そうこうしているうちに、会見の日がやってきました。
悟空の向かって左側に金蝉が、右側にやっぱり来た天蓬が座っています。
そこに、捲簾が5人の求婚者を連れて入ってきました。
5人の求婚者達は悟空の目の前にずらりと並んで座りました。
まず、口を開いたのは碧の目の青年でした。
「金蝉様、この機会を設けて頂きありがとうございます。
……姫、お初にお目にかかります。猪八戒と申します」
「うん、初めまして。俺は悟空だよ」
「悟空様ですか。とても良いお名前ですね」
金蝉につけてもらった名前を誉められて、悟空はちょっと嬉しそうに笑いました。
その笑顔に5人の求婚者達は見惚れてしまいました。
「ありがとう。でも『悟空様』とか『姫』とかは止めてよ。なんかくすぐったいし……」
「では、何とお呼びすれば……」
「別に、普通に『悟空』でいいよ」
その悟空の言葉に、八戒は嬉しいながらも戸惑ってしまいます。
いきなり呼び捨てでいいと言われても、目の前にいるのはずっと焦がれていた姫なのです。
「……それでは、もし金蝉様にお許し頂けるのであれば、そう呼ばせて頂きたく……」
八戒は悟空の親たる金蝉にお伺いを立てる事にしました。
ここで、金蝉の意向を無視してしまうほど八戒はバカではありません。
「悟空が良いと言うなら、俺が口を挟む事じゃない」
金蝉は憮然としながらも、そう答えました。
口ではそう答えながらも、内心は面白くないと思っているのは間違いありません。
それでも、一応許可が出た事は確かです。
八戒は喜びを隠し切れずに、目の前にいる姫に呼びかけました。
「では悟空、僕は貴方を一度お見かけした時から、ずっとこうしてお話がしたいと思っておりました」
「俺を見かけた時?」
「はい。外に出ていらっしゃる貴方を偶然お見かけし、僕はその時から貴方に心を奪われたのです」
はっきりと直球に想いを告げられ、悟空はちょっとうろたえてしまいました。
悟空は今まで色恋には全く縁がなかっただけに、動揺は大きいものでした。
「こ、心を奪われたって……俺に!? ど、どうして……」
「理由など分かりません。ただ、一目見た時から、貴方のお姿が心から離れなくなってしまったのです」
八戒は悟空の瞳をじっと見つめます。
女性を口説く時には瞳を見つめて、という鉄則を心得ているのはさすがです。
すっかり出遅れ、置いて行かれた残りの4人は、割って入るタイミングも掴めずに少々焦っておりました。
このままでは、悟空の心を八戒に持っていかれてしまうのではないかと気が気ではありません。
しかし、迂闊に口を挟めば場の空気を壊してしまう事は確実です。
そうなれば、当然姫の心証も悪くなる事でしょう。
なかなか打つ手が見出せず、4人はそれぞれ密かにタイミングを計っておりました。
そんな時、悟空の傍に座っていた天蓬が口を開きました。
「八戒殿と申しましたか。貴方の誠実なお心は悟空にも十分に伝わった事と思います」
その声に、八戒は天蓬の方を向きました。
「ありがとうございます」
「しかし、僕や金蝉としては、悟空が幸せになってくれる事が一番大切な事なんですよ」
「はい、重々承知致しております」
「それは良かった。つきましてはですね、貴方がたの甲斐性というか、どれだけの事が出来るかを見せて頂きたいんですよ」
そう言うと、天蓬はニッコリと笑って5人の求婚者達を見回しました。
八戒と悟空の会話が途切れたのを幸いと、紅い髪の青年が口を開きました。
「上等だな。そこなる姫の心が得られるんなら、どんな難題だってこなす自信があるぜ?」
そう言いつつ、青年は悟空に向き直りました。
「姫……いや、悟空。俺は沙悟浄。気持ちなら、俺だって八戒には負けてねえぜ」
喋り方は八戒に比べて随分乱暴ですが、その分飾り気のない印象を悟空は受けました。
その自信に満ちた態度が頼もしさを感じさせると共に、何処か温かい雰囲気を持っています。
