確かな温もり



 ─ 前編 ─



ソファに座り、リンナはある種「固まっている」と表現してもいいほどに緊張していた。
ここは自室で、しかも自分1人しかいない。
普通ならば、最もリラックスできる場所であるはずだ。
しかし、今のリンナはくつろぐどころかいつにない緊張状態だった。

先日、ベルカと話し合った際に「今度はおまえが忍んでこい」と言われた。
しかも、1週間以内という期限付きで。
今夜が、その期限の1週間目だった。

ベルカを抱くことが嫌なわけでは決してない。
むしろ、それを許してもらえたことはリンナにとって信じがたいほどの喜びだ。
触れることなど叶わないと、触れたいと望むことすら許されないと思っていた人。
その人が、自分を受け入れてくれた。
触れて欲しいと、そう言ってくれた。
これほど嬉しいことがあるだろうか。

今まで女性を抱いたことは何度かあるが、ここまで緊張したことなどなかったように思う。
それはベルカの身分がどうとかいう問題ではなく、ベルカ自身が余りにも愛おしくて触れることすら躊躇ってしまうのだ。
とはいえ、ここまで来て逃げ腰でいるようでは男ではない。
心を決めて、リンナは立ち上がる。

サイドボードに歩み寄り、跪いてその中の小さな引き出しを開ける。
中に入っているいくつかの内のひとつを手に取り、リンナはどうしたものかと考える。

今、リンナの手に乗っているもの。
それは、いわゆる避妊具というものだった。
いや決して、この日のためにリンナが用意していたというわけではない。
城でこの離宮に来るための準備をしていた頃、シャムロックが渡してきたのだ。

シャムロックに自分とのことを相談したということは、ベルカから聞いていた。
だから、シャムロックが祝いを言いに現れたときは素直にその言葉を受け取り、リンナからも礼を言った。
彼のおかげで、ベルカはリンナの気持ちを受け入れる決心をしてくれたのだから。
「幸せにしてやれよ」という言葉に、深く頭を下げた。

しかしそこで話は終わらず、シャムロックは周りに誰もいないことを確認すると「餞別と祝いだ」とこっそりとリンナの手に何かを握らせた。
何だろうと見てみると……それが、このいくつもの避妊具だったのだ。
さすがに面食らって、シャムロックに返そうとした。
「いいから持っとけって! 男同士ってのは結構大変なんだぞ、中に出そうもんなら……」
突然そんなことを言い出したシャムロックを慌てて止めるも、シャムロックは構わず続ける。
「ベルカに辛い思いさせたくねえだろ? 絶対必要になるからちゃんと持ってけよ!」
そう言って、半ば無理やり持たされてしまったのだ。

この手の避妊具は牛の腸膜やら魚の浮き袋やらを使って作ったもので、娼館などには大抵備えてある。
だが、普通に手に入れようと思うと加工している店を探すだけでも一苦労だ。
だから、シャムロックの気遣いは確かにありがたいものではあるのだが……。
素直に感謝する気になりづらいのは、自分たちのこういった生々しい行為を他人に知られているという気恥ずかしさのせいなのかもしれない。

ともかく、これからの行為を考えるとこれは確かに必要だろう。
リンナとて、ベルカに無駄な苦しみは与えたくない。
ポケットにそれを入れると、リンナは部屋を出た。



真夜中の、シンと静まり返った廊下。
ベルカの部屋の前で、リンナはしばし立ち尽くす。
既に時間は遅く、普通ならばベルカも眠っているはずだ。
だが今日は期限最終日ということもあって、ベルカもリンナが来ることは分かっているだろう。

「忍んでこい」と言った以上、ベルカは寝室で待っているかもしれない。
だが、いくらそう言われたからといって、王子であり自らの主であるベルカの部屋にノックもせずに勝手に入ることには抵抗があった。
かといって、ノックをして呼びかけようものなら逆にベルカに怒られそうな気もする。
それに、この階に部屋を持つのがベルカとリンナだけだとはいっても、迂闊に物音や声を出すとこの静けさの中では思いのほか響いてしまう可能性もある。

