製作裏話。




「なー。まだ街着かねーの? 俺、腹減ったぁ〜」
「はは、もう2時間もすれば次の街が見えてくるはずですから」
「まだ2時間もあんの!? 腹減りすぎて死んじまうよ〜! なあ、三蔵〜」
「うるせえ! 少しの間くらい黙ってられねえのか、てめえは!」
パーン!と、悟空の頭にハリセンが振り下ろされる。

「だって、三蔵〜」
「……もう一度食らいたいのか?」
三蔵の言葉に、悟空は仕方なく口を閉じる。
ここで食い下がっても、食糧が出て来るわけでもない事くらい判っているからだ。

悟空が大人しくなった事を確認し、三蔵は前を向いて座り直す。
そして、ハリセンをしまう前、ちょっとだけハリセンを見つめていたのを、悟空は見逃さなかった。
……ひょっとしたら、今日あたりアレをやらされるのかもしれない。




八戒の予告通り、一行は2時間ほどで街に到着した。
宿も比較的楽に見つかり、食堂で食事をとってから部屋割りの相談に入る。
「ツインの部屋が2つ取れたんですけど、どうしますか?」
八戒の質問に、すかさず三蔵が答える。
「俺と悟空、お前と悟浄だ」
八戒に返したその答えに、悟空は内心『……やっぱり』と思った。
さっきの予想がどうやら当たってしまいそうだった。




それぞれの部屋に分かれ、悟空も三蔵と一緒に部屋に入る。
「……おい、悟空。荷物持って来い」
「あ、うん」
悟空が荷物を持っていくと、三蔵はその中をごそごそと探っている。
そして三蔵が取り出したのは、いかにも丈夫そうな固い紙と、定規と、ペン、分度器、布。
予想通りの品の数々に、悟空は思わずため息が出そうになった。

三蔵は紙と定規とペンを持ち、紙に等間隔に線を入れていく。
それはもう、寸分の狂いもなく、まるで精密機械であるかのように。
1枚書き終えると、悟空に紙、ペン、定規セットを手渡す。
悟空も初めてではないので、そのまま受け取って三蔵と同じように作業を始めた。



そう、ここで皆様お気付きの事だろう。
彼らが作っているのは、何を隠そう、ハリセンである。
そもそも、ハリセンなど余程マニアな店でない限り販売されていない。
しかし、普段の使用頻度の高さから、三蔵のハリセンの寿命はそう長くない。
だが、三蔵にとってハリセンはもはや必須アイテムである。
故に、常に携帯していなければならない。
そして市販されてないとあれば、残る手段はただ一つ……手作りあるのみ。



という訳で、三蔵は使っているハリセンに寿命が近付くと、こうしてハリセン作りに精を出すのである。
しかし、街で落ち着ける日は多くないため量を作りだめしておくのだが、当然1人では大変なのだ。
よって、悟空が助手として駆り出されているのである。

悟空は、紙に1本1本丁寧に線を引いていく。
1枚分引き終わって、三蔵の所へ持っていく。
「三蔵。これ、線引けたけど」
三蔵はさっき自分で線を引いた紙を山折り谷折りしている手を止めて、その紙を受け取る。
じーーっと見定めるような視線を走らせていたかと思うと、手の平でペシィと悟空をはたいた。

「何すんだよ、三蔵〜」
「線がずれてるだろうが! もっぺん引き直してこい!」
「ずれてるって、何処がだよ!?
「ここだ!」
三蔵が指差した線を見てみるが、悟空には別にずれているようには見えない。
「別にずれてないじゃんか?」
「そう思うなら、上下の幅を測ってみろ」
言われるままに、悟空は隣の線との間を上と下で測ってみる。

「ずれてるだろうが」
三蔵が上から覗きこみながら、ほら見ろといった感じで呟く。
確かに、ずれている事はずれている。……0.5mmほど。
定規で測ってても、ともすれば見逃しそうな誤差を、肉眼で即座に分かる三蔵は何者なのだろう。
「たった0.5mmじゃんか! これくらいどって事ないだろ!?
「そんだけずれてりゃ十分だ! 0.1mmでもずれてたら、あのイイ音はしねえんだよ!」
さすがに、三蔵のハリセンに賭ける情熱はハンパではない。

「分かったら、さっさと引き直してこい」
そう言って、三蔵は自分の作業に戻る。
ちなみに傍らに置いている分度器は、折り具合を確実に確かめるためのものである。
当然の事ながら、三蔵は折る角度についても0.1度の妥協も許さない。

悟空は仕方なく、ずれている部分の修正に取りかかる。
だが、冷静に考えてみれば、このハリセンは悟空をぶっ叩くためのものである。
それを、どうして自分が作らなければならないのだろう……。
そんな疑問が頭を掠めるものの、ハリセンを作っている三蔵が何処となく楽しそうなのでイヤとは言えない。
ほとんど無趣味といっていい三蔵の貴重な趣味のようなので、悟空もつい付き合ってしまうのだ。
実は、三蔵にはコレ以外にも密かな趣味があるのだが、それを悟空は知らない。



