桃源郷かぐや姫








昔々、あるところに、金蝉という若者が1人で住んでおりました。
この金蝉という者は人付き合いというものが下手で、町外れにポツンと家を建ててそこに住んでいるのです。
しかも、上手く生活を送るという事が出来ない困った人でもありました。

そんな金蝉を見かねてか、以前町に行った際に知り合った捲簾という男が時々様子を見に来てくれたりします。
ついでに言うと、何故だか天蓬という捲簾の相方まで来ますが、彼は別に何をしに来るわけでもありません。
捲簾がせっせと働いているのを横目に、持ってきた本を読み耽っていたりします。


「だー! またこんなに洗濯物溜めこんでんのか!?
「うるせえ」
「ったく、天蓬といいお前といい、何でこうだらしねえヤツばっかなんだ……」
捲簾は呆れたようにため息をつきます。
無理もありません。普段から捲簾は同居している天蓬のズボラさに辟易しているのですから。
本来は家事など全く好きではない捲簾が、ついつい進んでやってしまうほどです。

捲簾は洗濯物の詰まった籠を抱えると、金蝉をビシッと指差しました。
「洗濯は俺がやっといてやるから、お前は竹取ってこい! 仕事の竹籠編みすら出来ねえだろ!」
「……面倒くせえ」
この金蝉のセリフに、捲簾のこめかみからはブチ。という音がしました。
「つべこべ言わずに行けー!」
怒鳴り声と共に、金蝉は用具一式と共に追い出されてしまいました。



何故自分の家なのに捲簾に追い出されなくてはならないのだろうと、金蝉は釈然としません。
ですが、今戻っても家に入れてもらえない事は確かです。
仕方なく金蝉は竹を取るために、山の中へと入っていきました。




面倒くさいと思いつつも、金蝉は実は真面目な人なので順調に竹を取っておりました。
すると、その金蝉の視界を光が掠めました。
何かと思ってそちらの方を見てみると、何と根元が光っている竹があります。
何処から見てもあからさまに怪しい竹です。
金蝉は一瞬見なかった事にしようかと思いましたが、その光の余りの暖かさについ引き寄せられてしまいました。

光る竹の前まで来て、金蝉はしばし考えました。
目の前の現実への対処法を考えていましたが、やはり何故光っているのか調べたくなるのが人というもの。
金蝉はその光る竹を切ってみる事にしました。

金蝉は振りかぶると、それはそれは美しいフォームで竹を真っ二つに切りました。
そして、その切った竹の中を覗き込んでみた金蝉は驚きを隠せませんでした。
それもそのはず、その竹の中には小さな小さな赤ん坊が入っていたのですから。
しかも、金蝉が切った切り口すれすれです。
あと数センチ下を切っていたら、この時点でこの赤ん坊の人生の幕は降りていた事でしょう。

ですが、そんな事は些細な事です。
手の平サイズの赤ん坊がすやすやと竹の中で眠っているのです。
多少変わり者ではあるものの、結構常識的な金蝉は有り得るはずのない現実に困惑しました。
しかし、そのまま捨て置く事も出来ず、金蝉はその赤ん坊を大事に抱えると家路につきました。





「……お前、いつの間に隠し子なんか作ってたわけ?」
「金蝉、お相手はどなたなんですか? 水くさいですね、紹介してくれてもいいじゃないですかぁ」
金蝉が帰った直後の、捲簾と天蓬の開口1番のセリフがこれでした。
「……お前ら、それ以外に言う事ねえのか?」
金蝉が怒るよりも先に呆れてしまったのも無理はありません。
普通の赤ん坊ならいざ知らず、身長10cmほどのミニマムな赤ん坊です。
普通ならば、隠し子云々よりもその正体を疑問に思うはずです。
「金蝉、そんな細かい事を気にしちゃいけません。こんなに可愛いんですからv」
どうやら天蓬はこの愛らしい赤ん坊がすっかり気に入ってしまったようです。

経緯を一通り話した後、問題はその赤ん坊の処遇に移りました。
「もし金蝉が育てたくないなら、僕が引き取ってもいいですよ?」
「つーか、その場合、世話すんのは俺なんだよな……」
天蓬の提案に、捲簾はふっと横を向きながらため息をつきました。
ですが、金蝉の口から出たのは、捲簾や天蓬にしてみれば意外な言葉でした。
「……いや、俺が育てる」
「おいおい、本気かよ?」
「熱でもあるんですか、金蝉?」
散々な言われようです。それだけ意外だったという事なのでしょう。

「拾ってきたのは俺だ。……だから俺が育てる。当然だろう」
実際のところは、こうして手の中に抱いていると、何故か赤ん坊を手放したくない気分になってしまうのです。
自分が見付けたという事にも何か意味があるような気がして、金蝉は赤ん坊を育てる事に決めました。

捲簾と、少しまだ未練がありそうな天蓬が帰ると、金蝉は片手で棚を開けました。
そして、まだ一度も使っていない竹籠に布を何重にも敷いた上に赤ん坊をそっと横たえました。
その無邪気な寝顔に金蝉は少し笑い、まだ名前をつけていない事に気付きました。
金蝉はその赤ん坊を見ながら、この赤ん坊にふさわしい名前は何だろうと考えました。
「……お前の名前は……『悟空』だ」
そう言うと、金蝉は『悟空』と名付けた赤ん坊をそっと撫でてやりました。








金蝉が不思議な赤ん坊を拾って『悟空』と名付けてからはや数年。
悟空は信じられないスピードで成長を遂げ、今では既に思春期といっていい歳になっておりました。
そしてその頃には、町や中央の都でも噂になるほどに悟空はとても美しく成長していたのです。
その輝くような美しさに、いつしか悟空は『かぐや姫』と呼ばれるようになっておりました。

