夏祭り



旅の途中、立ち寄った街。
その街の中心の一角で、夏祭りが開かれるという。
そんな事を聞いては、悟空が黙っているはずはない。
そう、祭りといえば夜店である。お好み焼きにフランクフルトにかき氷にリンゴ飴。
悟空の食欲をそそる夜店が所狭しと並ぶのだ。

「なあ、三蔵〜! 夜店もやってんだってさ!」
「だからどうした」
「折角お祭りやってんだから、遊びに行こうよ!」
三蔵としては、人込みに出て行くのはかなり気が進まないのだが、悟空の楽しそうな顔を見るとそれもいいかなどと思ってしまう。
表面上は仕方なくといった感じで承諾しようとした所に、ノックの音と共に八戒と悟浄が入ってきた。
「三蔵。悟空。お祭りに行くんでしょう? 宿のご主人が、浴衣を貸して下さるそうですよ」
「浴衣? でも俺、着た事ないけど……」
「大丈夫ですよ、僕がちゃんと……」
八戒が笑顔で言い掛けた所に、三蔵の不機嫌な声が重なる。
「悟空。着るんならさっさと借りて来い。着付けくらいならしてやる」
「三蔵が教えてくれんの!? うん、分かった、すぐ借りてくる!」
すぐさま悟空は立ち上がり、部屋を出て行った。

悟空が出て行った後の室内では、シベリアの如く冷たい空気が流れている。
悟浄はこの部屋から逃げたいと、心底思った。
口にこそ出してはいないが、2人の心の舌戦が聞こえるようである。

  ──三蔵。わざと僕のセリフを遮りましたね……?
  ──知らんな。てめえの気のせいじゃねえのか。
  ──悟空の着付けがしたいがために、僕の申し出を封じたんでしょう。
  ──ふざけんな。何で猿の着付けのために俺がそんな事をしなくちゃならん。
  ──そうですか。じゃあ悟空の着付けは、僕がしていいんですよね?
  ──ふん。一応さっき悟空に俺が着付けしてやると約束したからな。俺は約束は守る主義だ。
  ──……そうですか。確信犯と思っていいんですね、ふふふ……。

そんな会話が聞こえた気がしたのは、悟浄の気のせいなのだろうか……。

悟浄が凍えそうになっていると、軽快な足音がこの部屋に向かって駆けてくるのが聞こえた。
すぐに部屋の前まで辿り着き、元気良くドアが開かれる。
「三蔵! 浴衣借りてきた!」
「そうか。……何でそんなに抱えてんだ」
悟空の腕の中には、明らかに複数の浴衣が抱えられている。
「宿のおばさんがさ、折角だから三蔵達にもって」
そう言いながら、悟空はベッドの上に4着の浴衣を置いた。

それを見て、悟浄が冗談だろといった感じの声を出す。
「おいおい、俺達も着んのかよ?」
「まあ、たまにはいいんじゃないですか?」
折角悟空が持ってきてくれたのだから、と言外に示す八戒に、悟浄も反論は出来ない。
「それじゃあ、お前らは自分達の部屋で着替えてこい。
 男4人が一遍に同じ部屋で着付けなんぞ、気持ち悪い」
そう言われれば、八戒としても従わざるを得ない。
「ふふ、覚えてて下さいよ」的な微笑みを浮かべつつ、悟浄と共に部屋から出て行った。



八戒達が出て行った所で、まずは悟空の着付けに入る。
「約束通り着付けしてやるから、服脱げ」
「え? あ、うん」
服を脱いだ悟空に浴衣を着せ、三蔵はテキパキと着付けをしていく。
といっても、女と違って男の浴衣の着付けはそう難しくない。
割とすぐに、着付けは終了した。

終了した……のだが。
浴衣を着た悟空を見て、三蔵も一瞬言葉に詰まる。
まさか、ここまで似合うとは思わなかった。
今まで祭りには何回か連れて行った事があるものの、浴衣などは着せた事がなかったのだ。