何度か手を上げては迷った後、リンナは覚悟を決めてゆっくりとドアに手をかけた。
鍵はかかっておらず、僅かに音を立ててドアが開く。
ご無礼をお許しくださいと内心で呟いてから、リンナは薄暗い部屋の中へを身体を滑り込ませた。

居室を通り過ぎ寝室に入ると、ベッドで眠っているベルカが見えた。
いや、起きているのだろうか?
その場では判断がつかず、ゆっくりとベッドへと近付いていく。

傍まで来ても、ベルカはまったく動きを見せない。
眠ってしまったのだろうかと、リンナはどうするか迷う。
せっかく眠っているのを起こすのは気が引けるが、このまま自室に戻るわけにもいかない。
ベルカに手を伸ばしかけては引っ込め……という仕草を何回か繰り返したところで、不意に声が響いた。

「……いつまでそこで迷ってんだよ」
「で、殿下! 起きていらしたのですか!?
静かな部屋では声が思いがけず大きく響いてしまい、リンナは慌てて口を押さえる。
ベルカはゆっくりと身体を起こすと、リンナを見てため息をつく。
「なかなか来ねえし、やっと来たかと思ったらそこでずっと突っ立ってるし……」
「は……その、申し訳ございません……」
「ま、寝たフリしてた俺も俺なんだけどな」
おまえがどうするか見てみたかったんだ、とベルカは笑う。

会話が途切れ、2人の間に沈黙が下りる。
リンナは決心すると、「失礼します」と声をかけ、片膝をかけてベッドに乗り上げる。
「殿下……お約束どおり、忍んで参りました」
「ああ……」
そう答えるベルカの表情は、薄暗いせいかよくは見えない。

リンナは完全にベッドに上がると、ベルカの頬を両手で包む。
そっと唇を重ねると、ベルカの手がリンナに伸ばされ、リンナの夜着を掴む。
徐々に、口付けを深くしていく。
右手をベルカの背中に移動し、力が抜けかけているベルカの身体を支え、ゆっくりとベッドへと横たえた。

リンナを見上げるベルカの顔は、薄暗い中でも分かるくらいに紅く染まっている。
「リンナ……」
名を囁かれ、薄く開かれた唇に誘われるように、再び口付ける。
どれだけ口付けても足りないような、そんな飢餓感。
飢えを満たすように、何度も角度を変えて繰り返す。

突然夜着をグイグイと引っ張られ、リンナは唇を離す。
「……っはぁ……おまえ……俺を、窒息させる気かよ……」
「あっ……申し訳ございません! その……つい、夢中で……」
ベルカはまだ、途中で上手く息を継げるほどこのような口付けには慣れていないのだ。
「……夢中?」
だが、ベルカは謝罪よりもそちらの言葉に気を取られたらしく、鸚鵡返ししてくる。
「は、はい……。その、あまりに心地良く……」
「……ふうん……。なら、いいや。続けろよ」
どことなく上機嫌な様子で、ベルカは再び夜着を引っ張る。

リンナはベルカの頬に口付けを落とし、その夜着をはだけさせていく。
首筋、鎖骨、胸、脇腹と肌の上を、手と唇でなぞる。
男であるベルカの肌は、女性のように手触りが良いわけではない。
剣を嗜んでいるだけあってそこそこ筋肉もついているし、そういった点では柔らかさも少ないと言っていい。
けれど、それがベルカの身体だと思うと、それだけで夢中になった。

肌を撫で唇で軽く吸い上げるたびに、ベルカがピクリと反応を示す。
痕を残すわけにはいかないので強くは出来ないが、多少は気持ち良く感じてもらえているのだろうか。
脇腹に舌を這わせると、小さく漏れた声が届く。
それが嬉しくて、リンナは唇と指先で愛撫を繰り返す。

ベルカの乱れた吐息が漏れ聞こえるたびに、リンナの身体も高揚していく。
顔を上げると、僅かに顔を逸らして熱く息を吐くベルカの眉を寄せた表情が見える。
ベルカはきっと自覚などしていないだろう。
今の自分の姿が、どれほどリンナを煽り立てているか。

