の一軒家のようですv」
三蔵のゴボウ攻撃によって出来た穴に、チョコレートを刺して緑で飾り、樹木に見せたのだ。
本来は家だけのつもりだったのだが、却って雰囲気作りになったようだ。
「チャンピオン、挑戦者、共に甲乙つけがたい出来映えになっております!
それでは審査員の方々にはご試食の上、判定をお願い致します!」
そして番組は審査タイムに入る。
審査員の試食する表情が常より真剣味を帯びているのは言うまでもない。
「うわ、マジうめえ……」
「これ、どうやって勝敗決めんだよ……」
「見た目も味も、今までの中で最高だな」
「美味い、としか言いようがないな……」
会場の客からすれば「もうちょっとマシなコメントしろよ」とツッコみたくなるような事を喋りつつ、試食は進む。
試食が終了し、いよいよ審査発表の時が来る。
4人の審査員がそれぞれ良いと思った方の札を上げるのだ。
「では、審査員の皆様、一斉に札をどうぞ!」
八百鼡の掛け声に合わせ、バッと札が上げられる。
「悟空さんは挑戦者! 悟浄さんはチャンピオン! 紅孩児さんが挑戦者で焔さんがチャンピオン!
……なんと、2対2の同点です!」
会場から、「おぉぉぉぉ……」という声が漏れる。
実力伯仲とはまさにこの事。
「審査員の評価がちょうど引き分けになりましたので、特別ルールにより会場の投票が反映されます。
会場の皆様、お手元のスイッチをお持ち下さいませ!」
審査員の投票で決まらなかった場合、会場の100人に赤、青どちらかのボタンを押してもらう。
その得票数の多い方が勝利者となるのだ。
ただし、会場の客は当然だが試食はしていない。よって、『見た目』のみの判断になる。
ある意味シビアな判断だが、審査員の票が割れた事で味に大きな差がない事は明白だ。
外見で如何に客を惹き付けられるか。ここにも両者の腕前が顕著に出る。
「それでは皆様、スイッチを押して下さい!」
いつの間にか中央にセットされた2つの電光掲示板が光っている。
そして、とうとうその結果が出た。
「…………こ、これは…………」
八百鼡が思わず絶句する。
それもそのはず。結果は……『50対50』、要するに全く同点なのだ。
「し、信じられません。番組始まって以来のとんでもない結果が出ました!
両者引き分け! 両者引き分けです!」
審査員が同票になる事はあるが、会場の得票数まで引き分けなどは普通ある事ではない。
「これはどうしたものでしょうか……」
八百鼡が困るのも当然だ。勝敗がつけられないのだから。
「……? あ、今協議の結果、チャンピオンの防衛成功との事です。
八戒さんがチャンピオンの座を守りました!」
結果としてチャンピオンの座を維持した八戒であるが、その表情は複雑そうだ。
「それでは、そろそろお別れのお時間です。
来週の『お料理バトル!』は肉料理をテーマにお送り致します!
果たしてチャンピオンの牙城を突き崩す挑戦者は現れるのか!?
ではまた、来週のこの時間にお会いしましょう!」
エンディングテーマと共にテロップが流れていく。
監督の「OK!」という言葉を共に、本日の『お料理バトル!』生放送は終了した。
来週の『お料理バトル!』の取材許可は得られそうにないのが残念である。
それでは読者諸君、機会があったらまたお会いしよう。
後書き。
17777HITの佐倉しぇいふ様に捧げさせて頂きますv
リク内容は『料理番組〜八戒VS三蔵〜』でした。
果たしてこれがしぇいふ様のお望みだったのかと書き上げてからちょっと自問自答。
書いてる本人はこの上なく楽しかったのですが、いかがなものでしょうか……。
真面目に戦う八戒さんと三蔵様を想像して笑って頂けたら嬉しいな……と……。(弱気)
八百鼡ちゃんのキャラがここまで変になってしまったのは私も予想外でしたが。
基本的に私は料理ダメダメ人間なので、細かいトコは気にしないで下さい(涙)
しぇいふ様、こんな代物が出来上がっちゃいましたが、どうぞお受け取り下さいv