西への旅が終わり、4人は再びそれぞれの生活へと戻った。
いや、『戻った』という表現は余り正しいとは言えないだろう。
4人とも、旅に出る前とは全く違った生活を送っているのだから。
その最たる例が、三蔵と悟浄だ。
今、三蔵と悟浄は以前悟浄と八戒が暮らしていた家に2人で生活していた。
もちろん、これにはそれ相応の訳があるのだが……。
旅が終わった後、本来なら三蔵と悟空は長安の寺院へ、悟浄と八戒は住んでいた家へ戻るはずだった。
だが、三蔵は寺院に戻るつもりはなかったのだ。
元々、あの寺院に着院したのは『聖天経文』の手掛かりとなる情報を得るためだ。
聖天経文をこの手に取り戻した今、わざわざあんな鬱陶しい所に戻る理由はない。
三仏神にも、あの寺院の僧正にも話は通してあったから、問題もない。
三蔵が寺院に戻らないならば、当然悟空が戻るわけがない。
悟空は、三蔵がどこかで1人で暮らすつもりだと知って、自分も一緒に行くつもりだった。
だが、それを三蔵は許さなかった。
旅が終わる頃、悟空は20歳になっていた。
もう成人しているのだから1人で生活していってみろ、要は自立してみせろと、三蔵はそう言ったのだ。
悟空は寂しそうな顔を見せながらも、三蔵の言う事に従った。
八戒も、いつまでも悟浄の所で世話になっているのは悪いから、と、1人で暮らす事にしたらしい。
長安から少し北に離れた街に、家を借り、そこで暮らしている。
三蔵もまた、1人で暮らすつもりだった。
だが、自我を取り戻した妖怪が街に戻って来た事もあり、住む家がそうそう見付からない。
八戒のように要領良く見付けられればいいのだが、三蔵はどうもそういう事は上手くないのだ。
で、仕方なく、現在は悟浄の家に転がり込んでいるのである。
「おい、悟浄! いつまで寝てやがる! 起きてさっさと食って、片付けろ!」
言いながら、三蔵はベッドで寝ている悟浄を蹴り飛ばした。
「いってえ! 何すんだよ、この鬼畜坊主!」
「てめえがさっさと食わねえと、いつまでたっても片付かねえんだよ!
大体、何でこの俺が貴様のメシを作らなきゃならねえんだ!」
「居候の義務だろ? 俺は家主だぜ、や・ぬ・し」
実際、居候というのは事実なので、三蔵もその事に関しては言い返さなかった。
現在、主に食事は三蔵が作っている。
悟浄が料理が出来ないというのもあるのだが、三蔵は実は結構料理が上手い。
江流と呼ばれていた幼少の頃、寺院では下位の僧がそういった仕事をこなさなければならないため、三蔵もいつも賄いの仕事をしていてその時に覚えてしまったのだ。
だが、何が悲しくてこの自分が包丁を持ってトントンと大根や玉葱を切らなければならないのだろう。
そんな風に思うものの、悟浄に任せればマトモな食事など到底望めない。
故に、仕方なく三蔵が食事の仕度を請け負っているのである。
「……ち。とにかく、さっさと食え!それから、賭場に行くんならついでに帰りに醤油買って来い」
「……は? 醤油?」
悟浄が間抜けな声で聞き返す。
「切れてんだよ! どっかにシケ込んで、買って帰らなかったら殺すぞ」
「あっれえ? ひょっとして、俺が女のトコに行くのがイヤで……」
からかうようにそう言いかけた悟浄のセリフは、額に感じたひんやりといた鉄の感触に遮られた。
「……今すぐ死にたいようだな。安心しろ、この家は俺が引き取ってやる」
「スミマセンデシタ……」
悟浄は両手を挙げて、降参のポーズを取る。
「ふん」
分かればいい、とでも言うように三蔵は部屋を出て行く。
全く、八戒もよくこんなだらしないヤツと3年も暮らしていたものだと思う。
生憎と、三蔵は八戒ほど世話好きではない。
