狂者の館







もう陽が傾き、木々が紅く染め上げられた森の中。
三蔵一行を乗せたジープはひたすら道なき道を突き進んでいた。

「な、なあ、ホントにこれで道、合ってんのか〜!?
凸凹した獣道を疾走しているせいでやたらと揺れているジープの後部座席で、
悟浄が運転席の八戒の方に身を乗り出しながら尋ねる。
「う〜ん、地図では確かに道が書かれてるんですけど……」
「これ……道かぁ?」
とてもではないが、車が通れるような道ではない。
歩いて通過するのも一苦労しそうな悪路である。
この悪路を何とか車で走っていられるのも、ジープの性能の良さと八戒の運転技術の賜物である。

森に入ってしばらくはマトモな道があったのだが、だんだんと道が荒れていき、今に至る。
迂闊に喋ると舌を噛みそうなので、後部座席の2人もいつもよりは大人しい。
そんな中、三蔵が、運転に集中している八戒に声を掛ける。
「おい、八戒。一度停めろ」
その声を受けて、八戒は緩やかにブレーキを踏み、停車させた。

背凭れに凭れて一息ついている八戒の横で、三蔵は荷物から取り出した地図を広げている。
「……妙だな」
「ええ……。方向は間違ってないハズなんですが……」
八戒も横から地図を覗き込んで考え込んでいる。
確かに、この地図の通りに走ってきたのだ。
本来ならあるべき道がない。そして、森を抜ける気配も一向に感じられない。
だが、地図と実際の行路が一致しない場合が多々あるのも事実だ。
以前にも砂漠を通った際、地図よりも相当砂漠が広がっていた事があった。
となると、この地図はあまり信用すべきではないのかもしれない。

「どうしますか、三蔵? このままじゃ、今日はこの森の中で野宿になりそうですよ」
地図を畳みながらの八戒の声に返事を返したのは、三蔵ではなく悟空だった。
「ええ〜! 今日も野宿なのか!? う〜……もう、食糧だってあんまないじゃんかぁ……」
悟空は後部座席にヘナヘナとへたり込んでしまう。
が、ふっと顔を上げると、横を向いて木々の奥を見つめている。
「……おい、どうしたんだ?」
悟浄がその様子に気付いて悟空の視線を追うが、特に何も見えない。

「……なんか、聞こえる」
「なんかって何だよ?」
「ん〜……、唸り声みたいな……」
そう言いかけた時、森の奥の方から草木の間をザザザッと何かが近付いてくるような音が聞こえ、
次の瞬間、複数の影が飛び出し、4人に向かって飛びかかってきた。

4人は瞬時に臨戦体制を整え、『影』達を迎撃する。
思ったよりもあっけなく、その『影』達は吹っ飛ばされて地に這った。
その複数の『影』を、4人はそれぞれジープを降りて確認した。

「……野犬……ですね」
4人に襲いかかってきたのは、野犬の群れだった。
こんな森の中である。野犬がいても不思議はない。
この分でいくと、どうやらこの森はそういった野生動物が群れて生息しているのかもしれない。
「困りましたねぇ……。他にも野犬の群れがいるとなると、野宿も難しくなりそうですね」
「え? でも野犬ぐらい大した事ないじゃん」
悟空はキョトンとしている。
「起きてる時はそうですけど、この分だと眠ってる時にも襲ってきそうですし……。
 襲ってくるたびに迎撃してたら、結局眠れませんよ?」
「あ、そっか……」
「ち、とりあえず行ける所まで進むしかねえな」
三蔵の言葉に、八戒も賛成する。上手くいけば、夜までに森を抜けられるかもしれない。



いつもなら、早めに野宿の場所を決めて準備なりをするのだが、今日はギリギリまで走ってみる事になった。
先程までよりも少しスピードを上げて、ジープは森の中を疾走していく。
当然揺れもさっきより酷く、自然と4人の間にもいつにない静寂が訪れていた。





すっかり辺りも暗くなっていき、そろそろ限界かと思い始めた頃。
悟空が突然立ち上がって声を上げた。
「なあ、あそこに見えるの、家じゃねえ!?
そう言って、斜め前方を指差す。
それにつられて三蔵と悟浄もその方向に視線を向けた。
八戒も、スピードを緩めて、悟空の指差す方向を見る。

暗くて今いち判別しにくいが、確かに、何か建物らしきものが見えた。
ただ、その大きさから言って家というよりは『館』と言った方が正しいように思えた。
「珍しいですね、こんな森の中に……」
「いいじゃんか、別に。それよりさ、あそこに泊めてもらえないか訊いてみようよ!」
悟空が前の席に身を乗り出して主張する。

