どんよりとした灰色の雲から、冷たい雫が絶え間なく降り続けている。
もうこれで、3日連続の雨だ。
悟空は窓の側に立ち、空を見上げる。
雨は、嫌い。
三蔵をつらい気持ちにさせる雨は、嫌いだった。
雨が降ると、三蔵の様子が変わる。
表面上はいつも通りの不機嫌な表情。
だけど、何かが、変化している。
その変化を説明は出来ないけど。
カチャリ。
音に振り向くと、三蔵が戻って来たところだった。
「何してんだ、お前」
「三蔵、平気……?」
「何が」
「雨……降ってるから……」
悟空の言葉に三蔵の表情が半瞬変わったものの、すぐにいつもの三蔵に戻る。
「何バカな事言ってやがる。今更、いちいち雨くらいでどうにかなるかよ」
「うん……。そうだよね……」
嘘つき。
本当は、平気なんかじゃないくせに。
何で、話してくれないんだよ。
俺は、知りたいのに。
三蔵の事、知って、支えてあげたいのに。
三蔵は、いつも何も話さない。
八戒とかには時々何か話してるみたいだけど。
俺には……何も、一言も、話してはくれない。
雨が降っても、三蔵は平静な態度を崩さない。
何もないような、普通の態度を保ち続ける。
それが…………悲しかった。
俺じゃ、三蔵の力になれないって言われてるみたいで。
関係ないって、そう言われてるみたいで。
どうしようもなく、泣きたい気分になる。
三蔵はいつも、俺の事を分かってくれる。
そっけない態度の中でも、俺が望んでいる事を察してくれる。
だけど…………俺には、三蔵の事が分からない……。
知りたい。
三蔵の事が。
三蔵が、今、何を思っているのか。
どうしたら、分かるのだろう。
どうしたら、三蔵のように人の想いを感じ取れるんだろう。
痛くて。
胸がキリキリと痛くて。
分かってあげられない自分にひどく腹が立った。
何も話してくれない三蔵に、初めて『苛立ち』を感じた。
「……くう、おい、悟空!」
ふと我に返ると、三蔵が悟空を覗きこんでいた。
「え、三蔵、どうしたの……?」
「どうしたのじゃねえよ。そんな顔で黙り込みやがって」
「そんな顔……?」
今、自分はどんな顔をしていたというのだろう。
「ったく、バカ猿が考え込むなんて慣れねえ事してんじゃねえよ。もう寝るぞ」
三蔵がくるりと踵を返し、壁際のベッドに向かう。
「……何でだよ」
ポツリと、悟空は呟いた。
「? 何だ」
聞き取れなかったのか、それとも咄嗟で意味が掴めなかったのか、三蔵が聞き返す。
「……何で! 何でいっつも三蔵は何にも話さないんだよ!
俺にはいつでも話せって言ってるくせに、何で三蔵は俺に話してくんないんだよ!
つらいならつらいって、痛いなら痛いって言ってくれたっていいじゃんか!
そんなに俺じゃ頼りになんないのかよ!? だったら俺、何のために三蔵の傍に居るんだよ!」
悟空の常にない剣幕に、三蔵は目を見開いている。
こんなにも、悟空が怒りを露わにした所を見たのは初めてだった。
ここ数日の雨で、確かに三蔵の心の内は徐々に雨に侵食されていた。
どれだけ時間が経っても、身体の傷はともかく、心の傷は時間では癒えない。
それでも、痛みに耐えてきた長い時間は、平然を装う術を身に付けさせた。
それがごまかしだと分かっていても、そうするしか三蔵には出来なかった。
頼りにならないとか、そんな事じゃない。
ただ、コイツには──悟空にだけは、そんな自分の弱さを見せたくはなかった。
三蔵に太陽を見て、その光を求め、焦がれる悟空には。
悟空の前では常に強くありたかった。弱くてはいけなかった。
どんな時でも、悟空にとっての光でありたかった。
悟空は俯いて、手をきつく握りしめている。
何時の間にか、三蔵が考えているよりもずっと、悟空は強く成長していたのか。
三蔵を思い、そのためにこんなに懸命になれるほど。
もう既に、悟空は三蔵と対等に近い位置まで来ているのかもしれない。
だからこそ、三蔵の痛みも受け止めたいと願うのだろう。
もう、三蔵が守り育てていた、子供ではない。
三蔵の後ろをついて歩くのではなく、三蔵の隣を歩き始めている。
「……悪かった」
そんな言葉が、口を突いて出た。
まだ、子供だと思っていた。自分が悟空を守っているつもりでいた。
けれど、それは多分……逆だった。
こんな雨が続き、気分が尖りイライラした時でも、悟空が傍にいる間は落ち着く事が出来た。
悟空の無邪気な、柔らかな笑顔が、三蔵の棘を落としてくれた。
三蔵が『普段通り』を保っていられるのは、悟空が居るからだ。
「三蔵……?」
滅多に口にしない謝罪の言葉を聞いた悟空は、どう反応を返すべきか分からないらしく、
その場に立ち尽くして三蔵を見つめている。
「頼りにならないなんて思ってねえ。
俺が普段と変わらないように見えるのは…………おまえが居るからだ」
「俺が……居るから……? ホント……? 俺、三蔵のために何か出来てるの?」
「……十分過ぎるくらいな」
「ホント!? ホントに!?」
「しつけえぞ、猿」
言って、三蔵はぺし。と悟空の頭を軽くはたく。
「そっかぁ……。俺、三蔵の傍に居る意味、あるんだよな……」
「意味なんざいらねえだろ」
「え?」
悟空がキョトンとした顔で聞き返す。
「おまえは、俺が『おまえが傍に居る意味がない』って言ったら離れるのか?」
「!! ヤダ! そんなの……三蔵の傍に居られなくなるなんて絶対……!!」
泣きそうな表情で悟空が必死に訴える。
「……そういう事だ。意味なんて関係ねえ。居たいと思うなら居ればいい」
三蔵自身が、悟空を傍に置いているように。
「なあ、三蔵」
「何だ」
「俺さ、三蔵みたいに誰かの気持ちとか分かったり出来ないんだ。だから……。
だから、何かあったら言ってくれよ。俺だって、聞くくらい出来るよ」
そう言った悟空の表情は、ひどく大人びて見えた。
「……ああ」
自分の手を離れて、着実に成長していく悟空。
穏やかな気持ちと共に、微かに感じた痛み。
その正体を、三蔵はまだ気付く事が出来ないでいた。
後書き。
3000HITのなな様に捧げさせて頂きます。
リク内容は『シリアスな三空』でしたので、雨に絡めたお話にしてみました。(←安直な)
こんな2人でどうでしょうか、なな様……。(ドキドキ)
ラストにちょっと独占欲のカケラなんぞをほのめかしてみたり(笑)
こんな駄文ですが、受け取ってやって下さいませv