愛撫を続けながら、リンナはベルカの着衣を取り去っていく。
下着を脱がせるときにはベルカも少し身体を震わせたが、さして抵抗もなく恥ずかしさにも耐えてくれた。
一糸纏わぬ姿になったベルカを見つめる。
まだ未完成の、少年の身体。
ところどころに小さな傷跡があるのは、ここに至るまでの道の過酷さの表れだろう。
もう、これ以上傷など付けさせない。心にも、身体にも。

再びベルカの身体に触れようとしたところで、袖をクイと引っ張られた。
「殿下?」
「おまえも……脱げよ。俺だけじゃ、恥ずかしいだろ……」
拗ねたように言うベルカが可愛くて、つい笑みが零れてしまう。
「……何笑ってんだよ」
「あ、いえ、申し訳ありません」
見咎められて、リンナは慌てて表情を整える。

ベルカが望んだとおり、自らの夜着を脱いでいく。
直接肌と肌を触れ合わせたくて、そのままベルカに覆いかぶさるようにして抱きしめる。
「殿下……」
肌に直に伝わる体温が、心地良い。
ベルカの腕がリンナの背に回され、しばしその体勢のまま抱き合った。

僅かに身体を起こし、ゆっくりと口付ける。
チュ、と音を立てて食むように唇を重ねる。
愛しい、あまりにも愛しい人。
きっと、いつまでこうしていても飽きることなどないだろう。

唇を解放すると、息を乱したベルカがリンナを見上げている。
これから、リンナはベルカに痛みと苦しみを強いることになる。
ベルカは構わないと言ってくれたが、やはりどこか罪悪感のようなものを覚えることを止めることは出来なかった。

せめて、少しでも痛みを和らげることが出来るように。
シャムロックが男同士の手順を少し教えてくれたので、それを思い出す。
『なんなら、実地で教えてやってもいいぜ。抱かれる方を経験しとくのも勉強になるぞ』
そんなことも言われたが、さすがにそれは全力で辞退しておいた。

肌への愛撫を繰り返す手を、徐々に下ろしていく。
そっと性器に指を絡めると、ベルカの身体がビクリと震えた。
緩く扱いてやると、少しずつ形を変えていく。

「んっ……」
擦り上げ、指先で陰茎や先端を刺激していくと、ベルカから殺しきれない声が漏れる。
もっと聞きたくて、少し強めに刺激してみる。
「ふ、あ……!」
その声が、まるで媚薬のようにリンナの理性を侵していく。

ベルカを驚かせないように気をつけつつ、少しずつベルカの足を開いていく。
先端から零れる液体を指に十分に絡めると、ゆっくりと、ベルカの双丘の奥へと滑らせた。
奥の窄まりに指が触れた途端、ベルカが息を飲んだのが分かる。
「殿下……大丈夫です。どうか、お力を抜いていてください」
ベルカが安心できるようにと、出来る限り優しく微笑みを向ける。
「ああ……分かった」
そう答え、ベルカが深く息を吐く。
何とか力を抜こうと試みているようだ。

リンナは指に絡んだ先走りの液体を丹念に塗り込む。
元々、何かを入れるための器官ではない。
女性とは違って、当然自然に濡れたりもしない。
だから、少しでも潤滑油代わりになるように、ベルカ自身が零したものを使って入り口を解す。

しばらくそんな風に解した後、試すように指を1本差し入れてみる。
途端にベルカの身体に力がこもり、リンナの指をキツく締め付ける。
「殿下……痛みますか?」
指はそのままに顔を上げて尋ねると、ベルカは小さく首を振った。
「そんな痛いわけじゃねえけど……なんか……気持ち悪いっていうか……あ! 悪い、そういう意味じゃなくて……」
慌てたように言い直そうとするベルカに、リンナは笑いかける。
「大丈夫です、分かっております。違和感があるのは当然です」
普段誰も、自分自身すらも触れるはずのないところへ指を差し入れられているのだ。
異物感で気持ち悪いと感じてしまうのも、致し方ないところだろう。

