境界線



陽が少しずつ傾き始め、空が赤みをさし始める。
三蔵は、普段なら到底望めない静寂の中で、黙々と仕事を続けていた。
いつもイヤでも騒がしさを提供する悟空が、八戒と悟浄の家に遊びに行っているのだ。
あの2人と知り合ってからというものの、悟空は随分と2人が気に入ったらしくちょくちょく遊びに行っている。
おかげで、三蔵としては仕事の邪魔をされずに済むのだが・・・。


どうも、気に入らない。
悟空が嬉々として悟浄達の事を話す度に、イライラする。
今も、静かで誰も邪魔する者など居ない筈なのに、仕事が思うようにはかどらない。
自分はいつからこんな風になってしまったのだろう。
悟空がそばに居る事が、当たり前になってしまっている自分。
三蔵は舌打ちして、懐からマルボロを取り出して火を着ける。



その時、バタバタバタバタッという、盛大な足音がこちらに近付いてくるのが聞こえた。
三蔵は無言で立ち上がり、ドアの方へ向かう。
何処からか取り出したハリセンを左手にスタンバった瞬間。

「たっだいま〜! なぁ、三蔵……」

 スパ─────ン!!

何とも気持ちの良い、思いきった音が部屋に鳴り響く。
「廊下を走るな! 部屋に入る時はノックしろ! 何遍言わせれば気が済むんだ、このバカ猿!!
 てめぇには学習能力ってモンがねえのか!」
「いきなりぶつことないじゃんかぁ! いって〜……」
「ふん、自業自得だ」
悟空も、自分が悪い事は分かっているので、それ以上の反論はしない。


「三蔵、まだ仕事終わんないの?」
「終わってるように見えるのか」
「……見えない」
「なら聞くんじゃねえよ。さっさと私室のほうに戻ってろ」
そう言って、三蔵は中断していた仕事に取り掛かる。
……が、悟空はいつまで経っても部屋を出る気配が無い。
この事自体はいつもの事なのだが、今は何か言いた気に三蔵を見ている。




その状態のまま10分ほど過ぎた頃、三蔵は手を止めずに言葉をかける。
「……おい、悟空。言いたい事があるんなら、いつまでも突っ立ってないでさっさと言え」
「でも、邪魔になるし……」
「そんな風に立ってられたら、気が散ってしょうがねえんだよ」
その言葉に込められた深い意味に、当然の事ながら悟空は気付かない。

「うん、あのさ……三蔵に聞きたい事があるんだけど」
「何だ」




「×××って何?」




 ガリリリリリッ!!




……ちなみに今のは書類にサインをしていた三蔵のペンが、思いっきり滑った音である。


「………………………………何だと?」
三蔵の思考が凍り付いてから、再び動き出すまで約10秒。


そして、それが正常さを取り戻すまで更に10秒。
「…………あの、クソ河童ぁぁぁ!」
「え、何で悟浄が言ってたって分かるの?」
「あの放送禁止エロ河童以外に、こんなフザケた事をほざくヤツがいるか!」
コロス! ぜってえコロス!
そんな言葉が三蔵の脳裏を通り過ぎていく。



「ふーん、で、×××って何?」
「言うんじゃねえ、バカ猿!」
「え? 何で?」
心底分からないといった表情の悟空に、まさか説明する訳にもいかず、三蔵は一瞬言葉に詰まりながらも大声で返す。
「……何でもだ! 次言ったら殺すぞ!」
「三蔵のケチ〜!」
「うるせえ!」
「ちぇっ……」
悟空はプイッと後ろを向き、無自覚に爆弾発言を投下する。

「いいもん。三蔵が教えてくれなかったら、八戒が教えてくれるって言ってたから」

「…………何?」
「だから、八戒が言ってたんだ。
 『もし三蔵が教えてくれなかったら、僕が実演付きで教えてあげますよv』って」
「…………実演付き…………?」
ここまで三蔵の反応が遅れるのも非常に珍しい事であるのだが、これは致しかたのない事だろう。

