「あ〜、やぁっと着いたぁ〜!」
悟空が嬉しそうに村に向かって走っていく。
「はしゃぐな、バカ猿!」
三蔵が釘を差すものの、はしゃぐ気持ちは他の3人にも分からないでもない。
行く手に塞がる大きな河の橋が壊れていたせいで大きく迂回をする羽目になり、何日も野宿が続いたのだ。
そうしてやっと、マトモな村に辿り着けたのである。
悟空に続いて、三蔵達も村に入る。
周りを見ながら進む。そんなに規模の大きな村ではないようだった。
宿屋があるかどうか、微妙なところだろう。
折角何日か振りに村に着けたのだ。ちゃんとした宿がないと、かなり三蔵達としてもつらい。
4人は一応の集合場所を決め、それぞれ宿を探しに散った。
4人で探し回った甲斐あって、何とか村にたった1つの宿屋を見付ける事が出来た。
「……うっわぁ……すっげえ古そう……」
その宿を見ながら、悟空は呟く。
実際、木造2階建てで如何にも年代物と言った感じの、『民宿』とでも言いたくなるような建物だった。
「まあ、泊まれる所があっただけでも有難いと思いましょう」
「にしてもよぉ……。あ〜あ、綺麗な姉ちゃんも見当たらねえし……」
悟浄が心底残念そうにため息をつく。
「ぐだぐだ文句を言うな。行くぞ」
そう言って宿屋に入る三蔵に、八戒と悟空、渋々ながら悟浄も続いた。
宿の中は外見ほど古い印象は受けなかった。
余程手入れが行き届いているのだろう。
これなら、それなりにちゃんとした休息が取れるかもしれない。
八戒が空き部屋について受付で尋ねている時、いつものように悟空をからかおうとした悟浄が怪訝な顔をする。
「……おい、悟空。お前、なんか顔色悪くねえか?」
「え……そうかなぁ……?」
それを聞いた三蔵も悟空の顔を覗き込む。
「……具合でも悪いのか?」
三蔵と悟浄が心配しているのを見て、悟空は身体の前で両手を振る。
「何ともないって! ……あ、そういえば……」
「……どうした」
三蔵の顔が真剣味を増す。
「……すっげえ腹減ったぁ……」
そう言ってへたり込む悟空に、三蔵の怒りに満ちたハリセンが命中した。
「お前はそれ以外には言えねえのか、バカ猿!!」
「いってええ! だって、ホントに腹減って死にそうなんだもん〜!」
「知るか! ……おい八戒、部屋が決まったなら行くぞ!」
部屋の鍵を持って戻ってきた八戒から鍵の1つを奪い取り、三蔵は宿の案内係について部屋に向かった。
部屋に入ると、三蔵は部屋の奥の簡素なベッドに座る。
古いスプリングがギシィッと悲鳴を上げてその乱暴な座り方に抗議をしたが、三蔵には無駄である。
「三蔵」
「……何だ」
「あのさ、さっきの、怒ってる? ……ごめん、心配させて」
「別に心配なんざしてねえよ」
ふいっと横を向いて、三蔵は懐から煙草を取り出す。
そう、横を向き、悟空から宿の外に視線を移してしまったために、気付かなかったのだ。
……気のせいではなく、悟空の顔色がどんどん悪くなってきている事に。
しばらく、そのまま静かに時間が流れた。
あれから悟空が三蔵に話し掛ける事もなく、三蔵もただ窓から外を眺めていた。
だが、余りにも静か過ぎる事に、さすがに三蔵も不審を感じた。
いつもならどんなに邪険にしても、しつこくじゃれ付いてくるのに。
三蔵は短くなった煙草をベッドヘッドに置いた灰皿に押し付けて消し、悟空がいるであろう場所を振り向く。
そしてその瞬間……その場に凍り付いた。
そこに、確かに悟空はいた。
……膝を抱え、真っ青な顔で汗を流して震えながら。
「なっ……! おい、悟空!」
三蔵は一瞬の硬直の後、すぐさまベッドから降りて悟空に駆け寄った。
