悟浄は欠伸をしながら起き上がる。
もう随分日は高くなり始めている。
時計を見ると10時だった。
まあ、昨夜帰ってきたのが4時過ぎだったから、こんなものだろう。
4時ならもはや『昨夜』ではないと思うのだが、そんな事はとりあえずどうでもいい。
悟浄は一通りの身支度を終えると、食堂へと降りていった。
「おはようございます、悟浄」
「おはよー、悟浄」
「おう、おはよーさん」
悟浄は八戒を見つけ、そのテーブルにつく。
八戒の隣では悟空がひたすら食物を腹に収めていっている。
「あれ、生臭ボーズは?」
「三蔵なら今朝早くから出掛けてますよ」
「へえ、珍しいじゃん。なんか用事でもあんのか?」
「さあ、そこまでは聞いてませんから……」
本当は理由など知り過ぎているくらいに知っているのだが、悟浄に言えばまたややこしくなる。
「そうだ、悟浄。さっきすごくキレイな女性があなたを訪ねて来てましたよ」
朝食を取り始めた悟浄に、八戒が思い出したように話し掛ける。
「え、俺を?」
「はい」
悟浄は少し考えてから、ああ、といった感じで頷いている。
「それって、セミロングの栗色の髪の?」
「ええ、その人だと思います」
昨夜同じベッドで眠った女だろう。
だが、朝から悟浄に何の用があるのだろうか。
「で、どうしたんだよ」
「悟浄はまだ休んでますって言ったら、『この店で待ってるから』って」
八戒はそう言って、とある店の名前の書かれたメモを差し出す。
『ライトエッジ』……メモにはそう書かれてある。
そういえば、昨日入った酒場の近くにそんな名前のバーがあった気がする。
正直、悟浄としてはこうした旅先での一夜の相手と再び会うのは気が進まない。
しかし『待ってる』と言っている以上、行かずに待ちぼうけさせる訳にもいかない。
どんな用件にしろ、さっさと会って話をしてしまった方がいいだろう。
とりあえず朝食を取り終えると、悟浄はメモを持って立ち上がる。
「じゃ、俺ちょっくら行って来るわ」
「はい、いってらっしゃい。昼頃にはチェックアウトですので、その頃には戻って来て下さいね」
「おう」
そう言って悟浄は宿を出て、メモにあるバーに向かった。
しばらく探しながら歩くと、割と早くその店は見付かった。
「えーっと、『ライトエッジ』……ここだよな」
こんな朝っぱら……といっても10時を回っているが、こんな時間から開いているのだろうか。
そう思って入り口に近づいてみると、どうやら開いているらしい。
悟浄はドアを開け、店内に入った。
そして足を踏み入れた瞬間、悟浄は『アストロン』の呪文をかけられたかのように固まってしまった。
……『ドラクエ』をプレイした事のある方ならご存知だとは思うが、一応説明しておこう。
『アストロン』とは、どんな攻撃もはね返す代わりに自分も身動きひとつ取れなくなるという、便利なのか不便なのかよく分からない防御呪文である。
それはともかく、今の悟浄はまさしく『アストロン』状態であった。
目の前の信じたくない現実から精神を防御したのはいいが、身体も硬直してしまっている為、即座に踵を返して逃げ出す、という戦法が取れなかったのである。
悟浄がこの状態に陥ったその現実はというと。
さして広くない店内に溢れかえっている男。
いや、それだけならまだいい。
問題なのは……その格好である。
化粧をし、口紅を塗り、ヒラヒラしたワンピースやら大胆なスリットの入ったチャイナドレスやらを着ているのだ。
はっきり言ってしまえば、この店はいわゆる…………ゲイバーなのである。
未だに茫然自失状態の悟浄に、体格の良いピンクハウスもどきの服を着たニューハーフが近付いていく。
「あら〜、いいオ・ト・コv 初めての方? そんなトコに立ってないで奥に入ってちょうだいなv」
何とか精神を現実世界に戻した悟浄は、慌てて逃げようとする。
「あ、いやっ、俺、店間違えたみたいだから〜、じゃ」
そう言ってそそくさと店を出ようとするものの、先程のニューハーフちゃんがしっかりと悟浄の腕を掴んでいる。
女の格好をしていても、やはり腕力は男のまま。
振り切るのに手こずっている内に、他のニューハーフまでわらわらと寄ってくる。
「ほらほら、照れてないで遊びましょ?」
「だー! 照れるかぁっ! 離せって!」
「イーヤv」
悟浄は彼(彼女?)らにズルズルと店の奥の席に引きずられていく。
「うわぁぁ! 八戒! 悟空! この際三蔵でもいいから誰か助けろっ……!
…………ぎゃあぁぁぁ────!!」
悟浄が助けを求めて叫んでいた頃。
「ああ、悟空。さっき宿の方にこんなもの頂いたんですけどどうですか?」
「あ、栗饅頭だ! 食っていいの?」
「もちろんですよv」
八戒は悟空と2人きりの幸せな時間を過ごしていた。
終わり。
悟浄編後書き。
話こそ短いものの、三蔵様より格段にヒドイ目に遭ってます。
コレ書いてる今、私の心の中には悟浄への罪悪感が……!
ごめんなさい、悟浄! いつか幸せにしてあげるからねー!
この嘘はバレましたが(←バレない方が変だよ)、八戒のスマイルには勝てなかったようです。
八戒さん曰く、「はは、ちゃんとお詫びはしますよv」との事です。