「俺の事も忘れてもらっては困るな」
悟浄の横で不敵に笑ったのは、金と青の瞳を持つ青年でした。
片方だけとはいえ自分と同じ金色の瞳を持つ彼に、悟空は少し驚きました。
「え、と、アンタは……?」
「俺の名は焔。……悟空、俺の手はお前のためだけにある」
焔は手をすっと悟空へと伸ばします。
その気障な仕草に、他の4人はちょっと砂を吐きそうになりました。
ですが、そんな事は言っていられません。
まず、悟空の心を掴む事が何より先決です。
そこに、少々元気な少年の声が響きました。
「俺だってずっとこの日を待ってたんだ。……悟空、俺は。
最初に見た時、「コイツだ」って思った。何でか分からないけど、そう思ったんだ」
他の求婚者達のように上手く言葉を組み立てる事は出来ないですが、その年相応の純粋さは他の4人にはないものでした。
邪な感情がない分、金蝉や天蓬に気に入られそうなタイプです。
悟空と年齢が近いせいもあり、が笑うとつい悟空も笑顔を返してしまいます。
ただ、それはむしろ恋人というよりは友達に対するもののように思えました。
そして一番最後に、褐色の肌の青年が口を開きました。
「……姫、俺とて気持ちでは他の4人にひけをとらないつもりだ。
貴方のためなら、この紅孩児、どんな不可能でもやり遂げてみせる」
態度は控えめながら、その誠実で真面目な瞳は、彼の言葉が本心である事を悟空に告げます。
彼もまた、金蝉や天蓬に好印象を残せそうな感じの青年でございました。
5人それぞれが自らの想いを語ったところで、天蓬が先程の話の続きを始めました。
「皆さん覚悟は出来ているようですので、早速課題を発表しましょうかv」
いつの間に『課題』という事になったのかとその場の全員が思いましたが、口にするものはいませんでした。
そして5人の求婚者の顔を見渡し、天蓬はおもむろに口を開きました。
「ではまず、八戒殿。貴方には名古屋名物のういろうを100kgほど」
「……は?」
さしもの八戒も、余りに予想外な要求に間の抜けた声を出してしまいました。
「聞こえませんでしたか? 名古屋名物のういろうを100kg、ですよv」
あくまでもにこやかな笑みを浮かべる天蓬に、八戒はちょっと自分に似たものを感じ取りました。
そして、天蓬が本気だという事も何となく分かってしまったのです。
「……あの、『名古屋』というのは一体……?」
「それはご自分で調べて下さいね。それも課題の一つですよ」
あっさりと言うと、天蓬の視線は悟浄に移りました。
正直、悟浄は何を言われるのかとても悪い予感を覚えました。
そして、悟浄の悪い予感は十中八九当たるのです。
「悟浄殿。貴方には大阪名物のたこ焼きを100箱お願いしますねv」
またも謎の地名が出てきて悟浄が混乱している隙に、天蓬は次々と課題を課していきました。
「焔殿にはブラジルのコーヒー豆を100kg、殿は四川の麻婆豆腐100皿、
紅孩児殿には新潟産こしひかりを100kg、という事で」
一気に言い切り、天蓬はにっこりと笑いました。
さりげなく場所が遠かったり近かったりするのは、天蓬の私的感情が多分に含まれているに違いありません。
天蓬の要求を聞いて、金蝉は呆れると共にちょっと安心しました。
こんな無茶な要求をこなせるはずがないからです。
ちなみに、天蓬の横に座った捲簾は100%呆れています。
どうやら、天蓬は最初から悟空を嫁にやるつもりなどさらさらなかったようです。
しかし、相当混乱していた求婚者達は気を取り直して立ち上がるとそれぞれ宣言しました。
「……分かりました。必ず手に入れて参ります」
「ぜってえ持って帰ってくるからな。待ってろよ、悟空」
「俺の手を取る日はすぐにくる。少しだけ待っていろ」
「何が何でも手に入れてくるからな、悟空!」
「お前のために必ず手に入れてこよう」
悟空に向かって言うと、5人の求婚者達は早速行動に移すべく部屋を出て行きました。