「おい! どうした!」
「さ、さんぞ……」
その声すらも震えている。小さく、頼りない声。
悟空の身体に触れると、その熱さに三蔵は息を呑む。
「バカか、てめえは! どうしてこんなになる前に声を掛けねえ!」
「だって……」
分かっている。さっきの事で、とても三蔵にそんな事を言える雰囲気ではなかったのだと。
だから、本当に三蔵が腹が立ってたまらないのは……同じ部屋にいながら気付かなかった自分自身。
どうして、悟空がこれほど苦しんでいるのを見ようともしなかったのか。
ムカついて仕方がない。三蔵は、爪が食い込むほどに拳を握り締めた。
とにかくベッドに寝かせようと、三蔵は悟空を抱き上げようと背中と膝の裏に手を回した。
そして持ち上げようと、少し力を入れた瞬間。
「……うああっ!」
悟空が悲鳴を上げ、三蔵は反射的に手を下げた。
「悟空……!?」
悟空は浅い息を繰り返して震えている。
「悟空、どうした。……身体が痛むのか?」
その三蔵の問いに、悟空はゆっくりと頷く。
その時、部屋をノックする音が聞こえた。
「三蔵、悟空。何かあったんですか!?」
さっきの三蔵の怒鳴り声と悟空の悲鳴が聞こえたのだろう。
三蔵はドアの向こうにいる八戒に向かって声を掛ける。
「八戒! 悟浄に医者を呼びに行かせろ!」
その三蔵の常ならぬ声色に、八戒が珍しく少し乱暴にドアを開く。
そして、悟空の様子を見て瞳を見開いた。
「悟空! どうしたんですか!?」
「おい、どうなっちまってんだよ!?」
八戒の後ろから入ってきた悟浄も、信じられないとでもいった感じでその場に固まっている。
「悟浄! いいから医者を呼んで来い!」
三蔵の声に我に返った悟浄は、すぐに踵を返して走り出した。
悟浄が医者を連れて来るまでの間、八戒が気を送り込んだりしてみたが、一向に回復しなかった。
八戒の気孔で治せるのは、通常怪我だけだから当然だ。
それでも、少しでも痛みを和らげられないかと八戒は必死に悟空に気を送り込んでいた。
「……八戒、いいよ。これ以上やったら、八戒が倒れちゃうよ」
「悟空……」
「もうすぐ、お医者さんが来てくれるんだろ? ……大丈夫だよ」
そう言うものの、悟空の震えは止まらず、激しい痛みのためにベッドに連れて行く事すら出来ない。
悟浄が医者を連れて来るまでのほんの10分ほどが、ひどく長く感じた。
医者が悟空を診ている間、三蔵達は傍でじっと見ていた。
しばらくして、医者が悟空から離れ、三蔵達の方を振り向く。
「あの……悟空は大丈夫なんですか?」
「とりあえず、命に別状はありませんよ。ただ……」
「ただ……何ですか!?」
「ただ……この病気は特殊でして……治療法と呼べるものがないんです」
「治療法がない……だと? どういう事だ」
三蔵は射るような険しい眼差しをその医者に向ける。
その視線に少し怯んだものの、その医者は説明を始めた。
医者の話によると、この病気はこの地方特有の感染病らしい。
成人した大人には殆どかかる事がないのだが、未成年の子供にはほぼ100%近い確率でかかるという。
かかっても命の危険はなく、個人差はあるものの2〜3日で治る。
だが、特効薬などはなく、自然治癒に任せるしかないというのが現状だった。
それだけ聞くと『はしか』のようなイメージを受ける。
だが、決定的に違うのは、その症状の重さ。
高熱と寒気、そして全身に走る身体も動かせないほどの激痛。それが、丸1日以上は確実に続く。
峠を越えれば快方に向かっていくが、それまでの苦痛は余程のものらしい。
