バースデールーレット


── 三蔵編 ──



11月29日。
宿での簡単なパーティーが終わった後、八戒がテーブルの上に並べたものに三蔵は眉を顰めた。
「……これは何だ?」
「プレゼントですよ」
「……それなら、さっきのケーキやら何やらがそうじゃなかったのか?」
「ええ、でもこれは僕個人からのものなんですよ」
「……何故2つあるんだ」
そう、目の前のテーブルには綺麗にラッピングされた箱が2つある。

三蔵の問いに、八戒はよくぞ訊いてくれたと言わんばかりの表情をした。
「さあ、三蔵。この大きいつづら……もとい、大きい箱と小さい箱、どちらが良いですか?」
「どっちもいらん」
即答した三蔵のセリフの後に、何とも気まずい沈黙が下りる。
「……三蔵。大きい箱と小さい箱、どちらが良いですか?」
八戒のそれはそれは爽やかな笑顔に、三蔵は黙り込んだ。


どうやら拒否は出来ないと悟った三蔵は、被害が小さい方はどちらかと考えた。
昔話のように考えるなら、小さい方が正解である。
しかし相手は八戒、その裏をかくという事も十分考えられる。
もしくは、裏の裏か……そんな考えが三蔵の頭の中をぐるぐる回っている。
八戒の妙にワクワクしたような表情が、三蔵の不安に拍車をかける。
なまじ、悟浄の誕生日では失敗に終わったらしいという話を聞いているだけに、その皺寄せがこのプレゼントにきている可能性は極めて高い。



確率は1/2。
考えれば考えるほど、分からなくなっていく。
いっそここに悟空でも乱入してくれれば、などと思うものの悟空は既に酒が入って夢の中だ。
思えば、いつもなら悟空の飲酒を止める八戒が今日は止めなかったのはこのためだったのかもしれない。
目の前では「さあさあさあ!」と言わんばかりの目で、八戒がプレッシャーをかけてきている。
覚悟を決めた三蔵は、テーブルの上にすっと手を伸ばした。



三蔵が手に取ったのは大きい箱。
最初は小さい方を取ろうかと考えたのだが、八戒ならその辺りは予測してくると踏んで敢えて大きい方の箱を選んだのである。
「そっちがイイですか? じゃあ、どうぞ。早速開けてみて下さいv」
「……後で開ける」
「え〜、今ここで開けてみて下さいよ。僕も反応が気になりますし」
そう言う八戒の表情が妙に楽しげで、三蔵は選び間違えたかと少し後悔した。
だが、八戒がさりげなくドアを封鎖するように立っているため、部屋を出る事も出来ない。
どうやら、目の前でプレゼントを開けないと部屋を出してはもらえないようである。

はっきり言うと、開けたくない。
だが、開けずに済ませられるような相手でもない。
三蔵はじっと箱を見つめると、万が一何かが飛び出してきても対処出来るように警戒しながらかかっているリボンに手をかけた。
殊更ゆっくりと箱を開ける。
……が、予想に反して何か罠が仕掛けられているという事はなかった。
しかしその中に入っているものを見て、三蔵はその場で硬直した。



「…………何だ、これは…………」
「何って、洋服ですよ。三蔵っていつも法衣じゃないですか。
 たまには、洋服を着てみてもいいんじゃないかと思いまして」
別に洋服はいい。洋服くらいどうという事はない。……しかし。
「……これを俺に着ろってのか……?」
三蔵は箱の中に綺麗に畳まれた服を見ながら、わなわなと震えている。



それもそうだろう。
中に入っていたのは、それはそれは愛らしい猫のパジャマである。
しかも、服と呼ぶのが憚られるほど頭からつま先までカバーした……むしろ着ぐるみに近い代物である。
猫耳付きフードや尻尾はおろか、ご丁寧に肉球もどきのついた手袋まで装備されている。
そのどれもが緻密かつ愛らしく作られており、猫マニア垂涎の一品と思われる。
だが、当然だが三蔵にとってはそんなものはむしろ迷惑以外の何物でもない。

「これ見た時、三蔵が着たらさぞ面白……あ、いえ、似合うだろうなぁって思ったんですよ〜」
「似合うわけねえだろうが!」
そう怒鳴る三蔵のこめかみには、はっきりと青筋が浮き出ている。
「似合いますって。ささ、丁度これから寝るところですし、今夜はこれで」
「『今夜はこれで』じゃねえ! 誰が着るか、こんなもん!」
「三蔵? 僕が、三蔵のために、選んできたんですよ?」
「知るか!」
言い捨てた三蔵に対して八戒はため息をつくと、プレゼントの猫パジャマを手に取る。
「……今夜誰にも知られない内にこれを着て寝るのと、後日こっそり寝てる隙に着替えさせられて写真に収められるの、どっちがいいですか?」
「……っっ!」
八戒にいつもの笑顔で告げられた三蔵に、最早選択権はなかった……。
















場所は変わって、吠登城。


「紅孩児様〜」
何かを持ってパタパタと駆け寄ってきた八百鼡に、紅孩児は嫌な予感を覚えた。
「どうした、八百鼡」
「八戒さんからまた宅配便が届いたんですが……」
「……送り返せ」
さすがに前回の災難で学習したのか、紅孩児は宅配便を一瞥すると一言で切り捨てた。

「でも、送り返そうにも、もう違う街に移動しているんではないでしょうか」
「なら処分しろ。どうせロクなものじゃない……」
そう言う紅孩児の目が何だか妙に疲れて見えるのは、果たして気のせいなのだろうか。

「分かりました、では……」
そう言いかけたところに、明るい元気な声が飛び込んできた。
「お兄ちゃ〜ん、八百鼡ちゃ〜ん、何してんの?」
「李厘様」
「あれ、八百鼡ちゃん、何それ?」
「これは、八戒さんから届いた宅配便です」
「ふ〜ん、何入ってんの?」
「さあ……開けてませんから中身までは……」
八百鼡が答えるとほぼ同時に、李厘が背伸びをして八百鼡の手からその宅配便の箱をひょいと取った。

「あ、李厘様!」
「小さい箱だなぁ。どうせならもっとでっかいの送ってくれればいいのに」
その小さな箱を眺めていたかと思うと、何も知らない李厘はその包みを破りだした。

「お、おい待て、李厘!」
焦った紅孩児の制止の声も虚しく、素早い動きで包装を解いた李厘はパンドラの箱……もとい、その小さな箱を開けてしまった。




パカリ。




──その後、吠登城にどのような災厄が振り撒かれたかは、神のみぞ知るところである。










END











後書き。

悟浄編に引き続き、去年の突発掲示板SSの三蔵編です。
悟浄が災難を免れた分、三蔵に災難が流れてしまったようです……。
猫パジャマを着て眠る三蔵は、想像すると精神にダメージを受ける恐れがありますのでご注意を(笑)
今回HTMLに直してアップするにあたって、おまけ紅孩児編を加筆しました。
掲示板SSの時は小さなつづら……じゃなかった、小さい箱の行方は謎のままだったんですが、やっぱり紅孩児のところに送られてました(笑)
小さな箱の中に何が入っていたのかは知りません。
が、多分、三蔵様の大きな箱の方がまだマシだと思います。
……ごめん、紅孩児。




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