「うん。だからその時はウチに泊まりに来なさいって。これから行って来ていい?」
許可を求める悟空の顔は無邪気そのもので、それの意味する事を分かっていないのは明白である。
「……いいわけねえだろ! 何考えてやがんだ、アイツは!」
今まで、悟浄はともかく八戒はマトモな神経の持ち主だと思っていた三蔵であるが、どうやらその考えは、大幅に修正せねばならないもののようだった。
ある意味、悟浄よりタチが悪いんじゃないかとも思う。
……タチの悪さでは悟浄とは比べ物にならない事を三蔵が知るのは、もう少し先の事である。


許可ではなく怒声が下りてきた事に、悟空はちょっと頬を膨らませる。
「何でだよー。だって、気になるじゃんかぁ」
「うるせえ! とっとと忘れろ!」
悟空の頭に、再びハリセンがクリティカルヒットする。



しかし、ああは言ったものの、悟空がこれで納得するはずなどない。
次に悟浄達の家に遊びに行った時に、2人に聞くのはまず間違いない。





しばらく考えた後、三蔵は諦めたように悟空に向き直る。
「……そんなに知りてえのか」
その言葉を聞いて、悟空の顔がパッと明るくなる。
「うん!」
「……わかった。俺が教えてやる。ただし……」
「ただし?」
三蔵の言葉を繰り返して首を傾げる悟空に、三蔵は僅かに逡巡したあと続ける。
「ただし……後悔すんなよ?」
「え? う、うん……」
不穏な言葉に悟空は少し不安になったが、今更後には引けないし、好奇心の方が勝っているため、とりあえず頷く。
「じゃあ部屋に戻ってろ。教えるにしても、仕事が終わってからだ」
「うん、分かった!」
そう言って、悟空は部屋を出て行く。



「ちっ、まだ先だと思ってたんだが……。アイツら、余計な事教えやがって!」
三蔵は思わずひとりごちる。
正直、まだ早いとも思う。
しかし、他のヤツに触れさせるなど冗談じゃない。
そんな事になれば、例えあの2人でも本気で殺してしまいかねない。
それを認めざるを得ない自分が、確かに存在する。
そうなればやはり、自分が教える以外にない。

とりあえずは、目の前の書類を片付けなければならない。
明日は仕事どころでは無くなるであろう事は、疑いようの無い確定事項だろうから。
そう結論付けて、三蔵は書類に再びペンを走らせ始めた。

その夜以降、2人の関係がどう変わったのかは、また別のお話。









END。







おまけv

「おまえさぁ、マジ人がワリイよなー」
「え? 何でです?」
「だってよ、『僕が教えてあげます』なんて言って、三蔵サマ焚き付けちまってさ」
「焚き付けるだなんて、人聞きの悪いコト言わないで下さいよ」
「だって、そうじゃん? ま、俺は楽しかったからイイんだけど?」
悟浄は心底楽しそうな顔でケラケラ笑っている。
……が、そこに悟空に負けず劣らぬ爆弾発言投下。
「僕はホントに教えてあげるつもりだったんですが?」
「…………は?」
「あ、でも来ないってコトは三蔵に教えてもらったんでしょうねぇ」
固まっている悟浄に気付いているのかいないのか(間違いなく前者であろうが)、何でもないような顔で更に、三蔵が聞いたら怒り狂いそうなセリフを口にする。
「でもまぁ、次の機会もあるでしょうしねv」
「…………八戒…………」
「はい? 何ですか、悟浄?」
「……何でもないデス」
いつもの極上スマイルで問い掛けられ、悟浄はあえなく降伏する。
ちょっと、三蔵に同情してしまう悟浄がそこにいた。









今度こそ終わり。










後書き。

これは最遊記サイト「Lie Detecter」様に捧げた小説(?)です。
「Lie Detecter」様が閉鎖されてしまわれたので、このままお蔵入りというのも……というワケでこちらに再掲載させて頂きました。
実はこれはこのサイトを開くより前に書いたもので、初めて人様に捧げたものだったりします。
なので、気合と愛は迸らんがばかりに溢れています。……文章力はさておき(涙)
とうとうライン踏み越える決心したようです、三蔵様。
しかしこのお話の八戒は、普段の私の書く八戒と違って三蔵と悟空を焚き付けて楽しんでますね。
三蔵様、遊ばれっぱなしです(笑)






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