ちょっとからかってやるだけのつもりだったのに。
なのに。
どうして、俺がこんな目に遭わなきゃなんねえんだよ!
事の起こりは、崖崩れとやらで町に足止めを食らった事だった。
その道を通らなければ先に進めないという事もあって、俺達はその町に3〜4日留まる事になった。
生臭坊主はいつもの如くグチグチと文句を言ってたが、俺にとっちゃ絶好の羽休めだ。
幸い、宿に着く前にざっと眺めたところ、なかなかの美人もちらほらといた。
早速俺は町で綺麗どころをナンパして、イイ事をして遊んだりもした。
まあ、本命がそっけないを通り越して氷点下な態度なんだから、このくらいの気晴らしは許されるだろ。
で、昼過ぎに宿に戻ってくると三蔵と八戒は出かけていて、悟空だけがそこにいた。
おーおー、あからさまに退屈そうにしやがって。
仕方がねえ。この優しいお兄さんが遊んでやるか。
そんな事を思って、俺は悟空に近づいた。
「よ、どうしたバカ猿。1人でお留守番かぁ?」
「バカ猿って言うな! 大体、今までどこほっつき歩いてたんだよ!」
「未成年のお子様には縁のねえト・コ」
「ガキ扱いすんな!」
「つっても、まだ酒も飲めねえガキじゃねえか」
「酒くらい、飲めるよ!」
「飲み比べ勝負の時、真っ先に潰れて寝こけてただろーが」
ふふん。言葉に詰まってやがる。
「そ、それは……。でも、悟浄だって酔っ払ってたんだろ!?」
「酔っ払ってねえよ! 酔ってたのは三蔵だっつの!」
……いきなり魔戒天浄ぶちかまそうとしてやがったからな。
あん時は珍しく八戒も焦ってたから、相当ヤバかったんだろうな。
正直なところ、俺もあんまりあの辺の記憶ははっきりとはねえんだけど。
そんな事を考えてると、どこから出したのか、小猿がドン!と一升瓶を俺の目の前に置いた。
「だったら、勝負しようぜ!」
そう言う悟空の目が燃えている。んなに意地になるこたねえのに。
でもまあ、なかなか旨そうな酒じゃねえの。
この辺の地酒か? 何でこんなモン持ってんだ、コイツ。
ま、ちょっと付き合ってやりゃ気が済むだろ。
「おー、いいぜ。ただし、潰れても面倒みねえぞ?」
「悟浄こそ、ぐでんぐでんになっても知らねえからな!」
俺がバカ猿より先に潰れるわけねえだろ。
しっかし、こんなムキになっちまって可愛いねえ。
見てて飽きないからいいけどよ。
飲み比べ勝負は、案の定というか当然というか、俺の圧勝だった。
やる前から勝負は見えてるってのに、ホントにバカ猿だな。
目の前ではすっかり酔っ払い猿と化した悟空が顔を真っ赤にしている。
それでも眠り込まないのは、ちょっとは強くなったって事か。
何にしろ、旨い酒は飲めたし俺としては面白かったがな。
とはいえ、この状況で三蔵と八戒が帰ってきたら散々説教を食らうだろうって事くらい俺にも分かる。
未成年の悟空にしこたま飲ませちまったからな。
とりあえず、あいつらが帰ってくる前に町に出るか。
そう考えた俺は、いそいそと部屋を出ようとした……んだが。
「って、何やってんだ、お前。放せって」
いつの間にか悟空が俺のジャケットをしっかりと引っ掴んでいる。
悟空の手を外そうと試みたが、とてもじゃないが外れない。
分かってはいたけど、何つー馬鹿力だよ……。
何とか外そうともう一度力を込めようとしたところで、悟空に力一杯引っ張られた俺はバランスを崩してそのまま倒れ込んだ。
「いっててて……。おい猿、何しやがんだ!」
そう言って何とか半身を起こすと、目の前に悟空が座り込んでいた。
……おい、なんか目が据わってんぞ。大丈夫か、お前。
「……あー……、もう寝ろ。な?」
とにかく悟空を何とかしないと町に逃げられない。
さっさとこの酔っ払い猿を寝かせてしまおうと、俺は悟空の頭をポンポンと叩きながら宥めた。
しばらく無言だった悟空が、不意に『にっこぉぉぉ』とでも擬音がつきそうな勢いで笑った。
いや、そんな顔は俺じゃなくて三蔵か八戒に見せてやれよ。ぜってえ喜ぶから。
その後で襲われるかもしんねえけど。
呑気に考えてた俺だが、さすがに次の悟空の行動には焦った。
何しろ、ギュッと抱きついてきたかと思うと、俺の胸に頭をぐりぐりと押し付けてきやがったんだから。
「お、おい、何血迷ってんだ、悟空!?」
酔っ払いに訊いても無駄だって分かってっけど……。
「ん〜……さんぞ〜……」
違うっての。
「俺は生臭坊主じゃねえっつーの! くっつくなって、もしこんなトコをあいつらに……」
そこまで言って、俺は硬直した。いや、石化した。
開かれた部屋のドアの前には、2人のメデューサ……もとい、三蔵と八戒が立っていたからだ。
正直、ここで石化からそのまま崩れて砂塵と化さなかった自分を誉めてやりたい。
やべえ。心底やべえ。
つーか、何だよ、その背後のそれだけで人を殺せそうなどす黒いオーラ!
