は、目の前にいる4人の男達を、ぼんやりと見つめていた。
思いもしなかった事態に、どうしたものかと考える。
ちなみに、その4人はの座る座席について協議している。
としては、旅の同行を承諾した覚えはないのだが、どうやらもうそれは決定事項になってしまっているようだ。
断るなら、今の内だと思う。
しかし、は今いち判断をしかねていた。
確かに、彼らは強いと思う。それは先ほどの戦闘を見た限りでは疑いようがない。
だが、彼らを信用してしまっていいものか……そう懸念していた。
男4人の旅に混じるというのも危険な気がするのだが、それ以上に気になっている事がある。
あの金髪の三蔵法師はともかく、紅い髪の青年と碧の瞳の青年は妖怪なのではないだろうか……?
そんな気がするだけで、確信は無いのだけれど……。
もちろん、妖怪だからといってそれだけで敵視するつもりはない。
しかし、はこれまで、たくさんの妖怪達に襲われてきた。
生まれ育った孤児院の皆を殺したのも妖怪だ。
偏見だと分かっていても、どうしても警戒心が働いてしまうのである。
がそんな風に考え込んでいると、八戒が心配そうに声を掛けてきた。
「……あの、さん、どうかしましたか? ひょっとして、何処かケガでも……!?」
その言葉に、後ろの3人もの方を振り返る。
「え!? 、ケガしてんの!? 大変じゃんか!」
悟空がに駆け寄って、心配そうに覗き込む。
その八戒と悟空の、余りに真剣な眼差しに、は慌てて否定する。
「あ、いえ、ケガなんてしてませんから、大丈夫です。ちょっと考え事してただけで……」
そう言って笑ってみせると、悟空が安心したように笑った。
八戒も、そしてその後ろにいる悟浄、三蔵もどうやら心配してくれたようだった。
そんな4人を見て、はそんなに過敏になる必要はないのかもしれないと思った。
もしかしたら、旅の同行を申し出たのはの持つ宝玉が目的なのかもしれないとも思ったのだが、考えてみれば、もしそうならこんな回りくどい事をしなくても力ずくで奪い取れば済む事だ。
あの圧倒的な強さをもってすれば、こんな女1人から奪い取るくらい簡単な事なのだから。
……この申し出は、純粋な好意なのだろう。はそう思う事にした。
ただ、同行する場合、一つ問題点があった。
「おい、、だったな。俺達との同行が嫌なら、無理に付き合う事ねえぞ」
三蔵が、が考え込んでいた理由を悟り、尋ねる。
「いえ、嫌じゃないんですけど、ただ……」
「ただ……何だ」
「ただ、私と一緒にいると、皆さんまで妖怪に襲われてしまいますし……」
の言葉に、4人は互いに顔を見合わせる。
「ははっ、んな事気にする必要ねえって! なぁ、八戒」
「そうですよ。……あぁ、でもそういう意味では僕らの方がさんに迷惑を掛けてしまいますね」
「え? それってどういう……」
「大丈夫だって、俺が守ってやっからよ。なあ、」
……「なあ」と言われても、としては返答に困るのだが、悟浄はそんな事は気にしていないようだ。
さっきの八戒の言葉が少々気になるものの、確かに彼らの強さからすれば妖怪の襲撃など大した事ではないのかもしれない。
「……それじゃあ、お言葉に甘えて、同行させてもらっていいですか?」
「よし、決定だな。じゃあとりあえずジープの席だな。、ここ座らねえ?」
そう言って、ジープに乗り込んだ悟浄は自分の隣の席を指差す。
が返事をしかけた所に、三蔵の声が飛んできた。
「止めとけ。何されるか分からん。……悟空、真ん中に詰めろ。は悟空の隣に座っておけ」
「おいおい、三蔵! 何でがサルの隣なんだよ!」
「その方がの身が安全だからに決まってるだろうが」
あっさりと言い捨てる三蔵に悟浄が反論しようと口を開くが、その前に八戒がに尋ねる。
「じゃあさん。悟空の隣でいいですか?」
「はい」
としては、誰の隣でも構わない……というか、それぞれの人柄をまだ良く知らないのだから異を唱えようがない。
こうして座席も決定し、次の街に向けてジープは走り出した。
しばらくは、後ろの座席で悟空や悟浄と話していたが、その内、悟空の元気がなくなってきた。
「? どうしたんですか、悟空さん?」