「……三蔵? どうかしたのか? ……俺、なんか変かな……」
「いや……」
見慣れない浴衣姿から少々目を逸らし、三蔵は自分も浴衣を着る。
「すぐに済むから、先にロビーに行ってろ」
「うん、分かった! 待ってるからな!」
言うと、悟空は元気よく駆け出していった。




三蔵が浴衣を着て降りていくと、3人は既に玄関に揃っていた。
「あ、三蔵!」
「遅えぞー」
「もうお祭り始まってますよ」
「ああ。但し、ムダ遣いはしねえからな。ホドホドにしろ」
そんな事を言いつつも、悟空が言えば買ってやる事が多いのを、悟浄も八戒も知っているのだが。

祭りは大勢の人々で賑わっていた。
たくさんの夜店が並び、騒がしさがその場を満たしている。
「なあ、三蔵! フランクフルト買って」
「いきなりソレか。食い物以外ねえのか、お前は」
そう言いながらも、三蔵は懐から財布を取り出している。
相当甘いと自分でも思っているが、まあ最初の内はいいだろうと思い、買ってやる。
「サンキュ、三蔵!」
「……ふん」
悟空の満面の笑顔を見ないように、悟空の前に出て歩く。
この猿は自覚がないからタチが悪い。

そんな風にして4人で色んな夜店を回る。
ちなみにどうしても三蔵と悟空が2人きりになれないのは、当然八戒が目を光らせているからである。
「あ、金魚すくいやってますよ。悟空、やった事ありますか?」
「金魚すくい? ううん、やった事ない」
首を振る悟空を、悟浄がからかう。
「猿の目には食いモンしか映ってねえんだろ? 無理無理、すくえるワケねえって」
「そんな事ねえもん! 八戒、俺やる!」
単純というか何というか、悟空はすっかりやる気である。

料金を払い、ポイを受け取る。
「よおし……どれからいこうかな……」
悟空はポイを右手に、金魚を入れる容器を左手に構え、じーっと金魚を見つめている。
そして、どうやらターゲットが決まったようで、ポイを水中に入れて金魚をすくう。
……が、しかし。

「あーっ!」
金魚をすくおうと水面からポイを出した瞬間に、貼ってある紙が破れた。
「破れちゃった……」
残念そうに項垂れる悟空に、八戒が声を掛ける。
「まあまあ。初めてなんですから、仕方ないですよ。もう一回やりますか?」
「うん、やる!」
そして再び挑戦したものの、結果は同じだった。
すっかりしょげてしまっている悟空の頭に、三蔵の手が置かれる。
「バカ猿。やり方がマズイんだよ。……ちょっと見てろ」
そう言って、三蔵は料金を払って水槽の淵にしゃがみ込む。

「……っておいおい! 三蔵がやんのかぁ!?
悟浄は信じられないものを見る目付きで、ひたすら驚いている。
それはそうだろう。あの三蔵が金魚すくいをやる姿を見るなど、きっと最初で最後に違いない。
悟浄は密かに(……カメラ持ってくりゃ良かった……)などと、ちょっと後悔していた。
が、実は八戒が傍にいるジープに極小ビデオカメラで撮影させている事を、悟浄は知らない。

三蔵はポイと容器を構え、じっと狙いを定めている。
そしてある1匹の金魚に視線を止めたかと思うと、実に素早いポイさばきで金魚をゲットした。
「「「おお〜……」」」
その余りの鮮やかさに、3人から感嘆の声が漏れる。
「すっげえ! 三蔵、何でそんなに簡単にすくえるんだよ?」
悟空が目をキラキラ輝かせながら、三蔵を見つめている。


「……いいか。このポイの紙はただでさえ破れやすく出来ている。
 水中でポイを動かす時の水圧だけで、随分強度が弱っちまうんだよ。
 そんな状態ですくおうとするから、すぐ破れちまうんだ。
 要は、水圧を如何に最小限に止めるかだ。
 そのためには、まず金魚の中で水面近くにいるものに狙いをつける。
 それから、こうしてポイを斜めに水中に入れ、水面ギリギリの位置で金魚をさらうようにしてポイに乗せ、
 更にそのまま、水圧を少なくするため、出来るだけ斜めに出す。但し、斜めにしすぎると、金魚がポイからこぼれちまうぞ。
 もちろん、容器をポイの傍にスタンバッておくのは当然だ。
 この一連の動作を、金魚が逃げられないように素早く行う。
 これが、金魚すくいの極意だ。」


