オフラインページに載せていますifパラレル小説本「人形の檻」のその後的な番外編です。
 以前公開した簡単なプロットは → こちら

人形の檻 その後



森の奥の古びた小さな一軒屋。
ひっそりと佇むそこを住処とすることを決めたのは、ベルカだった。
リンナとしては仮にも王子であったベルカを住まわせるにはあまりに古く質素で迷ったのだが、今の自分たちに都合が良いところだったのは確かだった。

隔離用の宮から二人で逃げてきた。
きっと、今頃は二人の行方を追ってキリコや元老の手の者が血眼で捜しているだろう。
魔物──アモンテールが棲んでいるという噂のあるこの森は、あまり人が近寄らない。
逆に大きな街で人込みに紛れてしまった方が良いのではとも考えたのだが、いつベルカの顔を知る者が現れるかと思うとそれも躊躇われた。
住む者を失くして久しいらしい、朽ちかけた家。
それを、二人で修繕したときのことを思い出す。

「俺、こういうの直すのってどうすればいいのか分かんねーけど……どうすればいい? 何でも言ってくれよ」
「いえ、しかし殿下にそのような……」
「いいから! もう俺は王子じゃなくてただの『ベルカ』なんだから、そんなへりくだんなよ」
そう主張するベルカに、多少迷いはしたものの、それならばといくつか仕事を頼んでみる。
「分かった! 任せとけよ!」
言うなり笑顔で張り切って働き始めるベルカに、リンナは自分も認識を改めていかなければと思う。

きっとベルカは、リンナに頼られたいのだ。
主従という間柄ではなく、対等になりたいのだろう。
リンナとて、ベルカに頼りにされれば嬉しい。
それがそのままベルカにも当てはまるのだろうことは、想像に難くなかった。
これから、二人で生きていくのだ。
なれば、すべて自分がやってしまおうなどと考えるのはベルカに対して失礼なことだろう。

「リンナ! 出来たぞ、次は何する?」
「そうですね、では、この煉瓦をあの印を付けたところに積み上げてください。私もこれが済んだらお手伝い致します。そこまで終わったら、お茶を淹れて休憩しましょう」
「分かった、おまえも無理すんなよ」
「はい、ありがとうございます」
鼻唄でも歌いそうなくらいご機嫌なベルカに、知らず微笑みが浮かぶ。
この笑顔を見られるだけでも、あの場所から逃げてきて良かったとそう思う。
たとえずっと追われることになろうとも、ベルカが笑っていてくれるならば。それに代えられるものなどない。

一段落がつき、敷物にお茶とサンドイッチなどの軽い食べ物を並べて休息を取る。
よほどお腹が空いたのだろう、瞬く間に食べ物が消費されていく。
リンナは、ベルカがこうして美味しそうに食事をしている姿が好きだった。
あの地下での日々の中で、美味しいものを食べているときだけは生き生きと楽しそうだった。
その印象が、今もリンナの中に強く残っているのかもしれない。
「リンナ、おまえもちゃんと食えよ。無くなるぞ」
ほら、とベルカが肉を挟んだパンを差し出す。
「ありがとうございます、殿下。いただきます」
それを素直に受け取ると、ベルカはほんの少し意外そうな顔をしたがすぐに嬉しそうに表情を綻ばせた。

そんな風に始まった、二人での生活。
宮から持ち出した貨幣を元手にして、自給自足できるよう畑を作り余った作物を街に売りに行ったり、伐採した木や磨いた石で細工を作ってそれを小さな個人商店に卸したり。
リンナは元々田舎の農村出身で慣れてはいたものの、ある程度軌道に乗るまではかなり大変だった。
けれど、ベルカが傍にいてくれれば辛いなどと思うこともなかった。

幸いにして、最初は悪戦苦闘していたベルカも今は仕事に慣れ、余裕が出てきたようだ。
ベルカは王子として様々は宝飾品を見慣れていることもあるのだろう、とても繊細な細工も作った。
ベルカの細工は街の女性たちに大変人気があるようで、今では主な収入源のひとつとなっていた。
「私は指先を使った細かい作業は苦手なので、殿下がこういったものを作ってくださるのはとても助かります」
「本当に売れてんのか? なんか実感湧かねーんだけど」
「はい、特に女性にとても人気があるそうです。最近は店に買い取っていただける値段も随分上がっていますよ」
「へえ……」
自分の手元にある製作途中の細工を見て、ベルカが呟く。
その姿を見て、リンナはひとつ考えていたことを口にする。
「殿下。今度、街に出てみますか?」
「え、でも……いいのか?」
追っ手がいつどこに現れるか分からない今、生活のために街に出るのはリンナだけでベルカはこの家周辺から出ることは一切ない。
少なくとも、王子であったベルカよりはリンナの方が顔は広く知られていない。
そのリンナも、髪型を変えたり眼鏡をかけたりして出来る限りバレにくくはしてあるが、ベルカの場合生半可な変装では不安の方が大きいのだ。

「殿下であることが知れぬよう、私が準備致します」
いくら見つからないためとはいえ、ずっと引きこもってばかりではベルカの息が詰まってしまう。
ベルカも本心では街に出て色んなものを見たいのだろう。
それでも、おそらくは我侭を言ってはいけないと我慢している。
リンナとしては、もっと色々我侭を言ってほしいところではあるが。
何より、折角あの閉じ込められていた地下から連れ出したというのに、今度はこの家に閉じ込めてしまいたくはなかった。
自由に生きてほしくて、連れ出したのに。
今のままでは鎖で繋がれていたあの頃と、変わりがないように思えた。