「……腹減った〜!」
「って、毎回毎回それしかねえのかよ、バカ猿」
悟浄が呆れたように悟空の頭を拳でグリグリしている。
「バカ猿ってゆーな、エロ河童! 腹減ったんだから、しょうがねえだろ!?」
「さっき休憩ん時に食ってたじゃねーか! んっとに燃費悪い猿だな」
「サルサル言うなってば!」
「うるせえぞ、てめえら! 恥さらしてんじゃねえ!」
スパンスパアン!と勢い良く三蔵のハリセンが悟空と悟浄に飛んだ。
「悟浄も悟空も、さんが呆れてるじゃないですか。ケンカもホドホドにして下さいね?」
それを聞いて、悟浄と悟空のケンカがピタリと止まった。
「あ、ごめんな、。うるさくしちゃって……」
悟空が申し訳なさそうにに謝る。
「いえ、そんな事ないですよ。ちょっと驚いたけど、でも見てて楽しいですから」
「優しいねえ、は。、街に着いて宿取れたら俺の部屋に来ねえ?」
そのセリフの直後、再び三蔵のハリセンが悟浄にヒットした。
「見境なく口説くな、発情河童! 旅の同行者にまで手ぇ出すんじゃねえ!」
思わずクスクスと笑うに、三蔵はバツが悪そうに席に座り直す。
「なあ、それより腹減ったぁ〜……」
「困りましたねぇ。食糧はさっきの休憩時間でなくなっちゃいましたし……。
あと2時間くらいで次の街に着きますんで、それまで何とか我慢して下さい、悟空」
それを聞いて、悟空はがっかりしたように項垂れている。
その様子が何だかお腹を空かせた子犬のようで、ちょっと気の毒になった。
そしては自分の荷物の中から、ある物を取り出す。
「あの、悟空さん。こんなので良かったら、食べますか?」
が取り出したもの、それは前の街で用意しておいたお弁当だった。
お弁当を受け取りながら、悟空は驚いたようにを見ている。
「え、これ弁当? 、これ貰っていいの!?」
「いいですよ。味は保証しかねますけど……」
「サンキュ! !……うわ〜、美味そう!!」
弁当を開けて、悟空は思い切り喜んでいる。
悟空が食べ始めようとしていた時、三蔵が振り返って悟空を止めた。
「おい待て、悟空! ……、お前の弁当だろ。コイツにやる事はねえ」
「いいんですよ。元々それ、今日の夕食用に作っておいたものなんです。
皆さんのおかげで、夜までに街に着けそうですし、そうなると必要ないですから」
「そうか……。なら、好意に甘えておく。……悟空、ありがたく頂け」
「うん。、ホントにありがとな!」
そう言って、悟空は電光石火の如くお弁当を消費していく。
「……モグモグモグモグ……。 うわ、すっげえ美味い!」
「そうですか? ありがとうございます」
「って料理メチャクチャ上手いんだな〜!」
言う間にも、悟空はどんどんと弁当の中身を平らげていく。
としても、こんなに美味しそうに食べてくれるのなら、また作ってあげたいなんて思ってしまう。
「おい、猿! てめえ、1人で食ってんじゃねえよ! ちょっとは寄越せ!」
悟空の横から悟浄が弁当をつまみ食いしようとする。
「あ! 取んなよ、悟浄!」
「ちょっとくれえいいだろ? 意地汚ねえぞ、猿」
「……ホントにちょっとだけだかんな!」
さすがに全部1人で食べるのは悪いと思ったのか、渋々悟浄に差し出す。
差し出された弁当からきんぴらごぼうを口に運んで、悟浄が感嘆の声を漏らした。
「マジで美味えな、おい。そこらの店なんか比べモンになんねえぞ?」
「それは誉め過ぎですよ、悟浄さん」
誉めてもらって嬉しいのだが、さすがにちょっと照れてしまう。
「んな事ねえって、。ホントにそれくれえ美味えんだから」
「あ、ありがとうございます……」
お世辞じゃなく本心で言ってくれているみたいなので、素直に受け取っておく。
そんなやり取りを聞いていたのか、運転席で八戒が笑っている。
「そんなに美味しいんですか〜。食べられる悟浄と悟空が羨ましいですよ。ねえ、三蔵?」
「そこで何故俺にふるんだ」
「三蔵も食べてみたいでしょ? さんの料理」
「それ以前に、こいつらが食ってて、残ると思うのか」
それでも、三蔵が『食べてみたい』の部分は否定しなかったので、はちょっと嬉しい気持ちになる。
そんな事を言っている間に、あっという間に弁当は空になっていた。