後に残された悟空は、呆気に取られていました。
いつの間にか話が進んでいたのですから、無理もありません。
「て、天ちゃん、どうなってんの?」
「悟空を娶りたいなら、それに見合う男である事を証明しろと言っただけですよ」
「……もし、さ、持ってきたら、俺、そいつのトコに嫁に行くの……?」
悟空は少し不安そうな目で金蝉を見つめました。
その目を見た金蝉は、天蓬を睨みながら答えました。
「あれはコイツが勝手にした事だ。持ってきたからといって、結婚する必要はねえ」
「そうですよ。何も僕は『持ってきたら結婚させる』だなんて、一言も言ってませんし」
あっけらかんと言い放った天蓬を、今度こそ完全に呆れた目で金蝉は見ておりました。
この頃には、かぐや姫こと悟空の美しさは帝の耳に届くまでになっておりました。
「世にも美しい姫」の噂は、都でもかなり有名になっているのです。
ですが、帝はそういった色恋に全く関心がなく、かぐや姫にも全く興味をもっておりませんでした。
「三蔵様、『かぐや姫』と呼ばれる姫の事はご存知でしょうか」
月明かりが窓から薄く入ってくる中、帝付きの女官がお茶を運びながら帝へ話しかけます。
「聞いた事はある。それがどうした」
「とてもお美しい姫だとの噂です。やはり興味は惹かれませんか?」
「惹かれんな。俺には関係ない。……それよりも八百鼡」
「はい」
「あの女どもをどうにかしろ。鬱陶しい」
帝───三蔵は目の前に置かれたお茶を飲みながらため息を吐きました。
三蔵の言う『あの女ども』というのは、帝である三蔵に献上されてきた女性達の事でございます。
大貴族達はこぞって美姫を三蔵に献上しようとするのです。
それによって、帝との関係を深めたいという狙いである事は見え見えです。
ですが、そんな貴族達の思惑も三蔵の前では無駄以外の何物でもありません。
何しろ三蔵は帝という立場にも関わらず、今まで浮いた噂の一つもないのですから。
そしてそんな三蔵を、女官として三蔵に仕えている八百鼡は心配しておりました。
帝である以上、三蔵には後継ぎが必要なのです。
にも関わらず、三蔵は正室も側室も一向に迎えようとしません。
女性に興味がないにも程があります。
八百鼡も仕え始めた当初は、三蔵に男色の気があるのではないかと疑ったほどです。
今はもう、女性だけではなく単に他人に興味がない人なのだと悟っております。
それが分かっても、八百鼡としては三蔵に早く正室を迎えてほしいというのが本音です。
ただ、三蔵の心を射止められる女性などそうそういるはずがありません。
そんな時に耳にしたのが、『かぐや姫』の噂です。
遠く都まで噂になるほど美しい姫ならばもしや……と八百鼡が思うのも無理からぬ事でしょう。
結局、三蔵は『関係ない』の一言で切り捨ててしまいましたが、八百鼡は諦めてはいませんでした。
「分かりました。あの姫様方には丁重にお引き取り願っておきます。
それはそうと三蔵様、来週の狩りの件ですが場所が変更になったそうです」
「変更だと?」
「はい。詳しくは明日の謁見で独角がご説明するとの事です」
「……分かった。ここはもういいから、お前もそろそろ休め」
「ではお言葉に甘えまして、これで失礼します。おやすみなさいませ、三蔵様」
八百鼡は一礼すると、部屋から出ていきました。
廊下を歩きながら、八百鼡は少し機嫌が良さそうに笑っておりました。
狩場の変更は、八百鼡が独角に頼んでおいたのです。
『かぐや姫』の出来るだけ近くに、三蔵を連れ出すために。
もちろん、宿の手配もぬかりはありません。『かぐや姫』の住む家の近くを押さえてあります。
これぐらいしなければ、三蔵を『かぐや姫』に逢わせる事など出来ないのです。
本当に手のかかる帝です。
八百鼡は廊下の窓から月を眺め、静かに祈りました。
願わくば、『かぐや姫』が帝の心を満たす存在でありますように……と。