そんな悟空を一目見ようと、この頃は金蝉の家の周りには人が、特に男性がたくさんやってきます。
もちろん、彼らの目的は評判の『かぐや姫』にお会いする事。
中には不埒な事を考える輩もいたのですが、そういう輩は金蝉や捲簾や天蓬にフクロにされておりました。
彼らはもう二度と近付く事はなかったと言います。それ以前に生死すらも確認されておりません。

皆一様に『かぐや姫』とお近付きになりたいのはやまやまなのですが、周りの余りのガードの固さに少しずつ諦める者が出てきました。
徐々に家の周りにうろついていた男達は姿を消していきます。
その一部は天蓬が笑顔でシメたとかいう噂が流れていますが、真相は定かではありません。



そんな中、5人だけが諦めずに今なお悟空に手紙を出しては悟空に会う機会を伺っておりました。
彼らは皆、家の外から偶然見る事の出来た悟空の姿を忘れられないのです。
「将を射んとすればまず馬から射よ」の言葉通り、金蝉と親しくなろうと色々策も練っています。
ですが、無自覚ながら完全親ばか状態の金蝉が、悟空に近付く男達に良い感情を持つわけがありません。
金蝉に追い払われながら、それでもその5人は諦めませんでした。


猪八戒。
沙悟浄。
紅孩児。
焔。
ナタク


この5人は、どれだけ金蝉達に追い返されても、何度も通いました。
もう一度あの姫のお姿を見たい。出来るなら、会って言葉を交わしたい。
その一心で、5人はひたすら毎日通い続けました。




そんな風にして、幾月が経った事でしょう。
金蝉も、彼ら5人の想いの強さを徐々にではありますが認め始めておりました。
もっとも、だからといって彼らを気に入るかどうかは別問題です。
金蝉にとっては、彼らは可愛い悟空に近付こうとする悪い虫以外の何者でもありません。
二度と来れないように、袋に詰めてそれにコンクリを付けて海に沈めたいくらいです。

そんな折、捲簾がいつもの如くやってきて、一つ提案を致しました。
「一遍会わせてみてもいいんじゃねえの? 悟空がアイツら気に入らなきゃ諦めるだろうし」
「……気に入ったらどうするんだ」
「そんときゃお前が諦めるんだな。娘の幸せを願うのが親ってモンだろ?」
珍しく捲簾の言う事は正論です。金蝉は言葉に詰まってしまいました。

結局、捲簾の意見を容れ、金蝉は渋々彼らを悟空に会わせてやる事にしました。
もちろん、内心はさっさとフラれてしまえと思っているのは間違いありません。
その旨を5人それぞれに伝えたところ、5人は大喜びしました。
ずっとずっとお慕いしていた姫に、ようやく会えるのですから当然です。


その日取りは3日後という事にして、金蝉は悟空のいる部屋の前に立ちました。
「……悟空、入るぞ」
そう言って、金蝉は悟空の部屋へと入っていきました。
「金蝉。どうしたの? 何だかいつもより不機嫌そうだけど……俺、なんかしたっけ……?」
悟空は少し不安そうな顔をして、金蝉を見つめています。
そんな悟空を安心させてやりたくて、金蝉は頭を撫でてやりました。
「そうじゃない。……前からこの家の周りをウロウロしてる連中の事は知ってるな?」
「うん。5人くらいだっけ? 毎日来てるよな、何でか知んないけど」
彼らの目的に全く気付いていない悟空に、金蝉は少しだけ苦笑しました。
出来るなら、この悟空には、いつまででもこんな風に純粋でいて欲しいと思ってしまうのです。
ですが、約束した以上は金蝉も悟空に話さなければいけません。

「アイツらは、お前に会いに来てるんだ」
「俺に? 何で?」
「……お前を娶りたいと思ってるんだろう」
「『めとる』って何?」
「お前と結婚したい、という事だ」
「結婚って………………ええっ!?
悟空は瞳が零れ落ちそうなくらい驚いています。
それはそうでしょう。悟空にとっては寝耳に水の話なのですから。

「け、結婚って、俺が!?
「アイツらがそう望んでるだけの事だ。決めるのはお前だ」
「決めるって……どういう事?」
首を傾げている悟空に、金蝉は先程5人に伝えた事を悟空にも話しました。
そして、最後に付け加えました。
「悟空、お前自身の気持ちが第一だ。お前が会いたくないならこの話はなかった事にする」
そう言って黙った金蝉に、悟空は戸惑うような眼差しを向け、考え込んでしまいました。


そしてパッと顔を上げると、悟空は金蝉に言いました。
「……会ってみる。俺、金蝉と天ちゃんとケン兄ちゃん以外の人と話した事ないし……。
 あ、でも別に結婚するとかじゃなくてっ! 会ってみるだけなら会ってみたい」
お見合い写真を見て迷っている箱入り娘のような事を悟空は言います。
悟空がこう言うなら、金蝉も承諾せざるを得ません。
ですが、金蝉は世間知らずの悟空が彼らに上手く丸め込まれないかとても心配です。
「……分かった。会見の時は俺も立ち会うから、安心しろ」
おそらくは、悟空を猫可愛がりしている天蓬や、それに付き合う形で捲簾も立ち会う事でしょう。
普段は鬱陶しがったりもしていますが、今回ばかりは金蝉も彼らが頼もしく思えます。
絶対に上手くいかせるものかと珍しく闘志を燃やす金蝉でありました。







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2002年6月20日UP




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