「……そうですねぇ……」
八戒は前方からは視線を外さないまま、思考を巡らせている。
それは、三蔵も同様だった。
こんな野犬の群れが生息している森に人家がある事自体、奇妙である。
加えて、このタイミングの良さ。
罠である可能性も、決して低くない。

「行っとけって。野宿よりマシだろ?」
三蔵と八戒の懸念を読み取ったのか、悟浄がシートに凭れかかりながら提案する。
そう、あの館を無視すれば野宿は避けられない。
そうなれば、野犬の群れによって徹夜を強いられる事になるだろう。
それに、もしもあの館が罠なのだとしたら、あの野犬すらも誘い込むためのものである可能性が高い。
だとするなら、館に行かなかったとしても何らかの襲撃はあるはずだ。
……結局は、罠の場合は行っても行かなくても面倒な事になるのは変わらないのだ。

それなら、罠であれ、単なる偶然であれ、館に行った方が今の状況よりはマシだろう。
偶然ならそのまま一夜の宿にありつけるし、罠だとしたらさっさと元凶を叩いてしまえばいい。
三蔵はそう結論付けて、決定を下す。

「……八戒、あの館に向かえ」
「はい、分かりました」
おそらく八戒もほぼ同じ結論に達したのだろう、即座に答え、方向を館に向けた。





方向を変え、しばらく走ると、少し開けた場所に出た。
その開けた場所の奥に、先程の館がその存在を主張している。
館の前まで来てジープを停めると、4人はそれぞれジープから降りた。

「へ〜っ、結構でけえな」
悟浄は感心したように館を見上げている。
街の富豪のお屋敷のような、そんな印象を受ける。
しかしそれは建物の造りに関してであり、実際に近くで見ると少し荒れた感じである。
「人が住んでるようには見えませんね……」
「廃屋って事かよ?」
廃屋というほど荒廃はしていないが、人が住んでいるような、そういう生活の気配が感じ取れない。

それでも一応、確認の意味も込めて声をかけてみる。
「すみませ〜ん! どなたかいらっしゃいませんか〜!」
やはり返答はない。
「どうします? 誰もいないみたいですけど……」
八戒が振り返ると、悟空が扉の前まで進んで、ノブを掴んだ。

カチャリ。

拍子抜けするくらいあっさりと、扉が開かれる。
「……開いたけど」
「あっさりだな、おい」
言いながら、悟空と悟浄は中を覗き込んでいる。


中に何者の気配も感じない事を確認すると、悟空と悟浄はゆっくりと中に入る。
その後ろから、八戒と三蔵も足を踏み入れた。

「……何だ、別になんもねえじゃん」
中は、至って普通だった。少々埃っぽいのを除けば。
杞憂だったのかもしれない。辺りを見回しながら、八戒はそう思った。
「これなら、ちょっと掃除すれば十分いけそうですね」
「ああ……」
三蔵は周りを観察しながらも、肯定の返事を返す。

「うわっ!」
突然の声に、他の3人が一斉に振り向く。
「どうしたんですか、悟空!?
八戒が悟空に駆け寄る。
「あ、ううん。目の前ネズミみたいなのが走り抜けたからちょっとびっくりして……」
「んだよ、たかがネズミで声上げんなってーの。何かと思うじゃねえか」
「だって、なんかネズミにしては大きかったんだもん」
「こんなトコなら、ちょっとくれえ成長したネズミがいてもおかしくねえだろ」
「ん〜、でも……」
まだ悟空は少し納得がいかないようだが、もうそのネズミも視界からはいなくなっている。
気のせいだろうと思い、悟空は改めて中に進み、周りの部屋を覗いて回る。

「なあなあ、こっち、食堂がある!」
悟空が右手にある一室を覗き込みながら手招きしている。
「あ、ホントですね。……調理器具も何とか使えそうですし、久々にマトモな料理が作れそうですね」
「やった〜! メッシメッシメッシ〜♪」
「うるせえ!」
スパァン!と勢いよくハリセンが悟空の頭に振り下ろされる。

「ったく……。おい、悟空、使えそうな部屋探して掃除しろ」
「俺が!?
「当たり前だ。八戒は食事の仕度があるだろう」
「悟浄だっているじゃん!」
「け、俺が部屋掃除なんてするわけ……」
「悟浄には風呂を掃除させる」
「って、何で俺がンな事しなきゃなんねえんだよ!?
「汗臭いままで寝たいのか?」
「……お前は何するわけ?」
「念のために、この館の内部を見て回る」
「それはサボリだろ、コラ」
「三蔵、ズリ〜!」
「うるさい! つべこべ言わずにさっさと行け!」
悟空と悟浄がぶつぶつ言いながらも、それぞれ散っていく。
三蔵はそれを確かめた後、ゆっくりと2人とは別の方向に足を向けた。





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2001年12月14日UP




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