閉ざされた村



11


翌日、朝食を済ませたところに寺院からの迎えが来た。
三蔵達が寺院に赴く事は、昨日の内に宿屋の主人から寺院の方へと伝わっていたらしい。
仰々しい迎えに嫌気がさした三蔵であるが、今回はやむを得ないのでその迎えを受け入れた。
寺院の迎えの者達は悟空達が同行する事に難色を示したが、三蔵が同行させると言うものを断ることが出来ないのは当然だ。
ここで三蔵の機嫌を損ねて来院を取り止められては困るのだから。
こうして、4人は揃って街の北にあるという寺院へと向かった。





寺院の中に通され、僧正などに挨拶を済ませた後、例の2人の僧達が三蔵に紹介された。
1人は背の高い、がっちりとした体つきの強面の男。
もう1人はほっそりとした、少々卑屈なイメージのする男だった。
一瞬身体に力のこもった悟空の肩に、そっと八戒の手が置かれる。

その2人の僧を一瞥した三蔵は、僧正に向き直る。
「……凶悪妖怪を退治したというこのお二方と、ゆっくり話がしたいのだが」
「それでしたら、奥の部屋にご案内致します。すぐに茶と茶菓子を用意させますので」
「御厚意、感謝する」
今いち心のこもっていないセリフを吐きながら、三蔵は例の2人に視線をやる。
あの三蔵法師が自分達の功績を褒め称えてくれるのだと思っているのだろう、2人の表情は歓喜に満ちている。
すっかり舞い上がってしまった状態では、三蔵の表情の冷たさなど理解し得ないのだろう。
僧達に案内されていく三蔵達の後から、喜びに染まっている僧2人はついていった。






用意された大きめの長机に、向かい合う形で三蔵と2人の僧が座る。
悟空、悟浄、八戒は、その横に設置され長椅子に並んで座っていた。
茶と茶菓子を運んできた小姓が出て行った後、三蔵が口を開いた。

「凶悪な妖怪を、2人だけで退治したと聞いたが」
その三蔵の問いかけに、興奮した2人は一気に喋り始めた。
「ええ! それはもう凶悪で強力な妖怪だったのですが、私達の法力で退治する事に成功したのです!」
「何度もダメかと思いました。しかし、ここで我々が負ければ罪もない人々がまた殺されると……!」
嬉々として話し続ける2人に、三蔵はただ冷淡な視線を向けるだけだ。

傍では、悟空が必死に今にも怒鳴りそうな自分を抑えていた。
三蔵に、自分が例の事件の事を言い出すまでは喋るなと言われていたためだ。
しかし、目の前の2人の虚構の美談を聞いていると、どんどん握りしめる手に力がこもっていく。
隣にいる悟浄と八戒の表情も、いつになく厳しい。



調子に乗って絶え間なく喋り続ける2人の話から人違いでは有り得ないと確信した三蔵は、袂から煙草を取り出して口に銜え、火を点ける。
目の前で三蔵法師が煙草を吸い始めた事に面食らった2人は、ピタリと話を止めた。
「あの、三蔵様。仏道に仕える者が煙草はいかがかと思うのですが……」
「ふん、てめえらの仕出かした事に比べりゃ、煙草なんざ何て事ねえだろうよ」
急に豹変した三蔵の言葉に、2人の僧は動揺し、うろたえている。
「な、何を仰るのですか、三蔵様」
「女子供を妖怪に差し出しといて救世主気取りでいられる、その神経は大したもんだがな」
その瞬間に、僧2人の顔色がさっと変わる。

「……何を仰られているのやら、私どもには分かりませんが」
強面の方の僧が、目付きを鋭くしてわざとらしい口調で言葉を発した。
それを聞いた悟空は、その場で立ち上がった。
「あんなにたくさんの女の人達殺しといて、ふざけんなよ!」
「根拠のない誹謗は止めてもらおう。大体、妖怪が神聖な寺院内にいる事だけでも汚らわしいものを……」
そう言い捨てた僧に、悟浄と八戒の視線が集中する。
「へえ、言ってくれんじゃねーの」
「少なくとも、あなた方にだけは言われたくないというか、言われる筋合いのない言葉ですよね」
悟空、悟浄、八戒に睨みつけられ、その僧は迫力に押されたのか言葉に詰まる。

「……俺達が何故その事を知っていると思ってんだ? 俺達自身がその妖怪と会ったからだ」
紫煙を吐き出しながら、三蔵は座ったまま話し始める。
「その妖怪から、事の経緯も、結界を張った坊主の特徴も聞き出している。まさにてめえらそのまんまだ」
「……だからといって……」
「同じ地域に同じ頃、同じような事件を起こした妖怪とそれを退治した同じような特徴の坊主。
 別人だと考える方が無理があると思うが?」
「……洞窟を根城にする妖怪などたくさんいますし、そんな特徴を持った坊主だっていくらでもいるでしょう」
あくまでしらばっくれるつもりらしい僧達に、三蔵は嘲笑を浮かべる。
「俺は、俺達の会った妖怪が洞窟を根城にしていたなんざ、一言も言った覚えはねえがな」
その言葉を聞いて、僧達がハッとした表情になる。