が、それでも、悟浄とのこの生活が特別嫌だとも感じていない事も確かだ。
嫌なら、さっさと出て行っている。そんな事をいちいち我慢するほど、三蔵は忍耐強くない。
家事などは非常に面倒この上ないのだが、この家はどこか落ち着く雰囲気がある。
悟浄も三蔵も必要以上にお互いに干渉しないためか、心地良い距離があるのだ。
相変わらず家は見付からないが、別に今すぐでなくてもいいかなどと思ってしまう事もある。
そんな事を考えている自分に気付くと、限りなく不機嫌になるのだが。
三蔵が自分のお茶を淹れてリビングのテーブルにつくと、着替えた悟浄が姿を見せた。
そのまま椅子に座ろうとして、何かに気付いたように三蔵に尋ねる。
「あれ、俺のお茶は?」
「それぐらいテメエで淹れろ。俺は家政婦じゃねえ」
「自分の淹れたんなら、ついでに淹れてくれてもいいのによ……」
冷たく返ってきたセリフに、悟浄はぶつぶつ言いながら席を立つ。
自分でこぽこぽとお茶を入れながら、ふと、さっきの三蔵の『家政婦』発言を思い出す。
思わず「家政婦な三蔵」を想像して、吹き出しそうになるのを慌てて堪える。
さすがに、悟浄も命は惜しい。
席に戻って、食事を始める。
「三蔵、お前のは?」
三蔵の目の前には、お茶しかない。
「とっくに食った。今、何時だと思ってやがんだ、てめえ」
その言葉を受けて部屋の時計に目をやると……午後2時。
帰ってきたのが朝の7時。シャワーを浴びて寝たのが、8時前くらいだったから仕方ないだろう。
そんな事を思いつつ、悟浄は目の前の料理を口に運ぶ。
相変わらず、三蔵の作ったものは美味しい。
一緒に暮らし始めた当初は、相当驚いたものだった。
三蔵が料理をするだけでも意外だったのに、それに加えてこんなに料理上手とは思わなかった。
……良い嫁さんになれんじゃん?などという、三蔵が聞いたら100%の確率で瞬殺間違いなしな事を考える。
その瞬間、再び額に冷たい鉄の感触。
「……貴様、今、何を考えやがった?」
「いや、三蔵の作るモンってマジで美味えなーって……」
とりあえず、嘘は見破られそうなので、当たり障りのない範囲で本当の事を言ってみる。
三蔵は胡散臭げな顔で悟浄を見ていたものの、食事中な事もあって銃をしまう。
そして席を立ち、奥の部屋に続くドアの方に向かう。
「おい、悟浄。食ったら、ちゃんと洗って拭いてから棚にしまっておけよ。放ってたら、夕飯食わさねえからな」
「へいへい……。しっかし、今のセリフってまるっきり主婦……」
ガウンガウンガウン!!
「だあああ! 家ん中で発砲すんなよ! 壁に穴開くじゃねえか!」
「ふざけた事抜かすてめえが悪いんだろうが!」
三蔵のこめかみには、はっきりと青筋が幾本も刻まれている。
余程『主婦』という言葉が気に障ったらしい。
悟浄としては、正直な感想がつい口をついただけなのであるが。
実は結構自覚していて、気にしてたりするんだろうか。
ひとしきり発砲して気が収まったのか、三蔵はドアを開けてリビングを出る直前、悟浄に釘を差す。
「いいか、醤油買って、最低でも6時には帰って来い。いいな」
それを聞いて、悟浄が抗議の声を上げる。
「6時!? んだよ、それ!? 小学生じゃねーんだから、それはねえだろ!?」
「うるせえ! 夕飯の仕度にいるんだよ! 帰って来なかったら殺すぞ!!」
いささか所帯じみた口論だが、当の三蔵と悟浄はそれを気にする余裕はないようだ。
「……わーったよ! 買って帰りゃいいんだろ!?」
「分かればいい。スッてくんじゃねえぞ」
「俺を誰だと思ってるわけ?」
「年中発情期のイカサマ河童だろう」
「……悪かったな。んじゃ、行ってくるぜ」
悟浄が引く形で言い争いを止め、悟浄は街へと向かった。
