コンコン。
悟空は部屋の扉をノックしてから開けて、中を覗き込む。
ノックなしで開けると、八戒や悟浄はともかく三蔵にはいつもハリセンではたかれるので、今はもうノックをする癖がついてしまった。
「おや、悟空。どうしたんですか?」
八戒がいつもの優しい笑顔で悟空を出迎える。
同室の悟浄は、どうやら街に出ていってしまっているようだ。
「うん、なあ八戒。明日ってさ、『子供の日』なんだろ?」
「ええ、そうですよ。折角ですから、ちまきとかかしわ餅作っちゃいましょうか」
「え? 作れるの、八戒!」
「もちろんですよ」
「へ〜、八戒って何でも出来るんだな〜」
悟空は八戒に尊敬の眼差しを送っている。
「じゃあさ、んーと、『兜の作り方』とかも知ってる?」
「兜って……ああ、折り紙のですね。知ってますよ」
ちまきやかしわ餅が作れる事といい、八戒の辞書に不可能という文字はあるのだろうか。
いや、それよりそんな知識をいつの間に身に付けたのか。
やはり、教師経験の賜物なのだろうが、よくいつまでも覚えていられるものである。
作者にその記憶回路を少々分けてほしいものだ。
思考回路は怖いので分けてもらわなくてもいいが。
「上からゴチャゴチャうるさいですよ。人の思考回路について勝手に語らないで下さい」
「? 八戒、誰と喋ってんの?」
悟空が首を傾げて八戒の方を見ている。
「ああ、何でもないですよ。 それより『兜の作り方』でしたね」
「うん。今日街に着いたときに見かけてさ。面白そうだなーって思って」
「そうですね……。今日はもう遅いですから、明日作りましょう。
当日に作った方が、何となく感じも出るでしょう?」
「うん、分かった! じゃあ明日、約束な!」
「はい。ちまきとかも作りますから、楽しみにしてて下さいね」
「ありがと、八戒! じゃあ、おやすみ!」
「おやすみなさい、悟空」
悟空は明日の約束にウキウキしながら八戒の部屋を出た。
そして、翌朝。
「八戒、おはよー!」
食堂に降りてきた悟空を見て、八戒は少々驚いてしまった。
まだ三蔵すら起きて来ていない時間である。
「おはようございます、悟空。随分早いですね」
「へへ、何か楽しみで目が覚めちゃったんだ」
嬉しそうに笑う悟空を見て、八戒の顔にも自然な笑顔が浮かぶ。
「そんなに楽しみにしてくれてるなら、僕も作り甲斐と教え甲斐がありますよ」
本当に、悟空は素直な良い子だと思う。
三蔵も、意外と良い育て方をしてるのかもしれない。
「じゃあ早速作りましょうか。……あ、でも折り紙が要りますね、しかも結構な大きさの……」
「大きい折り紙?」
「はい、頭に被る物ですから、大体これくらいの大きさはいりますね」
八戒はそう言って手でその大きさを形作って見せる。
「大きな……。なあ、八戒。折り紙じゃなくてもいい?」
「ええ、まあ。極端に薄かったり厚かったりしなければ」
「じゃあ、俺持ってくる! ちょっと待ってて!」
悟空はタタタと軽快な足音をさせながら、食堂を出て行く。
どんな紙を持ってくるのだろうかとちょっと心配になったが、八戒はそのままそこで待っていた。
再び食堂に戻って来た悟空が手に持っていたのは………………新聞紙……の内の1枚。
「これで作れる?」
「え、ええ、作れますが……。悟空、それ、何処から持ってきたんですか?」
「俺達の部屋だけど?」
悟空と三蔵の部屋から持ってきたという事である。
八戒が悟空から新聞を受け取って日付を見てみると。
そこにははっきりと『5月5日』と書いてある。
要するに、今朝早く部屋の前に届けられていた朝刊を破ってきたのだろう。
八戒は内心、どうしたものかと考える。
三蔵は宿に泊まった際は、そこに届けられる新聞を読むのが習慣になっている。
三蔵が起きてビリビリに破られた新聞を見た時の様子が、ありありと想像できてしまう。
「八戒……? なんかマズかった……?」
悟空が心配そうな目で八戒を覗き込んでいる。
「悟空……。いえ、そんな事ないですよ。これで作っちゃいましょう」
この際、三蔵には我慢してもらいましょう、と結論付けて八戒は笑顔で悟空に答える。
悟空が喜んでくれるなら、三蔵の怒りを少々買うくらい何でもない。
……何でもないと言い切れる辺りが八戒の八戒たる所以である。
「……はい、そこを右に折って…………はい、そうです。悟空は器用ですねぇ」
「えへへ、そっかな」
「ええ。今までほとんど間違えてないじゃないですか」
八戒が思っていたよりも、悟空は器用に折り紙を作っていっている。
こうして一生懸命折り紙を折っている悟空を見ていると、八戒も穏やかな気持ちになる。
三蔵が悟空を大事に育てている、その気持ちがとてもよく分かる。
「……できた!」
何とか折り終わった悟空が、嬉しそうにその兜を持ち上げる。
「上手く作れましたね。被って外の庭でちょっと遊んできたらどうですか?