「……どっちにしろ、申し開きは三仏神の前でするんだな」
その三蔵の言葉に、僧達が見る見るうちに顔を青ざめさせる。
「さ、三仏神様!?
「そうだ。てめえらは重犯罪人、長安の三仏神によって裁かれる事になるだろう」
それを聞いてガクガクと震え出した僧達であるが、その内の1人が小さく笑い出した。

笑い出した僧を見て、悟浄が眉を顰める。
「何だぁ? トチ狂っちまったか?」
「くくく……重犯罪人? 私達が?」
「何がおかしいんだよ!」
悟空が怒鳴ると、その僧は更に大きく笑い始める。
「私達を重犯罪人として引き渡すなら、それ相応の確固たる証拠が要るはずだ。
 いくら三蔵様といえど、推論だけで通るはずなどない!」
証拠さえなければ、と僧は勝ち誇ったように笑う。

そんな僧の言葉にも、三蔵は表情1つ変えない。
「ふん、てめえらの頭は相当イカれちまってるらしいな」
「な、何ですと!?
「証拠? そんなもん、とっくに提出してんだよ」
「な……!?
「てめえらに殺された女達も、ただ黙って殺されたわけじゃねえ。きっちり記録を残してんだよ」
その三蔵の言葉に、八戒が思い出したような表情になる。
「あの日記ですね」
「ああ。あれを長安の慶雲院に届けるよう手配してある。ついでに、あの廃村と洞窟も調べさせている」
あの日記、それに廃村と洞窟を調べ、霊力の残滓や痕跡を調べれば、とても言い逃れはできないだろう。
「日記……そんな、馬鹿な。あの村にそんなものは……」
「隠してあったんだよ。おそらく、最後の方まで残っていたヤツらが隠したんだろうな」
日記の主が消えてしまった後、残った者がそれを見つけたのだろう。
そうして、自分達が全員いなくなった後戻ってくるであろう僧達に隠滅されないように隠した。
いつか、この村の状態に不審を持った誰かがここを調べ、見つけてくれると信じて。

それを聞くと、2人の僧は俯いてしまった。
そして震えていたかと思うと、その内の1人が大きく音を立てて立ち上がった。
それにつられてもう1人も立ち上がり、2人はこの部屋の扉に向けて走り出した。


だが、2人の僧が扉に着くよりも先に、悟空が扉の前に立ち塞がった。
2人の僧が一瞬立ち止まった間に、その両横にはそれぞれ悟浄と八戒が立っていた。
後ろからかかった三蔵の声に、僧達は振り向いた。
「逃がすとでも思ってんのか? こっちはてめえらのおかげで散々な目に遭ってるんでな」
ゆっくり近付いてくる三蔵に、僧達は開き直ったのか再び口を開いた。
「経緯はどうあれ、私達は妖怪を退治したのです! その私達が何故罰せられなければならないのですか!」
その身勝手な言い分に反応を返したのは悟空だった。
「何の関係もない人達殺しといて、何が退治だよ!」
「黙れ、妖怪! どの道あのままでは、いずれ他の村と共に妖怪に襲われ、殺されていたのだ!
 1つの村の犠牲で他の多くの街や村を救った事の何が悪い!」
「つまり、あなた達は自分達のした事は間違っていなかったと言いたいんですか」
八戒が冷たい視線を僧達に向ける。
「当たり前だ! 私達は、この街や周りの村の人々を守ってやったのだぞ!」
「よく言うぜ。守りたかったのはテメエの命と名誉だろ」
煙草を取り出しながら、悟浄は僧達を睨みつける。

「違う! 私達は……」
更に反論しようとした僧の言葉を遮るように、三蔵の言葉が重なる。
「なら訊くが、それなら何故この街や近隣の村の寺院に救援の要請をしなかった」
「そ、それは……」
「救援を呼べば生贄なんぞなくても退治できたはずだ。……要は『救世主』になりたかっただけだろうが」
「違う、私達は……私達は……」
反論できずに小さくぶつぶつと呟き始めた坊主達を、三蔵は冷ややかな目で見下ろす。
「てめえらの言い分なんざ俺は興味はねえ。さっきも言ったが、言い訳は三仏神の前でしろ」
三蔵がそう言い捨てるのとほぼ同時に、悟空の背後の扉が開いた。


入ってきた数人の僧達が、三蔵を見つけて報告する。
「三蔵様、例の洞窟と廃村の調査は未だ続行中ですが、幾つかの痕跡から三蔵様の仰っていた通りで間違いないとの事です」
「そうか。なら、こいつらを連れて行け」
「はい。今日のところはここに拘留。明日の朝1番で長安に向けて出発という事でよろしいでしょうか」
「構わん、その辺りは任せると僧正に伝えてくれ」
「分かりました」
報告を済ませた僧は、他の僧に命じて2人の僧を連れて行かせた。
最後の最後まで「私達は間違っていない!」という叫び声を、2人の僧は発し続けていた。