説明を終えた後、医者はバッグの中からアンプルと注射器を取り出す。
「鎮痛剤を打っておきます。一時的な効き目しかありませんが、効き始めたらベッドに寝かせてあげて下さい」
そう言って、悟空の傍に膝を付き、注射のための準備をする。
注射を済ませると、医者は立ち上がり、三蔵に幾つかの薬を渡す。
「これも鎮痛剤です。食事の後に飲ませてあげて下さい」
三蔵はそれを受け取り、悟空に視線を移す。
苦しそうに震えている悟空。それが、三蔵を責めているように見えた。
医者が帰り、鎮痛剤が効き始めた頃を見計らい、悟空をベッドまで運んだ。
八戒は粥の用意をして部屋に運ぶと、悟浄と共に隣の部屋に戻った。
自分達が心配そうな顔を見せるのは、悟空につらい思いをさせるだけだと悟ったからだろう。
三蔵はベッドの傍に椅子とテーブルを持ってきて、その上に粥を置いた。
「……悟空」
三蔵が呼ぶと、閉じられていた悟空の目がゆっくりと開いた。
「さんぞ……?」
「八戒が粥を持ってきた。食えるか?」
「うん……」
悟空は起き上がろうと身体に力を入れた。だがその瞬間に、より激しい痛みが走る。
「……っ……!」
「動くな、バカ猿! ……寝てろ」
「でも……」
「……いいから、口だけ開けろ」
その言葉に従い、悟空は口を開く。それだけでも、苦しそうに見えた。
三蔵はレンゲで粥を掬い、息で少し冷ましてから慎重に悟空の口元に運んだ。
悟空が粥を飲み込むのを確認し、三蔵は再びレンゲで粥を掬う。
そんな風に、一口ずつゆっくりと悟空に粥を食べさせた。
粥を何とか食べさせ、薬を手に取って三蔵は少し迷った。
この薬をどうやって飲ませるのか、それを考えていた。
粥ならまだしも、薬を飲むための水を寝かせたまま飲ませるのは難しい。
かといって、悟空に身体を起こさせる事も出来ない。
「……仕方ねえな」
三蔵はそう呟き、錠剤を悟空の口に入れると水を自分の口に含んだ。
そして、悟空の頭の後ろに手を添え、唇を悟空のそれに重ねた。
少しずつ、水を悟空の口の中に送り込む。
コクン、と嚥下する音を聞いて三蔵は唇を離した。
見ると、悟空が赤い顔で目を見開いている。
おそらくその頬の紅潮の理由は、熱のせいだけではないだろう。
「さ、三蔵……?」
「ちゃんと錠剤も飲んだか」
「うん……」
「……なら、じきに効いてくるはずだ。そしたら少しは楽になるだろ」
そう言って、三蔵は悟空から身体を離して椅子に座り直した。
三蔵を見ている悟空の表情に笑みを見て、三蔵は怪訝な顔をする。
薬はまだ効いていないだろうし、今も相当な痛みが襲っているはずだ。
なのに、何故悟空はこんなに嬉しそうに笑っているのだろう。
「……痛まねえのか?」
「……痛いけど、でも、嬉しいから」
「何がだ」
「三蔵がずっと傍にいてくれて、すっごい優しくしてくれるから」
たかが、そんな事で。
そんな事で、激痛に苛まれながらも笑っている。
その笑顔ごと抱きしめてしまいたくて、けれど、今はそれも出来ない。
だから代わりに、悟空の髪をそっと撫でてやる。
そうすると、悟空は安心したように目を閉じた。
それから約1日、三蔵はずっと悟空の傍に居続けた。
八戒や悟浄が交代しようと言い出したりもしたが、有無を言わさず隣の部屋に戻した。
悟空は、決して痛みを訴えなかった。
痛くないはずがない。それでも、心配をかけまいと、懸命に痛みを堪えていた。
そんな悟空の傍にいてやりたかった。
自分が傍にいる事が、少しでも悟空の鎮痛剤代わりになるのなら。
いや、それはむしろ自分への言い訳だったのかもしれない。
