暖かな陽射しが照らす中、今日も今日とて三蔵一行を乗せたジープはひた走っていた。
「なあ、八戒。まだ街に着かねーの? 俺、腹減ったぁー」
「うーん、今日中に着けますかねぇ……」
後ろから降ってくる今日何度目かの同じ質問に、八戒は言いにくそうに現在の時点での予測を口にした。
朝から刺客の団体様がやってきたりしていたため、予定が大幅に遅れてしまっているのだ。
「えー! また野宿なんてヤダよ、俺!」
悟空があからさまに不満を訴える。
三蔵達にしても、悟空の気持ちが分からないでもない。
そうでなくてもここ最近は、あったとしてもろくに身体を休める施設も整っていない小さな村ばかりで、いい加減ちゃんとしたベッドで眠りたいのは他の3人も同じだ。
しかし、この調子では日が暮れるまでに目的地である街まで辿り着ける可能性は低い。
地図を確認し、そう判断した三蔵はとりあえず今夜の就寝場所を考える。
「この先の森まではどのくらいで着く」
「そうですね……。それくらいなら2〜3時間で着くと思いますが」
「なら、今日はその森までだ」
三蔵のあっさりとした言い方に、悟空と悟浄が慌てて反論する。
「えー、何でだよ!? まだ日ぃ高いのに!」
「そうだぜ、三蔵。行けるとこまで行きゃあいいじゃねーか」
「うるせえ、単細胞ども。地図も見ねえヤツがほざくな」
三蔵は容赦なく言い捨てるが、実際2人とも地図の確認など三蔵と八戒に任せているのだから言い返しようがない。
見かねた八戒が、悟空と悟浄に説明する。
「この先の森を越えると、しばらく湿原が続くんですよ」
「それが何でダメなんだよ?」
悟空が不思議そうに尋ねる。
「湿原には、たまに底無し沼なんてものがあったりしますからね。明るい時に抜けないと危険なんです」
その説明に、悟空と悟浄もようやく納得したようだった。
「なら、最初からそう言えよ。全くこの最高僧サマはよ」
「無駄な労力は使わん主義でな」
「……そーだよなー、この頃体力落ちてきてるし? 無駄には出来ねーよなあ」
言うと同時に、悟浄の額に向けて正確に銃口が向けられる。
「なら、無駄な労力を使わせる原因を絶ってもいいが?」
「スミマセーン。使わせませーん……」
両手を上げた悟浄を見て、三蔵は銃をしまって前に向き直った。
とりあえず話がまとまり、森へとジープを走らせる。
いつも通り、悟空と悟浄がケンカをしつつ三蔵がキレてそれを黙らせるという実に平和な走行を続けていた。
ふと、悟空の視線がジープの遥か左斜め前方に向けられる。
「……なあ、あそこにあるの……何だ?」
「ああ? あそこってどこだよ」
悟浄が悟空の視線を追いつつ尋ねる。
「ほら、あのでっかい岩の先の方」
悟空が指差すものの、三蔵達3人には何があるのかまだよく分からない。
その岩に近付くにつれ、その先にあるものが少しずつ見え始めた。
「……もう少し、あちらに寄ってみましょうか」
八戒が少しだけハンドルを左に切り、そちらに近付く。
例の岩を過ぎ、目の前を塞ぐ障害物がなくなった時、それははっきりと姿を現した。
「これは……村……?」
ジープをすぐそばにつけて一旦止め、八戒が呟く。
4人の前にあるのは、村。……いや、かつては村であったであろうもの。
「廃村だな」
三蔵はジープの助手席に座ったまま、辺りを見回した。
民家の多くは崩れ、大地や植物は荒れ、人一人の気配すらしない。
何かの災害に遭ったのか、それとも何らかの理由で村人が故郷の村を捨てたのか。
それは分からないが、さして珍しいと言えるものでもない。
特に、異変が現れ始めてからはこういった村も増えている。
ただ、この村が寂れてから、かなりの時間が経過しているだろう事は見て取れた。
おそらく妖怪達の暴走よりも大分前に、無人の村となってしまったのだろう。
だが確かに、少々奇妙な点はある。
第一に、この村のあるこの場所。
前の街からこの村に着くまで2日ほどかかっている。それもジープでだ。
刺客の襲撃に遭った時間を考慮しても、歩きなら何倍もの時間が掛かるだろう。
まして、この先には森と、広大な湿地帯が続いている。
完全に、他の街や村からは孤立したような状態。