ああああ兄貴、俺はもうダメかもしれない。
先立つ不幸を許してくれ。
「……悟浄、何を、しているんですか?」
「いや、それは、アレだ。ちょっとした手違いっつーか……」
「未成年である悟空にお酒を飲ませた上に手篭めにしようとしているのが、手違いですか?」
「てっ、手篭めにしようとなんかしてねえよ! どう見てもコイツの方から抱きついてんだろ!」
「そうさせるために、酔わせたんでしょう?」
「違うってーの! 俺は悟空に手を出す気なんかこれっぽっちも……」
俺の反論をぶった切って、八戒がずずいっと迫ってきた。
「ないと言えるんですか? こんなに可愛らしい悟空相手に、全くそういう気持ちが芽生えない男なんていませんよ!」
言い切るか。
「しかも、酔って桜色のほっぺ! 心なしか潤んだ瞳! そこはかとなく漂う色気! 甘えたようなその表情!」
いやそれ、桃色フィルターだから。
「全世界、どんな男だってうっかり押し倒すに決まっています!」
んなわけあるか。
ことごとくツッコミを入れたいのはやまやまだったが、今ツッコんだらヤバそうなので止めておいた。
どう逃げるかを考えている俺に更にトドメを差すように、悟空が胸に顔を埋めたまま恐ろしい事を口走った。
「う〜……ん、すき〜……」
うわあああああ! 止めてくれええええええ!
ピシリ、と空気が凍った音が聞こえたのは、絶対に気のせいじゃないはずだ。
違う! 違うんだ! これは俺を三蔵を勘違いしてるからなんだって!
とにかく、誤解を解かねえと殺される。
そう思った俺が悟空を何とか引き剥がした後、言い訳しようと口を開きかけたのと同時に、銃声が響き渡った。
「うおああああ!」
や、やばかった。八戒の方に気を取られてて、マジで当たるトコだった……。
「な、何しやがる、生臭坊主!」
……おい、さっきの悟空よりも目ぇ据わってんぞ……。
「とりあえず、死ね」
「死ねるかあああ!」
「地獄までの切符をくれてやるんだ。有難く受け取れ」
「いるか、そんなもん! どうせ片道分だろーが!?」
「当たり前だ。往復分など貴様にくれてやる理由はない」
「片道分もいらねえっての!」
「返品は不可だ」
押し売りかよ!
銃弾の嵐を何とか避けていた俺に、思わぬ助け船が出る。
「まあまあ三蔵、落ち着いて。悟浄の言い分も聞いてみようじゃないですか」
おお! さすが八戒!
さっきはどうなるかと思ったけど、冷静さが戻ってる!
「……悟浄が地獄から帰ってきた後で」
……俺が大甘でした。すいません。
「ちょ、ちょっと待てって、八戒。落ち着いて話し合おうぜ、な?」
「もちろんですよ。後でちゃんと話し合いましょうね」
「いや、後じゃなくて今! 今、話し合えばいいじゃねえか!」
「ダメですよ。話し合いはお互い冷静な時に。鉄則ですよ?」
いや、見た目は十分冷静に見えんだけど。
……手に気を溜めてる時点で冷静なワケねえよな……。
「そんなワケで、悟浄」
どんなワケだよ。
そんなツッコミを入れている場合じゃないのは分かってるが、つい逃避したくなる俺を責められるヤツは誰もいないはずだ。
現実逃避を図る俺に、八戒はそれはそれは完璧な笑顔でこうのたまった。
「一度見てきてもらえませんか?」
……何を。
いや、そんな質問が愚問だって事くらい俺にも分かってる。
けど、そう尋ねたくなるのが人間ってモンじゃねえか。妖怪だけど。
そんな俺の心情を察しているのか、八戒は「いやだなあ、分かってるくせにv」と言いたげな視線を送ってきている。
つーか、何だ、そのキラキラ眩し過ぎる笑顔。
ここまで凍りつきそうなオーラを漂わせた笑顔ってどうよ。
笑顔の定義って何か、俺が疑問に思うのも当然だと思わねえか。
「いやあの、八戒……」
内心ダラダラと汗を流しながら、俺はどうにかしようと口を開こうとするも、八戒の笑顔に阻まれる。
「大丈夫ですよ、悟浄。僕はちゃんと往復切符を差し上げますから」
「……ホントだろな?」
回避が不可能だってんなら、とりあえず被害が少なく済む方法を選ばなきゃなんねえし。
「もちろんですよ。……ただ」
「ただ?」
すっげえ聞きたくないような気がすんだけど、聞いとかなきゃ俺の命に関わる……。
「ただ、『向こう』に着いたとき、悟浄が復路の切符を使える状態であるかどうかは保証できませんけどね?」
頼むからして下さいお願いします。
そう懇願したくなるくらい、八戒の目はヤバい。
俺……ホントにダメかも……。
その間にも、八戒の手の中の気孔は膨れ上がっている。
「それじゃあ、悟浄。行ってらっしゃい」
そう告げた時の八戒の一層にこやかな笑顔の後ろに、黒い羽根が見えるのは俺だけなのか。
俺、帰ってこれるんかな……。
ああああ、何でこんなことになっちまったんだあああああ!
もう二度と猿に酒なんざ飲ますか、ちくしょおお───!
……ブラック・アウト。
後書き。
「4周年記念ミニ企画」第3弾。