そんな調子で、合計4個のハリセンを作り終える。
「はぁぁぁぁ、やっと終わったぁ……」
疲れ切った様子で、悟空はベッドに倒れ込む。
三蔵のチェックを通過するまで、何回もやり直したのだから当然だろう。
三蔵はといえば、出来上がったハリセン達を眺めて、満足そうだ。
そんな三蔵を見ていると、悟空も思わず笑ってしまう。
案外、こういう子供っぽい所があったりするのが何だか嬉しい。
三蔵がこんな表情をするのは悟空の前でだけなのだと知っているから、尚更。

「なあなあ、三蔵。そのハリセンってさ、何年か前はもうちょっと違う音だったよな?」
「ああ。最高の幅と角度を追求するのに、思いの外時間が掛かったからな」
……最高のハリセンを追求する最高僧など、世界に1人きりだろう……。

三蔵はもう一度4つのハリセンを見てから、それらを何と全部袂にしまい込んだ。
!? さ、三蔵! 今、ど、何処にしまったの!?
悟空は、自分の目が信じられずに思わず三蔵に尋ねる。
「は? 今、お前も見てただろうが。 袂にしまったんだよ」
「た、袂って……それ全部!?
「そうだ。それがどうかしたか?」
事も無げに、当然の如く言う三蔵を、悟空は目を丸くしながら見つめている。
いや、正確には三蔵の袂を。

「……じゃあ、さ。ハリセン、取り出してみてくれる……?」
恐る恐る、聞いてみる。
「別に構わんが」
そう言って、三蔵は袂に手を入れ、難なくハリセンを取り出す。
1つ、2つ、3つ、4つ。
悟空の目の前で、三蔵の袂から4つのハリセンが出現した。

それを見ている悟空の頭の周囲には、?マークがこれでもかというほど散らばっている。
あの袂に、何故ハリセンが4つも収納できるのか。
どう考えてみても、どうなってるのかさっぱり分からない。
悟空が必死で考えている間に、三蔵は再びハリセンを袂にしまう。

悟空は1つ思い付いて、三蔵に許可を取ってみる。
「なあ、三蔵。……その袂、触ってみてもいい?」
中身がどうなっているのか、触れば何か分かるかもしれない。
「? 何だ、いきなり」
「いいから」
「……触りたきゃ勝手にしろ」
三蔵が腕を悟空の前に掲げると、悟空はそろっと袂に触ってみた。

しかし。
「……あ、あれ?」
いくら触ってみても、ギュッと握ってみても、何かが入っている感触はない。
まるで中身は空っぽのように軽く、試しに手で煽いでみるとハタハタと揺れたりしている。

「……ど、どうなってんだよ……?」
呟いた悟空に、三蔵が尋ねる。
「何がだ」
「何がだじゃなくて! 三蔵の袂、一体どうなってんだよ!?
いくら考えても分からないため、とうとう悟空も何かの線が切れてしまったようだ。
「何かおかしいか?」
「何でそんなにモノ入るんだよ! その中、どうなってんだよ!?
悟空はある意味、パニック状態に陥ってしまっている。

「……そんなに知りたいなら、覗いてみるか?」
「……え?」
「中がどうなってんのか、知りてえんだろ? じゃあ、見てみろ」
三蔵は悟空の前に腕を差し出す。

正直、ちょっと怖い気がしないでもないが、やはり気になる。
「……うん」
悟空は恐る恐る袖口から覗き込もうとして、一瞬動きを止める。
……今、袖口の中で何かが動いた気がしたのは悟空の気のせいだろうか。

「どうした、悟空。見ねえのか?」
硬直している悟空に、三蔵が声を掛ける。
その声が微妙に楽しげな事に、今の悟空が気付くはずもない。
「…………やっぱ、いい………………」
「遠慮しなくてもいいぞ。ほら」
「いい! 気のせいだから!」
「気のせい? 何がだ?」
「いいんだってば! 寝よ! な、三蔵!」
そう言って、悟空は自分のベッドにもぐり込んでしまった。



結局、永遠の謎が1つ残され、ハリセン作りの時間は終了した。







終わり。








後書き。

書いてみて思った事。……くだらねええ!
掲示板でちょっと話題になった「三蔵様の趣味」話で、妄想した結果がコレです。
ハリセンを作る三蔵様……何もそこまでこだわらなくとも(笑)
悟空が常識と格闘しているのに、三蔵様が非常識を突っ走ってらっしゃるために
悟空が何だか悩みまくってて、可哀想になってきました。
三蔵様の袂の中で蠢く『何か』は、皆様でご自由にご想像下さいv





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