三蔵様サイド・シリアスバージョン



蓮萌と悟空を外に遊びに行かせ、三蔵は蓮萌の母親と向かい合って座っていた。
「どうぞ」
コト、と三蔵の前にお茶が置かれる。
「……あの子供は俺を父親だと勘違いしているようだが、どういう事なんだ?」
単刀直入に話を切り出す。のんびりとお茶を飲んでいる気分でもない。

「それは……見て頂いた方が早いかもしれませんね……」
母親はそう言って席を立ち、隣の部屋に入っていく。
戻って来た時には、その手に写真立てのようなものが握られていた。

その写真立てを、テーブルの上にコトリと置く。
そこに写っている人物を見た瞬間、三蔵の目が見開かれる。
予想通りではあったのだが、ある意味予想以上だった。

写真に写っているのは、親子3人。
1人は今より少し幼い蓮萌。もう1人は今目の前にいる蓮萌の母親。そして、あと1人は……。

「……これが父親か」
「……はい」
写真の中で優しげに笑っているのは、20代であろうと思われる男。
その容姿は……まさしく三蔵に生き写しだった。
三蔵の髪よりは少し暗めの金褐色の髪に、漆黒の瞳。
多少カラーリングと浮かぶ表情は異なるものの、顔の造作は鏡に映したかのようだった。
これでは、まだ幼い蓮萌が三蔵を父親だと間違えても無理ないのかもしれない。
……しかし。

「それで、ここに写っている本人はどうした」
「……死にました。1年前……」
押し殺したような声で、母親は呟く。
「1年ほど前、妖怪達が突然おかしくなって人を襲い始めた時、主人も……殺されました。
 私はその時、蓮萌を連れて母のいる実家に戻っていたんです」
三蔵は母親の話を黙ったまま、じっと聞いている。

「私の実家のある村は妖怪も余りいなくて、私達は無事でした。
 でも異変は十分過ぎるほど分かり、急いで私だけこの街に帰ってきたんです。
 この街は妖怪も多いし、危ないと思ったので蓮萌は母に預けたまま……。
 帰ってきて、私が目にしたのは……妖怪に喰い殺された、主人の変わり果てた……姿でした……」

最後の方の声が、涙混じりになっていた。
たった1年前の出来事だ。吹っ切るには、1年は余りにも短すぎる。
悟浄や八戒辺りならここでハンカチの一つでも差し出すのだろうが、生憎三蔵の行動パターンにそれはない。
母親は、指で涙を拭いながら話を続ける。

「私は、主人の埋葬をし、蓮萌の待つ実家に戻りました。
 でも、蓮萌には……どうしても、言えませんでした。
 私は嘘を吐きました。『お父さんはお仕事で遠くの街に行っている』と。
 とても大変な仕事だから、たくさん時間がかかるんだ、と……。
 それから蓮萌は、ずっと待っているんです。父親が帰ってくるのを……」



蓮萌の母親の話は、三蔵が予測していたものと大きな差異はなかった。
もちろん細部は異なるものの、こんな感じだろうとは思っていた。
幸せな日常。ずっと続くと思っていたそれが、突然に奪われる事の痛みを三蔵はよく知っている。
だから、この話を聞いて、何も思わないわけではない。
しかし、だからといって三蔵は蓮萌の父親ではないし、それを演じるつもりもない。

「……話は分かった。だが、俺達は明日の朝にはここを発つ事になっている」
「……はい。随分ご迷惑をお掛けしてしまって、すみませんでした。
 あの子には、私の方からよく言って聞かせますので……」
母親は深々と頭を下げ、三蔵に謝罪する。
三蔵は、この家までわざわざ足を運んだ目的は果たしたのだからそれでいいはずだったが、何処か後味の悪い気分を拭い去る事は出来なかった。



三蔵は席を立つ。後は悟空を連れて宿に帰るだけだ。
「……では、俺は失礼する。邪魔したな」
「いえ、こちらこそご迷惑を……」
三蔵が扉の方に向かおうとすると、母親は先に玄関に向かい、扉を開ける。
三蔵は一度だけ目をやると、家の外に出た。

家の外には悟空と蓮萌の姿はなかった。
大方、何処か別の場所で遊んでいるのだろう。
子供の遊び場を知っている蓮萌の母親の案内で、三蔵はそこに向かった。



案の定、悟空と蓮萌はそこで遊んでいた。
どうやらすっかり仲良くなってしまったようだ。
悟空は、子供の面倒を見るのが意外と上手い。
視点がさほど変わらないせいか、子供がよく懐くのだ。

