〜悟浄編〜





「悟浄さんの方は任せて下さい」
にっこり笑顔付きで答えたに、八戒も笑う。
「そう仰ると思ってました。じゃ、悟浄の見張り、お願いしますね。僕は三蔵を見てますから」
「はい!」
力いっぱい返事をすると、は悟浄の部屋へと向かった。
背中で八戒の「止めるためなら何してもいいですからね〜v」との声援を受けながら。





悟浄の部屋のドアをノックする。
……が、中から返事はない。
「? 悟浄さん?」
呼びかけてみても、いつもなら返ってくる軽い返事が返ってこない。

まさか……と思ったはドアのノブを握った。
「悟浄さん、入りますよ?」
言うと同時にドアを開けて部屋に入ったの目に入ったのは……空っぽの部屋だった。
「……やっぱり……逃げられた……」
は顔を左手で覆うようにして項垂れる。
考えれば、悟浄が素直に宿に缶詰でいるわけがない。

は1つ大きなため息をつくと、バッと顔を上げた。
「私が見張りに来た以上、逃がしませんよ、悟浄さんっ」
はくるりと方向転換すると、部屋の灰皿を観察する。
吸い終わってからまだ間もない吸殻。まだフィルターが湿っている。
という事は、この部屋から出ていってそれほど時間は経っていないはずだ。
悟浄が普通に宿の外に出るためには、と八戒が話していた部屋の前を通らなければならない。
しかし、話してる間、そんな気配はなかった。
例えが気配を読み損ねても、八戒なら気付くはずである。
という事は、悟浄はあの部屋の前を通らなかった事になる。
「……だとすると……窓から……?」
は窓に近付き、静かに窓を開けた。

注意深く見てみると、窓の下の縁の所に微かに新しいものと思われる汚れがある。
それはつまり、ここに足をかけたという事である。
悟浄が窓からこっそり出て行ったのは確かなようだ。
「この窓から出て行ったとすると……東の繁華街……?」
はポケットからこの宿に着いた時に貰ったこの街の地図を取り出して広げた。
「やっぱり、八戒さんや私の目を避けて行こうとするならここしかないわ」
は捜索のターゲットをその繁華街に決めると、すぐに宿を出た。





一方その頃。
悟浄はその問題の繁華街をウロウロしていた。
の推理力、恐るべしである。
自販機を見つけ、煙草を買う。
妙に周りを気にしてしまうのは八戒が怖いせいだろうが、ハタから見ると不審人物そのものである。
お巡りさんに職務質問をかけられても文句は言えないであろう。
それはともかく、悟浄は煙草をポケットにしまうと適当に見つけた酒場に入っていった。

酒場の中は、まだ昼間だというのに酒をかっくらっている男達がたくさんいた。
カードの賭場にもなっているらしく、あちこちで男達がニヤついてたり頭を抱えたりしている。
悟浄はカウンターになっている席に座り、酒を注文する。
少なくとも禁酒は言われてないので、これは別にビクビクする必要もない。
「はぁ〜。にしても、どうすっかなぁ……」
ポケットに入っている煙草をズボン越しに触って、悟浄はため息をつく。
ここには八戒も、禁煙賛成派のや悟空もいない。
吸ってもバレないとは思うが、何故だか必ずバレそうな気もする。
吸いたいのはやまやまなのだが、それが気になって、まだ封を切っていない。


すぐに注文の酒が悟浄の前に置かれ、悟浄はそれをぐいっと一気に飲んだ。
「お、兄ちゃん、いい飲みっぷりじゃねえか」
隣にいた少々酔っているらしい男が悟浄に向かって話しかけてきた。
「飲まなきゃやってられねえってヤツ?」
軽口で返しながら、悟浄は酒を追加注文する。
「はは、分かる分かる。酒でも飲まずにはいられねえってあるよなぁ」
「あ、分かってくれる? ったくよぉ、いきなりキツい事言い出すもんだからよぉ」
何だか妙に意気投合している2人は、次々と酒を消費しつつ喋り続けていた。



「……でよぉ、俺に禁煙しろってんだよ」
「いきなり禁煙はヒデえなぁ。無茶言うなってんだよ、なぁ?」
「そーそー。そうなんだよ。無茶だと思うだろ?」
「おう。そんなモン気にすんな! 吸っちまえ、吸っちまえ!」
「でも、バレるとマジ殺されそうだかんなぁ……」
「バレねえって! こんなトコまで捜し出せねえよ」
「……そうか? じゃあ、吸っちまうか?」
随分と酒が入っている悟浄は、ちょっとずつ吸う方向に考えがいってしまっている。

すっかり酔ってしまっている悟浄は煙草を取り出すと、口に銜える。
「あ、ライターがねえや」
悟浄が言うと、男が胸ポケットからライターを取り出す。
「俺が点けてやるよ」
「お、サンキュ。……け、八戒が何だ、が何だってんだ!」
「そうだ、そうだ!」
酔っ払い男が無責任に相槌を打った直後、その場の空気を凍らせる声が響いた。


「……呼びましたか、悟浄さん?」
本来聞こえるはずのない声を聞いた悟浄は、ゆっくりと後ろを振り返る。
そしてそこにある姿を確認した瞬間、一気に酔いが冷めてしまった。
「…………!? な、何でここにっ……!?
「さあ、何ででしょうね? でもそんな事、今悟浄さんが手に持ってるものに比べたらどうでもいい事ですよね」
「や、あの、これは……」
悟浄はわたわたしながら、手の中の煙草を持て余している。