いつものように酒場に行き、そこでカモを見付けてカードで稼ぐ。
「きゃああv 悟浄ってばすごぉいv」
甘ったるい女の声が、悟浄の耳元を通り抜けて行く。
普段ならここらで女を口説いて一夜の伽の相手を確保するのだが、今日はそうはいかない。
ちらりと時計と見ると、5時前。
これから醤油を買って帰ったとして、6時にはギリギリだろう。
悟浄は仕方なく席を立った。
「今日はこれで帰るわ」
「え〜、もう!? まだこんな時間よぉ?」
隣の女の甘えたような声に、向かいに座る男の声が重なる。
「おいおい、悟浄。勝ち逃げはねえだろ?」
「悪ぃな。美人を待たせてっからさ♪」
「えぇ〜、何それ〜!」
女が非難めいた声を上げるが、それを流して悟浄は酒場を出た。
街を歩き、食料品を扱う店に入る。
「お、悟浄。久し振りじゃないか」
店の主人が、悟浄を見て驚いたように近付いてくる。
この店には、八戒と暮らしてた頃に何度か買いに訪れた事があった。
要するに、今回と同じ状況である。
「新しい美人さんと暮らし始めたんだって? 今度連れて来いよ」
「……あー……。それは止めといた方がいいと思うけどな」
人当たりの良い八戒ならともかく、三蔵を連れてきたら間違いなくトラブルが起きるだろう。
「それより、醤油買いに来たんだけど」
無駄話をしていたら、約束した帰宅時間に間に合わなくなる。
話をしたがる店主を適当にかわして、悟浄は帰途についた。
正直、三蔵と暮らし始めた当初は、すぐに三蔵が出て行くものだと思っていた。
それは、別にそれを期待していたわけじゃなくて、単に三蔵の方が嫌になるだろうと思っていたのだ。
が、意外にこの共同生活は上手くいっている。多少の日常的トラブルはあるにせよ。
悟浄も、三蔵とのこの生活を割と楽しんでいた。
八戒との同居時とはまた違う楽しさがあった。
もうちょっとくらいこのままでもいいかもな、と、そんな風にも思うのだ。
もちろん、三蔵に言えば、あからさまに嫌な顔をされるのがオチだろうが。
家に着いてドアを開けると、良い香りが漂ってきた。
どうやら、三蔵が夕食の仕度をしてくれているようだ。
「三蔵、帰ったぜー」
悟浄の帰宅に気付いた三蔵は、そのまま近付いてきてハリセンで悟浄をぶん殴った。
「遅い! どこほっつき歩いてやがったんだ、てめえは!」
「ってー! ンだよ、ちゃんと6時に帰ってきたじゃねえか!?……って、あれ?」
時計を見てみると……6時40分。
「ほう……。貴様にはあれが6時に見えるのか。大した目だな」
「ちょ、ちょっと待てよ!俺はちゃんと計算して……!」
おかしい。5時前には酒場を……。もしかして、酒場の時計が狂っていたのだろうか。
「……言ったな? 6時に帰って来なければ殺す、と」
「い、いや、ちょっと待った! これは不可抗力……!」
「聞く耳もたん!」
ガウンガウンガウンガウン!!
「うおわぁぁぁ! わ、悪かったって! マジ、マジ死ぬ!」
本日2度目の銃撃を受けながら、悟浄は果たして三蔵の家が見付かるまで自分が生きていられるかどうか
疑問を抱かずにはいられなかった。
三蔵と悟浄の共同生活は、こうして実に平和に営まれていた。
後書き。
9999HITの花梨様に捧げさせて頂きます。
リク内容は『もし、悟浄と三蔵が一緒に暮らしてたら』でした。
実に楽しいリクを頂いて、かなりウキウキしながら書いてました(笑)
その割には、こんな妙なものを書き上げてしまったのですが(汗)
書きながら「……夫婦か、お前ら……」と呟く始末。
三蔵様に料理なんぞさせてしまいましたが、本当に所帯じみてるよ、三蔵様……。
花梨様、こんなのが出来ましたが、どうぞ貰ってやって下さいませv