集落を構えるには、余りにも条件が悪すぎる場所だ。
もっとも、だからこそ寂れてしまったのかもしれないが。
第二に、この村の建物。
いや、建物自体は所々崩れてはいるが、特に変わったところは無い。
奇妙なのは、その並び方だ。
並び自体が、何か意味を持つものであるかのようだ。
真向かいではなく、ひたすら斜めに面しているその並び方は、今まで見てきたどの街や村でも見た事が無い。
いや、一度……一度似たようなものを見た事がある気がする。
それはいつだったか。そして、何処で見たのだったか……。
「……三蔵? どうしたんだよ」
じっと廃村を見つめている三蔵を悟空が覗き込む。
それに気付き、八戒も何処となく神妙な面持ちで三蔵の方を見る。
「何か、気になる事でもあるんですか?」
「……いや、何でもねえ」
三蔵は村から視線を外し、再び助手席に座り直す。
「行くぞ」
三蔵の言葉を合図に、八戒は少し村を気にした様子を見せたもののジープのアクセルを踏んだ。
そこから森までは大した距離ではなく、当初の予定より少し遅れた程度で森に到着した。
「まずは水だな。おい悟空、悟浄、川か泉を見つけて来い」
「ちょっと待てよ、猿はともかくなんで俺まで!?」
「猿って言うなってば、エロ河童!」
「いいからサッサと行って来い、肉体労働班!」
悟浄は言い返そうとしたものの、三蔵の手が懐に伸びようとしているのを見て諦めたようだ。
ブツブツと文句を言いつつも、悟空ともども森の奥に入っていく。
「さて、じゃ僕ら頭脳労働班はどうしましょうか」
八戒が三蔵を見やると、三蔵は地図を広げ、それの一点を指し示す。
「この湿原を抜けるのに距離的に考えれば3〜4時間といった所だろうが……」
「ええ。慎重に進まなくてはなりませんから、それに加えて1〜2時間は見ておいたほうがいいですね」
「ちっ、やはりな。迂回するにも広すぎるか……。厄介だな」
「刺客が……ですか」
八戒が三蔵の思考を読み取るように、言葉を補足する。
ただでさえ、湿地帯と言うのは危険である。
それも、今回のように規模の大きなものになると、底無し沼のような場所が多々あるのだ。
ジープごとはまり込むのは論外だが、刺客が襲ってきて戦闘になった場合
戦っている内に足を踏み入れてしまいかねない。
それぞれ銃、気孔を武器とし、あまり大きく動かない三蔵と八戒はともかくとしても悟空と悟浄は危ないだろう。
「どうします? 迂回しますか?」
三蔵が承諾しないだろう事は分かっているが、一応聞いてみる。
「冗談じゃねえ。こんなだだっ広い湿原、迂回するのにどれだけ時間食うと思ってやがる」
「……ですよね、やっぱり」
八戒は予想通りの答えが返ってきた事に少し苦笑する。
「刺客が襲ってきた場合、僕と三蔵で極力何とかするしかありませんね」
「ちっ、面倒くせえ」
「嫌なら迂回しかありませんよ?」
この笑顔が曲者なのである。さすがの三蔵も勝てる気が全くしないのだから。
「……三蔵」
「何だ」
八戒の、さっきとは打って変わった妙に真剣な声音に、三蔵は八戒に視線を向ける。
「さっきの村の事なんですけど……三蔵、何か気になってるんじゃないですか?」
「大した事じゃねえ。第一、あの村の事なんざ俺達には関係無い事だ」
それは、本当だ。あの村に奇妙な点があるにしろ、自分達の旅には関わりのない事だ。
調べて何か分かったところで、何がどうなる訳でもないだろう。
八戒が更に訊こうとした時、悟空と悟浄が戻ってきた。
「お〜い、三蔵、八戒! あったぜ、川!」
悟空が元気良く手を振りながら走ってくる。
その後ろからゆっくり歩いてきている悟浄が、悟空のセリフに付け足す。
「ついでに、横になれそうな洞窟みたいなのも見つけてきたぜ」
「ご苦労様です、2人とも」
八戒が悟空と悟浄にねぎらいの言葉をかける。
村の事は夕食の時にでもゆっくり聞けばいいだろうと思い、話題を蒸し返す事はしなかった。
八戒もこの時は、この村の事をそれほどには気に留めていなかった。
気にはなるが、所詮自分達には関わりのない事だと。
それが大変な思い違いだと気付いたのは、既に『奪われた』後だった───。