朝食の時間になったら呼びに行きますから」
「うん、そーだな!」
言うが早いか、悟空は外に飛び出してしまった。
三蔵との寺院での生活の中では、こんな風に子供の日に何かするとかいった事がなかったのだろう。
三蔵がそんな行事に付き合うとも思えないし、他の僧達は問題外だ。
「さて、問題は…………三蔵ですか」
そろそろ三蔵が起き出してくる頃だ。
どう上手く丸め込む……じゃなくて、上手く説得したものか。
「ま、何とかなりますよね♪」
八戒はぬるくなってしまったコーヒーをおかわりしに席を立った。
三蔵が目覚めて最初に気付いた事。
……悟空がいない。
いつもなら三蔵が目覚めた時、もう一つのベッドで掛け布団を蹴飛ばしつつ寝ているはずの悟空の姿が、今日はない。
不審に思いながらも、部屋の前に届けられているであろう新聞を取りにドアに向かおうとして、三蔵はその新聞がドアのすぐそばの小さな台に乗せられているのに気付いた。
悟空が部屋を出る時に、気を利かせて室内に入れておいたのだろうか。
その新聞を手に取り、開いた途端に三蔵の動きが止まった。
三蔵の目に入ってきたのは、無惨にも破れた新聞。
片面1ページが丸々足りない……だけならまだいいが、破る時に力を入れすぎたのか他のページまでその被害は及んでいた。
はっきりいって、読めたものではない。
三蔵のこめかみに、怒りマークが鮮明に浮かんでいるのが分かる。
その時、三蔵の視界の端を何かが掠めた。
窓の方からだと思い、窓の外を見てみると、悟空が嬉しそうに宿の庭を走り回っている。
その頭には………………新聞で作られた、兜。
それを見て、三蔵は初めて今日が『子供の日』だと気付いた。
「……あの、バカ猿……」
瞬時に事の次第を把握した三蔵は、即座にハリセンの準備に入った。
窓を開けて、悟空を呼び寄せる。
「おい、悟空!」
「あ、三蔵、おはよう!」
悟空が嬉しそうにパタパタと駆け寄ってきた。
「悟空、横向け」
「え? うん」
悟空が横を向いた瞬間。
「バカ猿!」
スパァァン!とそれはそれは思い切りのいい音が朝の静かな空気の中に鳴り響く。
それでも、兜を潰さないように後頭部をサイドスロー(?)で叩いたのは、三蔵なりの優しさなのかもしれない。
「いってえええ! いきなり何すんだよ、三蔵!」
「何すんだよじゃねえ! その頭の……」
言いかけた言葉は悟空のはしゃいだ声にかき消された。
「あ、これ? へへ、上手く作れただろ? 八戒に教えてもらったんだ!」
満面の笑顔で、得意げに三蔵に話す。
「……………………そうか」
本当は叱り飛ばすつもりだったのだが、こうまで嬉しそうに話されるとそんな気がなくなってしまう。
「お前が作ったのか?」
「うん! 結構良く出来てるだろ!?」
「……まあまあだな」
三蔵の言葉に、悟空はますます嬉しそうに顔を綻ばせる。
この笑顔が見れるなら、一日分の新聞くらい我慢してやってもいいかなんて考えが頭に浮かぶ。
「……湧いてんな、俺も」
自分の思考があまりにらしくなくて、三蔵は思わず呟いた。
「え? 何? どうしたの、三蔵?」
「何でもねえよ、それよりそろそろ朝食の時間だ。いい加減中に戻れ」
「え、もうそんな時間!? あー、なんか急に腹減ってきたー!」
「ちゃんと手ぇ洗ってから食堂に来い。いいな」
「うん、分かった!」
そう言って悟空は宿の入り口の方へ駆けていった。
なお、この後朝食の席において、三蔵と八戒による高レベルな舌戦が繰り広げられたようだが
それはまた、別のお話である。
後書き。
このSSは、最遊記サイト「HALCYON」様の子供の日イラストに触発されて書き、その勢いのまま送りつけてしまったものです。
そして受け取って頂いたばかりか、その子供の日イラストを名前入りで下さいまして!
(このイラストは「頂き物」に「子供の日」というタイトルで飾ってあります)
2001年の事なので、もうかれこれ6年程前になるという事実に驚愕。時が経つのは早すぎる。
サイト開設初期の頃に書いたものなので、大変拙い部分が多々ありますが当時の精一杯という事でひとつ。
個人的にはサイドスローでぶっ叩く三蔵が気に入っています(笑)