「そうなのかぁ〜」
しきりに、ただ感心している悟空とは裏腹に、悟浄と八戒はある疑問を抱いていた。
この『金魚すくいの極意』とやらは、三蔵が自力で編み出したのか、それとも誰かに教わったのか。
三蔵が自力で編み出したというのはかなりイヤなのだが、教わったのならそれはそれで誰に教わったのか気になる。
だが、自分達が聞いても教えてくれるとは思えない。
三蔵からこういう事を聞き出せるのはただ1人。
悟浄と八戒の視線が、知らず知らずの内に悟空に向けられる。

そんな2人の思いを感じ取ったわけではないだろうが、悟空が三蔵に質問した。
「なあ、三蔵。何でそんな事知ってんの?」
悟空の質問に、悟浄と八戒は「ナイス、悟空!」と心中で呟いたという。

「極意の事か?」
「うん。やっぱり三蔵のお師匠様に教えてもらったのか?」
「バカ猿。お師匠様が、こんなくだらねえ事知ってるわけねえだろ!」
「じゃあ誰なんだよ?」
悟空のセリフに、三蔵はちょっと昔を懐かしむような目になる。
「朱泱だ。昔、お師匠様と朱泱に、麓の街の祭りに連れて行ってもらった事があってな。
 その時に、朱泱に教わったんだ」
ポイを見つめながら、感慨深げに話す三蔵だが、彼は知らなかった。
その朱泱に『金魚すくいの極意』を教えたのが、他ならぬ光明三蔵法師であった事を。



「……そんな事よりも、今言った通りにやってみろ」
三蔵はそう言って、新しいポイを悟空に手渡す。
「うん! よぉぉし……」
金魚を見つめる悟空の目は、真剣そのものだ。
何も、たかが金魚すくいにそこまで……と悟浄などは思うのだが、あえて口には出さなかった。

じっと金魚の群れを見つめていた悟空だが、狙いを定めると、さっきの三蔵を思い出しながら素早い動きで金魚をすくう。
そして、悟空の左手に持たれている容器の中には、金魚が1匹。
「やったぁぁ! ほら、三蔵、すくえた!」
容器を三蔵に見せながら、心底嬉しそうに悟空が笑う。
その笑顔に何となく気持ちが和むのを感じながらも、表面上は無表情を崩さずに返事を返す。
「ふん。俺が教えたんだから当然だな。……まあ、初めてにしては上出来だ」
「えへへ……」
三蔵に誉められて、悟空がくすぐったそうにしている。

すっかり2人の世界を構築している三蔵と悟空の傍らでは、悟浄と八戒が冷たい空気を醸し出していた。
「……悟浄、物は相談なんですが」
「……何?」
「2組に別れて行動する、というのはどうでしょう……?」
「組み合わせは当然、俺と三蔵、お前と悟空だよな……?」
「もちろんです」
「OK。乗った」
「では、そのための作戦ですが……」
悟浄と八戒が密かに分断計画を立てているとも知らず、三蔵と悟空はまだ2人の世界である。



この後、計画が成功したか否かは分からないが、翌日の三蔵の機嫌は激悪だったという……。









END









後書き。

8383HITのパンダ様に捧げます。
リク内容は『お祭り』でした。夏の間にアップできて良かったです。
特にカップリング指定とかありませんでしたので、オールキャラ寄りにしてみました。
それでもベースが三空になるあたり、やはり私です。
らぶ甘かと思いきや、途中で妙にギャグっぽいのが混じっております……。
最近、三蔵様のキャラクターを壊す事に躊躇いを感じなくなってきている自分が怖いです。
「金魚すくいの極意」……いい加減です。ので、信じて試さないで下さいねv(誰が試すか)
パンダ様、こんなんが出来あがりましたが、どうぞもらってやって下さい〜!




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