傍にいたかったのは、おそらく三蔵自身。
他のヤツに、例えそれが八戒や悟浄であっても、こんな悟空の傍にいさせたくなかった。
翌日の夕方頃には、悟空の症状も大分落ち着いてきていた。
まだ全快とは言えないが、少しずつ快方に向かっているようだ。
少しくらいなら身体を起こす事も出来るようになり、食事もたくさん摂るようになった。
「三蔵、おかわり!」
「……本当に病人か、てめえは」
おかわりをよそいながら、三蔵は呆れたような声音で答える。
「だって、腹減るもんはしょうがないじゃん!」
おかわりを受け取った悟空は、再びかなりの勢いで食べ始める。
「ったく……」
そう言いながらも、悟空が元気な様子を見せている事で自分が安堵している事が分かる。
そのせいだろうか。身体がこんなにも重く感じるのは。
「……三蔵!?」
悟空が驚いたような声を出すが、三蔵には余り聞こえていなかった。
急速に視野が狭まったかと思うと、記憶はそこで途切れてしまった。
急に倒れ込んでしまった三蔵を見て、悟空は焦って三蔵を呼ぶ。
「三蔵! 三蔵!?」
その悟空の声が聞こえたのか、八戒と悟浄が慌てて部屋に入ってきた。
「どうしました、悟空!?」
「三蔵が……」
「三蔵?」
ベッドに上半身を預けるような形で眠っている三蔵を見て、八戒と悟浄は顔を見合わせた。
「あ〜あ、柄にもなく無理すっから……」
「全く、しょうがない人ですね」
「え? 何……?」
まだ心配顔の悟空に、八戒が説明する。
「寝ちゃっただけですよ。ずっと寝ずに看病してましたから、無理ありません」
「寝ずに……?」
「俺らが交代するっつってんのに、追い出しやがったからな」
「余程心配だったんですね。三蔵がここまでするなんて、さすがに驚きましたが」
「三蔵が……」
悟空は眠っている三蔵をじっと見つめた。
そういえば、悟空が目を開けた時には必ず三蔵はここにいた。
それが、悟空に安心感と、痛みに耐える力をくれた。
悟空は痛みの残る腕を何とか動かし、三蔵の髪に触れる。
「……ありがとう、三蔵……」
自分でも泣きそうな声だと分かる。それくらい、嬉しかった。
悟浄が三蔵をもう1つのベッドに寝かせてくれた。
八戒が看病を申し出てくれたけど、もう大丈夫だからって言って部屋に戻ってもらった。
向かいのベッドに眠る三蔵。
倒れてしまうまで悟空をずっと看病してくれていた。
それほどに、悟空の事を心配し、思ってくれたのだ。
身体の痛みなんて、どこかに吹き飛んでしまいそうだった。
それよりもずっとずっと暖かいものを、悟空の心にくれたから。
三蔵が傍にいてくれるなら、どんな痛みも痛みにならないとさえ思う。
三蔵が自分を見ていてくれるなら、何があっても耐えられる。
だから───。
「だから、ずっと傍にいてくれる……?」
───目を覚ましたら、貴方はどう答えてくれるだろうか。
後書き。
14000HITのなおぴょん様に捧げさせて頂きますv
リク内容は『三空小説(悟空がちょっと痛い思いをしてしまうけど〜後は甘い〜感じのもの)』でした。
この『痛い』は身体的痛みとの事でしたので、こんな感じに出来上がりました。
しかし……『ちょっと』痛い……?『甘い〜感じ』……?
ちょっとどころか激痛です……。ごめんよ、悟空……。
甘いのかどうかも謎です。お粥あ〜ん(笑)やお水口移しで許して頂けると嬉しいです。
寝ずの看病をしていた三蔵様ですが、密かに独占欲入ってます。
ええもう、八戒や悟浄に看病なんてさせません(笑)
なおぴょん様、こんなモノが出来ましたが、良ければどうぞお受け取り下さいませv