そのまま全員出て行くのかと思っていた三蔵だが、最後に部屋に残ったその僧が再び振り向いたのを見て眉を寄せる。
「何だ、まだ何かあるのか?」
「はい、実は、例の生贄になった女性達が住んでいたと思しき村を発見しまして……」
その言葉を聞いて、悟空が前に一歩踏み出す。
「それで!?
突然横からかけられた声に一瞬戸惑った僧であるが、三蔵の方に向き直すと報告を続ける。
「彼らが『妖怪に皆殺しにされた村』と話していた村なのですが、おそらく当時確認した死体やおびただしい血痕は、村の男性のものではないかと我々は考えています」
「村の男達の……?」
「ええ、死体も原形を留めないほどでしたし、男女の別はおろか、人数さえも確認できない状態だったそうですので」
「……その時は、詳しく調べなかったんですか?」
八戒から出た質問に、その僧は言い澱む。
「……は、余りにも凄惨な状態でして、その、彼らの言葉を信じてしまった事もあるのですが……面目ありません」
大きく肩を落とした僧だが、当時の事を彼に言っても仕方のない事だろう。
「それはいい。後の処理はそちらに任せる。俺達は一旦宿に戻って、昼過ぎには出発する」
「分かりました。では、僧正様にそうお伝えして参ります」
そう言うと、僧は一礼をして部屋を出て行った。

「村の男性達を殺したのは……彼らなんでしょうね」
「そうだろうな。目的はおそらく口封じと女達の行方をごまかすためだろう」
男達を生かしておくと、女達を生贄に使った生き証人になってしまう。
かといって、彼らを女達のように妖怪に喰わせたのでは1つの村の人間が全員消えてしまうという不自然な状態になる。
だから、性別も人数すらも分からなくなるほど切り刻んで殺し、女達も含めて村人全員が妖怪に殺されたと思わせたのだろう。
「何だよ、それ……。そんな理由ねえよ……」
悟空が、手をギュッときつく握りしめて俯く。

その悟空の頭の上に、三蔵の手が軽く乗せられる。
「あの馬鹿どもは、それ相応の報いを受ける事になる。前にも言っただろう、『因果応報』だ」
「……うん」
悟空は小さく頷いて、顔を上げた。






宿で準備を整えてから出発し、次の街へと向かうべくジープを走らせる。
「それにしても、今回はマジ疲れたよな〜」
シートに凭れながら大きく伸びをする悟浄に、八戒が同意を示す。
「本当に。でもようやく肩の荷が下りた感じがしますよ」
視線は前方に固定したまま、八戒は小さく息をつく。

「なあ、三蔵」
「何だ」
後ろからかけられた声に、三蔵は小さく返す。
普段ならうるさい、の一言で済ませてしまったりもするのだが、あの寺院での悟空の様子を思い出したのだろう。
まだ何か思うところでもあるのだろうかと、三蔵は悟空の次の言葉を待つ。

「俺……腹減った〜……」
緊張感も何もかもをぶち壊すセリフが発せられた次の瞬間には、スッパァァァン!というキレの良い音が辺りに響き渡った。
「いってぇぇぇ! いきなり何すんだよー!」
「何すんだよじゃねえ! 朝メシ散々食っただろうが!」
「あれっぽっちじゃ足んねえもん! 結局昨夜はロクにモノ食べれなかったし!」
「うるせえ、大体昨日あんな目に遭ったのは、てめえらが変な洞窟見つけてきたからだろうが!」
ほぼ売り言葉に買い言葉で発したセリフだったが、途端に悟空の勢いが止まった。
「……ごめん」
三蔵のケガの事を思い出したのか、悟空はシュンとなると俯いてしまった。

自分の失言にしまったと思ったものの、言ってしまったものは引っ込められない。
三蔵はバツの悪そうな顔をすると、先程より遥かに小さい声で呟いた。
「……別に本気で言ったわけじゃねえ。謝らなくていい」
「……うん」
そのすぐ後に、八戒がすかさずフォローを入れる。
「そうですよ、悟空。第一、洞窟を見つけたのは悟空じゃなくて悟浄ですし」
「お、おい、八戒!?
八戒の危険なフォローに、悟浄は若干慌てた様子で三蔵の方を伺う。

「ほう、それは初耳だな」
「あれ、そうだったんですか? 三蔵と悟空が洞窟に行ってる時に、悟浄本人が言ってましたから間違いないですよ」
「なるほど。という事は、元凶はこの河童だという事だな」
そう言うと、三蔵は銃を素早く取り出すと流れるような動作で悟浄に向けて発砲した。

「うおわぁぁぁ! ちょ、それは八つ当たりだろぉ!?
「黙れ。避けてんじゃねえ、弾の無駄だ」
「避けるわぁぁ!」
「三蔵、くれぐれもジープには当てないで下さいね〜。
 ああ、それと悟空、もうすぐお昼にしますから、もう少しだけ待って下さいね」
「分かった! 今日は昼何すんの?」
「後でのお楽しみですよ。期待してて下さいね」
非常に騒がしい、いつもの調子の会話を繰り広げる4人を乗せて、ジープはひたすら健気に走行を続けていた。








END









『閉ざされた村』後書き




2003年8月27日 UP




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