「あ〜美味かったぁ〜! 、ごちそうさま!」
悟空が笑顔で弁当箱をに返す。
「いえ、悟空さんくらい美味しそうに食べて下さると、私も嬉しいです」
「だって、マジで美味かったんだもん」
満面の笑顔に、ちょっとドキリとする。
何て真っ直ぐに人を見るのだろう。小さな子供を除けば、こんなに純粋な瞳は初めて見た気がする。
「あ、街が見えてきましたよ」
八戒の声で、を含めた全員の視線が前方に向いた。
割と大きめの街が、ジープの先に見える。
としても、今夜は野宿を覚悟していたので、とてもありがたかった。
これで、今日も何とかベッドで眠れそうである。
街に入った頃には、もう日は大分傾いていた。
一番先にすべき事。──それは宿の確保だ。
一つ目の宿は満室だったが、二軒目に訪れた宿では部屋が取れた。
部屋は、ツインが2つにシングルが1つ。
当然の事ながら、シングルをが使う事となる。
はフロントに行き、シングルのルーム料金を尋ねた。
先に訊いておいた方が、後で精算する時にやりやすいからだ。
すると、そんなの様子を見ていた八戒がに声を掛ける。
「さん、こちらのカードでまとめて払いますからいいですよ」
「ダメです! そんな、車に乗せてもらっている上に宿代まで払って頂くわけにはいきません!」
の勢いに、さすがの八戒もちょっと目を見開いている。
しかし、すぐにいつもの笑顔で諭すように言う。
「さんは、僕らの旅の同行者でしょ? この旅の必要経費はこのカードから払う事になってるんですよ。
……そうだ、それじゃあ、宿代の代わりにまたお弁当、作ってもらえませんか?」
「お弁当……ですか?」
「はい。いつも街以外ではその場で簡単なものを作るんですが、さんがお弁当を作って下さるなら、
僕としても準備とか、色々手間が省けますし。……どうですか?」
「そういう事でしたら……」
八戒が自分が気を使わないようにと、この申し出をしてくれているのは明らかだ。
ここで強硬に断るのはむしろ失礼だろうと思って、はその申し出を受けた。
の返事に、八戒はニッコリと笑い、キーを手渡す。
「はい。さんの部屋のキーです」
「ありがとうございます」
がキーを受け取ると、三蔵が声を掛けてきた。
「おい、。夜はきっちり鍵をかけろよ。何処ぞのエロ河童が、忍び込まないとも限らんからな」
「忍び込むかよ! 俺はちゃんと口説いてから堂々と部屋に入る主義なんだよ!」
「……悟浄? さっき三蔵も言ってましたが、一緒に旅をするさんに妙な事しちゃダメですよ?」
「同意ならいいだろ?」
「まあ、それなら構いませんが……」
の意志とは無関係な会話に、どうリアクションを返していいものか分からない。
がぼんやりとそんなやり取りを眺めていると、三蔵の不機嫌な声がそれを遮った。
「おい、いつまで無駄話してやがる。さっさと部屋に行くぞ」
そう言って、さっさと2階に続く階段を上っていく。
それに達4人も続いていった。
部屋に入り、荷物を置いてベッドに身を投げ出す。
は今まで起こった事を思い返していた。
孤児院にいた頃は、今日とよく似た明日が来る事を疑っていなかった。
それが突然なくなるだなんて、考えた事もなかった。
けれど今、自分はあの頃とは全く違う環境にいる。
ひょっとしたら、明日にはまた全然違った状況に存在しているのかもしれない。
『明日』の保証など、何処にもないのだと思い知らされた。
だからこそ、『今日』が何より大切なのだと知ったのだ。
これから先、どんな旅になるのだろう……。
は見えない明日を思い、静かに目を閉じた。
幸いにも続編希望のお声を頂けましたので、書いてみました。
前作での鬱憤を晴らすかのように、4人に名前を呼ばせております。
別名『悟空餌付け大作戦』。(←はい?)
最初、タイトルを『最初の夜』にしようかと思ったんですが、あらぬ誤解を招きそうなので止めました(笑)
まだ出会ったばかりなので、主人公も4人(八戒だけか?)も他人行儀でございます。
やはり、親しくなるまでにはもう少し時間が必要かと。
『さん付け』『丁寧語』は完全に私の趣味なんですが……いかがなものでしょう?