「申し訳ありませんが……もう少し、我慢なさってください……」
「いいよ、俺が言い出したことなんだし…………遠慮しねーでやれって」
強がってそう言ってはいるが、やはりどこか怖いと思う気持ちがあるのだろう。
ベルカの手はシーツをギュッと握り締めている。
リンナはその手を取り、口付ける。
大丈夫ですと、安心してくださいと、そう伝えるように。

ゆっくりと、丁寧に時間をかけてリンナはベルカの身体を解していく。
ベルカの痛みを少しでも取り除きたい。
ほんの少しでも、気持ち良いと、そう感じてほしい。
その一心で、頬を染めて熱く息を吐くベルカの姿にともすれば暴走しそうな熱を必死に堪える。

ベルカの性器を扱いて刺激を与えてやると、トロトロと液体が零れ、肌を滑って奥へと流れていく。
それがリンナの指に絡まり、抜き差しするたびにクチュクチュと淫猥な音を立てる。
「んっ……なんか……変な、感じ、だ……」
乱れた呼吸の間に、ポツリとベルカが呟く。
「気持ちイイってのとも……ちょっと違う、けど…………さっきまで、みたいには……気持ち悪く、ねえ……」
その言葉を聞いて、リンナは僅かに安堵の息を吐く。

シャムロックは「男でも中に感じるポイントはある」と言っていたが、なかなか上手く見つけられない。
何故シャムロックがそこまで詳しいのか気にならなかったわけではないが、傭兵という職業上過去に色々なことがあったのだろうと詮索はしなかった。
むしろ、詮索される危険性を承知の上で知識を分け与えてくれることが有難かった。
それはきっと、ベルカに辛い思いをさせたくないからだろう。
何だかんだ言いながらも、シャムロックはベルカをとても気にかけてくれている。

痛くならないように気をつけながら、指で中を探っていく。
ふと、指先がある一点を掠めたとき、ベルカから小さな悲鳴が漏れた。
もう一度そこを引っかくように刺激してみると、ベルカの身体がビクリと跳ねる。
「やっ……なんだ、よ、これ……!? 女、じゃ、ねえのに……!」
自分の身体に起こったことが理解できないらしく、ベルカはかなり動揺している。
ようやく、見つけた。
「大丈夫です、殿下……。男でも普通にある、自然な反応ですから……」
「そう、なのか……?」
はい、と言って笑顔を見せると、安心してくれたようで表情から不安が消えていく。

見つけたポイントを中心に、中を刺激し解していく。
指を増やしていく頃には、ベルカの表情も苦痛や気持ち悪さよりも快楽の色が見て取れるようになっていった。
あるいは、前を刺激しながらだったのも良かったのかもしれない。
嬌声をあげるのは恥ずかしいらしく、自らの手で口を抑えて耐えている。
リンナにとってはその姿の方がむしろ可愛く色っぽく見えて、熱を更に煽る効果しかないのだが。

そろそろ、大丈夫だろうか。
ゆっくりと指を抜き取ると、ベルカから熱い吐息が漏れる。
リンナは先程夜着を脱いだときにポケットから抜き取っておいた避妊具を手に取る。
袋から取り出すと、既に張り詰めている自身に着ける。
触ってみて分かったが、この避妊具には表面に何やら油のようなヌルヌルとしたものが塗られているようだ。
おそらく、滑りを良くするためのものだろう。
これなら確かに、何もないよりもベルカの負担は少なくなるかもしれない。

ベルカの足を抱え上げると、ベルカが身体を震わせてリンナの方を見る。
覚悟は出来ていても、やはり不安は拭えないようだ。
「殿下……よろしいですか」
「……ここまで、来て……訊くな、バカ」
リンナは小さく苦笑し、はい、とだけ答えた。






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ここでぶった切るのはどうよ、と自分でも思いますが、他に切るとこなかったんです……。



2011年2月27日 UP




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