「準備が整ったら、一緒に街に行って色々な店を回りましょう。殿下のお口に合うかは分かりませんが、美味しい食べ物もたくさんございます」
「リンナ……ありがとな! すっげー楽しみ!」
目を輝かせて笑うベルカに、リンナも微笑む。
「私も殿下と共に出かけられるのが、とても楽しみです」
愛しい人と一緒に歩く街は、どれだけ輝いて見えるだろう。
それを思うだけで、心が沸き立つようだった。

準備自体は、それからそう時間はかからなかった。
というのも、以前から考えていたことなので少しずつ用意はしていたのだ。
ただ、万が一にも正体がバレてはいけないだけに、かなりベルカにとっては抵抗のある変装かもしれない、ということだけが心配ではあった。
どうしてもベルカが嫌がった場合は、何か別の方法を考えなくてはいけない。

「殿下、こちらが変装用のお召し物になります……」
ベルカがどう反応するか若干の不安を覚えながら、リンナは衣装一式を差し出した。
それをワクワクした顔で受け取ったベルカは、袋から中身を取り出した途端固まってしまった。

「…………これ、女物じゃねえ?」
「……はい」
しばしの沈黙が流れる。
少し迷った後、リンナは説明を始めた。
「普通の変装では、殿下のお顔を知っている者が現れた場合感付かれる危険性が極めて高いと思われます。その可能性を最大限に減らす手段が、私には他に思いつきませんでした」
リンナが用意したのは、町娘の着るような簡素なワンピースと長い黒髪のウィッグ。
「抵抗をお感じになるのは当然ですし、殿下がどうしてもお嫌でしたら別のものを用意致します」
だが、ベルカはしばらく服とウィッグをジッと見つめていたかと思うと、テーブルにそれを置いて服を脱ぎ始めた。
「殿下」
「おまえが、これが一番良いと思って選んでくれたんだろ?だったら、俺は嫌なんかじゃねーよ。俺のためにおまえが必死に考えてくれたんだから」
言いながら迷わず着替えていくベルカに、リンナはたまらない気持ちになる。
女装などしたいわけがないのに、リンナの判断を信じて迷うことなく行動に移してくれる。
ベルカの想いに触れた気がして、胸が締め付けられた。

着替え終わったベルカが、リンナをチラリと見る。
「……男だってバレねーか?」
「ご安心ください、これなら誰も分かりません!」
あまりの似合いぶりに一瞬見惚れた後、リンナは大きく首を振って全力でそう告げた。
実際、これは惚れた欲目などではないと思う。
今のベルカの姿は、どこからどう見ても可憐な少女そのものだ。
喉仏も隠しているし、声も今ならまだ少し低めの女の子で通るだろう。
問題は言葉遣いだが、大きな街ならばそう奇異に映ることもないのではないか。

「そうか……それなら、いい」
僅かに目を伏せたベルカの表情の、ほんの一瞬の変化に気付く。
その変化の意味を考えて……ひとつの考えに行き当たった。
「殿下……誤解なきようお願いしたいのですが、私は決してあなたを女性の代わりに見立てているわけではございません。私は、あなたがあなたであるからこそ愛しいと感じますし、誰よりも傍にいたい、傍にいてほしいと思っております。どうか、それだけはお信じくださいますようお願い致します」
少女に化けたベルカを可愛らしいと思ったことは事実であるが、それはあくまでベルカだからであって、女装したから好きになるわけではない。

黙って聞いていたベルカだったが、クスリと笑う。
「大丈夫だって、ちゃんと分かってるよ。そりゃ、ちょっとは考えちまったけどさ……けど、おまえがちゃんと『俺』を見てくれてることは知ってるし、女の代わりにするようなヤツじゃねーことも知ってる。心配すんな」
「殿下……」
「それに、この格好なら街でも好きなだけおまえといちゃつき放題だしな!」
ニッと悪戯っ子の顔で笑うベルカの言葉に、リンナは思わず顔を紅く染める。
そして、口元を綻ばせるとゆっくりとベルカに手を伸ばして、その身体を抱き寄せた。
ギュ、と抱きしめると、間もなくベルカの手の温もりを背中に感じた。



たとえ少年でも、少女でも。
この温もりが愛おしいことに変わりはない。
決して代わりなどいない。
だからこそ、命を懸けてでもその手を取ってここまで来たのだ。

何があっても、守ってみせる。
誰にも害させなどしない。
その身体を抱きしめながら、リンナは自らの心に誓った。




後書き。

「人形の檻」を発行した2013年冬インテで無料配布したペーパーのSSです。
本読んでないと訳分からなくね?とも思ったのですが、プロットは公開してるしいいかなぁって。
というか、むしろこの後のリンベル(リンマリ)デートを番外編にすべきだろうと自らにツッコまずにはいられません。
十中八九、街の美味いもの食べ歩きツアーになると思いますが。
身分を捨てた二人だけの生活というのも、パラレルならアリだと思うのです……。



2013年6月15日 UP




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