「悟浄さん。煙草をどうして持ってるのかは訊きませんが、それ、渡してもらえますよね?」
は悟浄に向かって手を伸ばす。
悟浄が観念して煙草を手渡そうとした時、止めておけばいいのに悟浄の話し相手になっていた酔っ払いが口を挟んだ。
「おうおう姉ちゃん、アンタが無茶な禁煙させてるヤツか?」
「……? どなたですか?」
「んな事どうでもいいだろ。いきなり禁煙させるなんざヒデえ姉ちゃんだな」
立ち上がってに絡んでくる男の手をはさっと振り払う。
「貴方には関係ない事でしょ? 部外者は引っ込んでて下さい」
悟浄や他の3人に対する声とは全く違う、冷たい声では言い放つ。
「んだとぉ? 言ってくれるじゃねえか、あぁ!?
更に男がに掴みかかろうとした時。

「いっててててて!」
男は身体に走った強烈な痛みに悲鳴を上げた。
悟浄が男の腕を捻り上げたのだ。
「ったく、俺の許可もなしにに勝手に触んなよ?」
「な、なんだぁ!? 俺はアンタのために言ってやったんじゃねえかよ」
「そりゃどーも。けど俺、女に掴みかかるようなヤツに弁護してほしかねえんだわ」
「何だと、コラ! やるか、てめえ!」
「やってもいいけど、俺、煙草吸えなくてイライラしてっから手加減できねえぜ?」
「上等だ!」
まさに一触即発といった空気に、周りの客達は遠巻きに悟浄達を眺めている。

そんな中、がスッと悟浄の隣まで来て悟浄を見上げる。
「悟浄さん、お店の中でモメちゃお店の人に悪いですよ」
「わーってるって。ちゃんと外でやるし」
「でも、あの人は出る気ないみたいですけど」
見ると、男の方はその場で完全に臨戦体制である。
「こういう時は、穏便に、ね?」
はそう言うと、男のすぐ前に進み出た。
「お、おい、!?
悟浄は慌ててを止めようとするが、はお構いなしに男の前で止まる。

「何だぁ!? 姉ちゃんがやるってのか?」
「まさか。ただね、こんな事してると天罰が下りますよーって忠告をしにきたんですよ」
言いながら、は男の手を取り肘の辺りまで手を伸ばす。
「天罰ぅ? け、寝惚けてんじゃねえぞ、姉ちゃん」
「……信じてもらえないんですか。残念ですね」
が手を放した次の瞬間、男が喚き出した。
「うわぁぁ!? ひ、肘がぁ!?
男の肘は自身の意志とは無関係に、ダラリと下に垂れ下がっている。
要するに、が肘の関節を外したのである。

「ほぉら、天罰が下っちゃったじゃないですか。人の忠告は聞いておかなくちゃ」
ニッコリと笑うに男は後退りし、「ちくしょお、覚えてろぉ!」という工夫のカケラもない捨て台詞を残して
走って出て行ってしまった。
それと同時に、見ていた客達からどよめきと拍手が沸き起こった。
「あ、どーも皆さん。でも、あの人行っちゃいましたね。折角治してあげようと思ってたのに……」
「つーか、これ、『穏便』か……?」
悟浄は感じた事を率直に口にする。
「だって、掴み合いとかにはならなかったじゃないですか。お店の物も壊してないし」
「そりゃそうだけどよ……。俺の立場ねえじゃん……」
折角格好良くを助けたのに、まるで意味がなかったみたいで虚しい。

「でも、私を庇ってあの酔っ払いの腕を捻り上げて下さった時は、本当に格好良かったですよ」
「ホントにそう思ってんのかぁ?」
悟浄は疑わしそうな目付きでを見た。その様はある意味拗ねているようにも見える。
そんな悟浄が可愛く見えて、はついクスリと笑ってしまった。
「思ってますよ。揺らめいちゃうトコでした」
「『トコ』? 揺らめいてはくれなかったワケ?」
「その前の煙草でポイント下がっちゃってますから」
「……あー……やっぱ止めときゃ良かった……」
ガックリと項垂れる悟浄を覗き込むようにして、は笑いかける。
「もしまた同じ事があったら……悟浄さんにも『天罰』が下るかもしれませんよ?」
「それだけは勘弁……」
悟浄は肘をさすりながら、1歩後ずさった。



酒場を出た後、悟浄とは繁華街の中を歩いていた。
「なあ、
「何ですか?」
唐突にかけられた声に、はキョトンとした顔で悟浄の方を振り向く。
「お前さ、俺の見張りに来たんだろ?」
「ええ、まあ」
が答えると、悟浄は何かを企むような笑みを浮かべる。
「そんじゃあ、俺が何処行こうがついてくるって事だよな?」
そのセリフを聞いた途端、はとてつもなく嫌な予感に襲われた。
「ついていきますけど……何処に行くんですか?」
「ふふん、内緒v」
「…………場所によっては八戒さんにチクりますよ」
「へへん、そんな脅しには乗らねえぜっ。さ、行くぜ、。ちゃんとついてこいよ?」
そう言うと、悟浄はの手を取ると、強引に引っ張りつつ歩き始めた。





END






悟浄編後書き

ムードはないけどこっそり良いコンビ・悟浄編でした。
主人公、ちょっと名探偵入ってます。ちょっと八戒さんも入ってます(笑)
酔っ払いも難なく追い払って、大活躍でございます。
悟浄さんの見せ場、主人公を庇ったあの時だけですね……。
しかし、尻に敷かれてそうな(笑)悟浄さんですが、最後は主導権奪い返しました。
私は強引な悟浄さんが大好きなのです。ので、書いてて1番楽しかったです、あの辺。
あの後、一体主人公を何処に連れて行ったかは謎です。




2002年6月13日 UP




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