「……で、これは何なワケ?」
目の前に並べられたものを見ながら、悟浄は隣で笑っている親友に尋ねた。
「見ての通り、ウイスキーボンボンですよv」
確かに、見るからにウイスキーボンボンである。
多少サイズがデカいが、それ以外は特に変わったところはないように見える。
「いや、それは見りゃ分かるんだけどよ。何でんなモンが並んでんだよ」
「今日は悟浄の誕生日でしょう? 僕からのプレゼントですよ」
悟浄はそこで自分の誕生日を思い出したが、どうにも解せない。
この、横一列に均等に並べられた6つのウイスキーボンボンが胡散臭く見えてならない。
何しろ八戒からのウイスキーボンボンでは、以前悲惨な目に遭わされているので余計に警戒心が働くのは当然だろう。
「……中身、本っ当ぉ────に、ウイスキーか?」
「ははは、鋭いですね、悟浄。実は違うのも混じってます」
「やっぱりかよ……」
そうじゃないかとは思っていたが、予想通りの答えに悟浄はがっくりと肩を落とす。
「そんなにガッカリしないで下さい。ウイスキー以外にもブランデーとかワインとか入ってるんですよ」
「……へ? そんなマトモなもん?」
「悟浄は僕を何だと思ってるんですか……。しかも、聞いて驚いて下さい。
この内の1つは幻のワイン『ロマ○・コンティ』ですよ!」
「マ、マジ!?」
「マジです。ただし……」
「ただし……?」
八戒の言葉の続きを、悟浄はとてつもなく嫌な予感に包まれながら待った。
「ただし、中にこれも1つだけ、僕が独自に色んなモノをブレンドしたお酒が入ってます」
にっこり笑顔で告げられた台詞に、悟浄は思わずその場で引いてしまった。
「の、飲めんのか、それ……?」
「そりゃあ飲めますよ、毒は入ってませんから。味見はしてませんけど」
「しろよ、味見!」
さらりと怖い事を言った八戒に、思わず悟浄は無駄だと思いつつも突っ込む。
「ははは、嫌ですよ」
「お前……」
「いえでも、何もそのボンボンを食べろと言ってるわけじゃないんですよ」
「あ? でもプレゼントなんだろ?」
「そうなんですけど、普通にプレゼントしちゃつまらないので、ちょっとロシアンルーレット風のゲーム形式でと思いまして」
頼むから普通のプレゼントにしてくれ、と悟浄は思ったものの、ここまで用意が整っている以上はやらねばならない事確実なので口には出さなかった。
「というわけです。中の1つは大当たりの幻のワイン、1つはハズレの僕特製ブレンド酒、後の4つはごく普通のウイスキーやブランデーですよ。銃弾の装填数にちなんで6つにしてみました」
そんなものにちなんであっても悟浄にとっては嬉しくも何ともないのだが、八戒は何が嬉しいのか何故だかとてもご機嫌である。
「さあさあ、お好きなものを選んで下さい!」
並べられたウイスキーボンボンを指しながら、八戒は悟浄にずずいっと迫った。
はっきり言って選びたくない。悟浄はそう思った。
こういう展開の場合、大抵ロクでもない結果になるのは明白である。
しかし、この状況で逃げ切れるとも思えない。
悟浄は意を決して、その中の1つを掴むと目を閉じて一気に口の中に放り込んだ。
口の中に放り込んだチョコが溶け、中の酒が流れ出す。
「…………」
そしてそれをゆっくりと味わうように飲み込んだ後、悟浄はようやく口を開いた。
「……うめえ! 今の、マジ美味かったぜ!?」
「そりゃそうでしょう。今、悟浄が食べたボンボンこそ大当たりだったんですから……。はぁぁ……」
八戒は肩を落として、思いきりため息をついている。
「って、何でそんなに残念そうなんだよ、お前……?」
明らかにがっかりしている八戒に、悟浄は思わず再び突っ込む。
「いえいえ、良かったじゃないですか。何も僕は、悟浄にお約束通りハズレのブレンド酒を飲んでもらいたかったワケじゃないんですよ?」
とは言うものの、あからさまに嘘くさい。
現に小声で「折角自信作だったのに……」と呟いているのが聞こえた。
八戒の『自信作』……考えるだに恐ろしい代物である。
悟浄は、今日この日の自分の滅多にない運の良さに心底感謝した。
やはり誕生日。この今日の強運は天からのプレゼントだろうか。
「で、残りのヤツはどうすんだよ?」
ひとまず災難を逃れて一安心した悟浄は、残った5つのチョコを見て尋ねる。
「そうですね。とりあえずこのハズレは避けまして……後は食べちゃっていいですよ」
「……本当にその手に持ってるヤツがハズレか?」
「嫌だなぁ、悟浄。いくら僕でも、そんな騙し討ちみたいな真似はしませんよ」
それでも疑惑の眼差しを向ける悟浄に、八戒は苦笑する。
「大丈夫ですって。悟浄の誕生日なんですから、僕もその辺は弁えてますよ」
確かに、八戒はこういうのは好きだが度を過ぎるという事はまずない。
「おお、じゃ貰っとくぜ。そのハズレはどうすんだ?」
「捨てるのももったいないですし……まあ、ちょっと考えますよ」
その『考え』とやらにおける犠牲者に悟浄は少し同情したが、折角回避できた災難なのでそれを止める事はしなかった。
場所は変わって、吠登城。
「紅孩児様〜」
呼ばれた声に振り返ると、八百鼡がパタパタと駆け寄ってくるところだった。
見ると、手には何か小さな箱を抱えている。
「どうした、八百鼡」
「これ……紅孩児様宛てで宅配便で送られてきたんですけど、どうしましょう?」
差出人を見て、紅孩児は眉を顰める。
それもそのはず、差出人が猪八戒なのである。
紅孩児は隣に立っている独角と顔を見合わせた。
「……何故猪八戒から物が届くんだ」
「なんか、変なもんでも入ってんじゃねえのか?」
さすが独角。非常に鋭い勘である。
「メッセージがついてました。えっと……『珍しいチョコが手に入ったので、皆さんにもお裾分けです。まあ、「敵に塩を送る」って程度のノリですので受け取って下さい』……だそうです」
八百鼡が読み上げると、紅孩児はなるほどと納得したようである。
……こんなもので納得する紅孩児の素直さは、非常に貴重なものだろう。
八百鼡が箱を開けると、中には幾つかのチョコが並んでいた。
「折角だ。食べてみるか……」
チョコの見た目の普通さに騙され、紅孩児はその中の1つを手に取ると、口に運んだ。
せめて独角か八百鼡が止めていれば良かったのかもしれない。
だが、時既に遅し。
「……っっ……!!」
「こ、紅孩児様!?」「紅!?」
八百鼡と独角の声が重なると同時に、紅孩児はダッシュでその場から走り去ってしまった。
その後、紅孩児はしばらく外出できなかったという……。
後書き。
去年の突発掲示板SSです。この時は全4回でした。(おまけの紅孩児含めて)
1年経ったし、もう皆さん忘れてるだろうと(笑)1つにまとめてアップです。
私の書くギャグにしては珍しく悟浄が無事です。
考えてみれば、悟浄が八戒の魔の手(笑)から逃れたのはこれが初めてかもしれません。
おめでとう、悟浄! やっぱり誕生日は特別だね!
……その分、紅孩児がエライ目に遭ってますけどね……。