「おい、悟空」
「あ! 三蔵!」 「おとーさん! おかーさん!」
悟空と蓮萌の声が同時に響く。
2人揃って、三蔵と母親の方へ駆けてきた。

「三蔵、話終わったのか?」
「ああ」
悟空が何処か不安そうな瞳で三蔵を見上げている。
やはりまだ誤解したままのようだ。説明もしていないから当たり前なのだが。

蓮萌は楽しかった事を母親に報告している。
「おかーさん! 悟空兄ちゃんにいっぱい遊んでもらったんだよ」
「そう、良かったわね。悟空さん、蓮萌と遊んで下さってありがとうございました。
 じゃあ蓮萌、お家に帰りましょうか」
「うん! おとーさん、一緒に帰ろ!」
そう言って、蓮萌は手を三蔵に差し出した。

それを見て、蓮萌の母親は一瞬つらそうな表情になる。
それでも蓮萌の手を引いてしゃがみ込み、目線を合わせながら蓮萌に言い聞かせるように言う。
「蓮萌……一緒には行けないの……」
「どーして!? せっかく帰ってきたのに!」
蓮萌は、今にも泣き出しそうな顔で非難するような声を上げる。
「その人はね……お父さんじゃ……」
母親がそう言いかけた時、三蔵が蓮萌の頭に手を置いた。
母親は、心底驚いたように三蔵を見ている。

「おとーさん、一緒に帰るんだよね……? もう蓮萌、置いてったりしないよね……?」
蓮萌は目に涙を浮かべながら、必死に三蔵に同意を求めている。
「……蓮萌。俺は大切な仕事が残っている。だから行かなくちゃならない」
三蔵自身、自分は何を言っているのかと思う。
父親を演じてやる義理などない。三蔵には関係のない事なのだから。
……しかし。

「ヤだよぉ……。置いてっちゃヤだ……。おとーさぁん……」
ポロポロと、蓮萌の瞳から大粒の涙が次から次へと零れ落ちる。
三蔵は蓮萌の頭に置いたままの手で、そのまま髪をクシャクシャと撫でてやる。

「仕事が終わったら、必ず帰ってくる。だから、それまで良い子にして待っていろ」
こんな一時の気休めが却って残酷なものである事くらい、三蔵にも十分に分かっている。
どれほど待っても、父親が帰ってくる事はないのだ。
それでもせめて、成長して現実を現実として受け止められるだけの精神的強さを手に入れるまでは、約束を信じ、夢を見ていてもいいのではないかとも思う。

三蔵の言葉に蓮萌は顔を上げ、しゃくりあげながら三蔵に尋ねる。
「ホント……? ヒッ・・ク、ホントに……帰ってくる……?」
「ああ」
「……うん、……待ってる……。蓮萌、良い子にして待ってるからぁ……。
 絶対……ック、絶対、帰ってきてね……? 約束、だよ……、おとーさぁん……」
泣きながらも三蔵の言う事に頷く蓮萌の頭をポンポンと軽く叩く。
そして、蓮萌の母親の方に一度視線を向けると、母親が蓮萌の肩を抱きかかえる。
「蓮萌……。ほら、笑って。お父さんに『いってらっしゃい』って言ってあげようね」
「うん……。おとーさん、いってらっしゃい。早く帰ってきてね」
蓮萌は涙を両手でゴシゴシと拭って、精一杯の笑顔を三蔵に向ける。
「ああ。……悟空、行くぞ」
「え、あ、うん……」
悟空は蓮萌の方を気にしていたが、すぐに三蔵の後ろについて歩き始めた。



「……なあ、三蔵。良かったのか……?」
「何がだ」
「あの子、放っておいてさ」
悟空はまだ、後ろを時々振り返っている。
「……お前、まさか未だに俺があの子供の父親だとか思ってねえだろうな」
「え、だってさっき三蔵、『帰ってくる』とか言ってたじゃんか!」
「『嘘も方便』という言葉も知らんのか、お前は」
「……『嘘』……? 嘘なのか……?」
「当たり前だ! 勝手に人を子持ちにするな!」
スパアン!と、本日二度目のハリセンが的確にヒットする。

「そっか、三蔵の子供じゃないんだ!」
ハリセンを振り下ろされたにも関わらず嬉しそうな悟空を見て、三蔵は小さくため息をつく。
あからさまに安心している悟空に、思わず苦笑が浮かんだ。
「……悟空。さっさと煙草買って帰るぞ」
そう言って、更に三蔵は足を速めた。

慌てて三蔵の隣まで小走りに走ってきた悟空を見ながら、ふと思う。
本当は、今更帰る所などない。
もう既に、自分は『帰るべき場所』にいるのだから。





END






おまけ後書き。

おまけバージョン・三蔵サイドシリアス編、いかがなものでしょうか。
本当はこれを本編にするはずだったんですが、どんどんどんどんドシリアスになってきたため
「これに八戒さんの実況を入れるのもどうだろう」と思い、変更しました。
話がありがちな上に、設定がベタです……。
しかし、結構私なりに気に入ってたりするので、お気に召して頂ければ幸いです、Silice様……。
三蔵様が偽者なほどに甘いのは、私の趣味です。すみません。
Silice様、よければこのおまけバージョンも本編と一緒にもらってやって下さいv


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