呼び声



……いつから聞こえ出したのか、今ではよく思い出せない。
確か、金山寺を下りてまもなくだったような気がする。
何処から聞こえるのかも分からない──────俺を呼ぶ声。



初めて聞こえた時から、昼となく夜となく、俺を呼んでいる。
声にならない声。
でも、その『声』の悲痛さが伝わるのが鬱陶しい。



最初は、無視してやるつもりだった。
誰とも知らない声に呼ばれて、わざわざ出向いてやるほど俺は暇じゃない。
師の形見である『聖天経文』を探し出し、取り戻さねばならなかったのだから。



だから、2年近くは放っておいた。
その声にイラつきながらも、ただひたすら、経文の手掛かりのみを追っていた。
呼び続ける声に応えてやる余裕は、2年前の俺にはなかった。



しかし、情報入手のために長安の寺院に着院し、前よりは精神的な余裕が生まれた。
今までのようにがむしゃらに動き回るのではなく、情報を待つという方法に切り替えたせいだ。
そして、1人で考え込む時間が増えた分……その声がますます耳に付くようになった。



うるさい。ソイツの声が、俺の頭の中でガンガンと響く。
考え事をしていても、うるさくて、気が散って仕方がない。
せめてその声が、こんなに痛々しくなかったなら。
こうまでイラつかずに済むのに。



……ふと、お師匠様の言葉を思い出す。
『いつか貴方にも聞こえるかもしれませんよ? 誰かの声が』
お師匠様に聞こえた、俺の声。俺に聞こえた───『誰か』の声。



俺がお師匠様を呼んだのは、きっとあの人が俺にとって誰よりも必要な存在だったから。
なら、俺を呼ぶソイツも、俺が必要で、手が届かない代わりに声を寄越しているんだろうか。
ソイツが呼ぶのが何故、俺なのだろう。



今は、情報を待つ身だ。今なら、探しに行ける。
この俺が、わざわざ探しに出向くのはムカつくが、この際仕方がない。
このまま放っておいたら、いつまで経っても声は止みそうにない。



それならいっそ、見つけ出して、直接会って。
会ってしまえば、もう呼ぶ事もないだろう。
この煩さからも解放される。そう、そのために。



……決めた。
ソイツを探し出してやる。探し出して、一発ぶん殴ってやる。
こんなにも、俺の思考を占領しているのだから当然の報いだ。



どうして俺が、会った事もないヤツの事を四六時中考えなければならないのか。
考えれば考えるほど、イラついてしょうがない。
他にも考えるべき事は山ほどあるのに、気が付けば、ソイツの事を考えている。



毎日がこの調子では、その内参ってしまいそうな気がした。
それならば、原因を取り除いてしまえばいい。
ソイツがどんなヤツか実際に会えば、こんなにも考え込む必要もなくなる。



会えば、それで『終わり』だ。
煩く、痛々しく響く声に悩まされる事もない。
そうだ。終わらせるために、探しに行ってやるのだ。









  『……おい、俺のこと、ずっと呼んでたのはお前か?』









それが『始まり』になる事を、俺は、本当は知っていたのだろうか───────








END








後書き。

三蔵様の一人称で書いたものの、難しすぎる……。
何と言いますか、自分1人で考えてる時ですら三蔵様は素直じゃありませんね。
素直に「気になって仕方ないから探しに行く」でいいじゃねえかよ、と思ったりもするのですが。
書き慣れないものを書いたので、反応がかなり不安でございます。
良ければ、ちょっぴりでも感想をお聞かせ下さると喜びますv




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