悟浄と悟空が無事に川と更には洞窟も見付けてきたのが分かると、三蔵はさっさとジープから降りた。
「行くぞ。案内しろ」
「……おまえさぁ、たまには人をねぎらうって事してみろよ」
「人ならともかく、何故河童をねぎらわなきゃならん」
「可愛くねえ……」
そう呟きつつも、三蔵が既に歩き始めているため、渋々悟浄も元来た道を歩き始めた。
「なぁ、三蔵! こっちこっち!」
悟空が先を歩きながら、三蔵の方を振り返る。
「ああ」
三蔵は少し足を速め、森の中を進んで行く。
「態度が全然違うじゃねーか……」
悟浄がボソリと呟く。
「あれ、今まで気付いてなかったんですか?」
きょとんとした口調でキツい一言を吐くのは八戒の得意技なので、今更悟浄も驚かない。
「そういう訳じゃねえけどよー、あからさまだろ、あれ」
今更だと分かっていても、ムカツクものはムカツク。
どちらに対してムカツいているのかは、悟浄自身もよく分かっていない。
「思い切り顔に出ちゃってますよ、悟浄」
八戒がクスクス笑いながら、自分の顔を指差して言う。
八戒に隠しても仕方ないので、悟浄も八戒の前では表情を消す努力は放棄している。
「でもまあ、気持ちは何となく分かりますけどね」
そう言う八戒の視線の先にあるのは、無邪気に三蔵に笑いかけている悟空の姿。
悟空は八戒に対していつも笑顔を見せてくれるが、三蔵に向ける笑顔とは違う。
悟空自身、意識してはいないだろうが、明らかに笑顔の輝き方が違うのだ。
それは仕方のない事だと分かってはいるけれど。
やはり、気持ちがざわめく時があるのも事実だ。
「まあ、今それを言ってても仕方ないですよ。それより、いつまでも喋ってたら置いてかれちゃいますよ」
前を見れば、悟空と三蔵はもう既に大分進んでしまっている。
「……待つ気ねーのか、あいつら」
「気付いてないんじゃないですか? 僕達が遅れてるの」
八戒が、足を幾分速めながら苦笑する。
「……だろうな、十中八九」
呆れた風に言いながら、悟浄も歩くスピードをあげた。
しばらく森の中を進むと、目の前が開け、流れの緩やかな川が現れた。
「ほら! 結構、水、キレイだろ?」
悟空が、川辺にタタタッと走り寄る。
確かに綺麗に澄んだ水だった。魚もちらほらと泳いでいる。
「この水なら飲料水にもなりそうですね。夕食の材料の補給も出来そうですし」
「洞窟も見つけたんだろ。それは何処だ?」
三蔵が川辺にいる悟空に歩み寄って尋ねる。
「すぐそこだよ。こっち!」
案内しようとする悟空の後に付きながら、三蔵は悟浄達に声をかける。
「八戒は飲料水の補給と夕食の準備を頼む。悟浄は、夕食の材料を確保しろ」
要するに、魚を獲れ、という事である。
もちろん食料はあるが、予定が遅れている以上その場で調達できるに越した事はない。
三蔵は言うだけ言うと、さっさと洞窟のあるという方向へ向かった。
悟空が三蔵を案内した洞窟は、本当に川からそう離れていなかった。
こんな森には不釣合いなほど、大きな規模の洞窟。
ただ、入り口は森の木々に隠されていて、パッと見ただけでは見付けられないだろう。
三蔵は洞窟に近付き、中を覗き込んでみる。
奇妙な違和感を感じた。
これは果たして自然に出来た洞窟なのだろうか、という疑念が浮かぶ。
入り口近くの壁に、手を滑らせてみた。
自然物にしては、滑らかすぎるのではないか……?
「……? 三蔵? どうしたんだよ」
無言で洞窟の壁を触っている三蔵に、悟空が不思議そうに尋ねる。
「……いや、何でもねえ」
考え過ぎだろうと、三蔵は壁から手を離す。
最近の刺客の襲撃の多さから、少々過敏になっているのかもしれない。
三蔵は洞窟から空に視線を移す。
空には赤みが差し始めているが、夕食を取るには少し早い時間だ。
「……少し中を見てみるか」
気のせいかもしれないが、やはり何かが引っ掛かる。
どの道、ここで休む事になるのだ。
三蔵は洞窟の中に、慎重に入ってみる。
「あ、待てよ三蔵! 俺も行く!」
中に入っていく三蔵を見て、悟空が後を追う。
中は薄暗かったが、目が慣れてくると、そう苦にもならない程度だった。
三蔵は壁に手を付きながら、ゆっくりと歩を進めていく。
その手触りに、先程感じた違和感が強くなる。
普通、こんな洞窟の岩壁ならもっとゴツゴツしているはずだ。
三蔵は不意に立ち止まる。
このまま進んでいっていいものか、少し迷ったのだ。
もしこれが人工物ならば、その目的は何なのか。
それを判断するには今の時点では材料が少なすぎる。
迂闊に奥に入りこんだ場合、何らかの罠が仕掛けられている可能性もゼロではない。
三蔵が立ち止まったまま考え込んでいると、悟空が三蔵の法衣の袖を掴んだ。
「……なあ、三蔵。ここ……なんか変じゃねえ?」
「何か感じるのか?」
「んー……何て言うか、こう、すっごい不自然なような、気持ち悪い感じがする」
野生の勘とも言うべきか、悟空の第六感の的中率は高い。
やはり、この洞窟は何処かおかしい。
「……悟空、一旦出るぞ」
三蔵は踵を返す。
ロクな情報の無い今の段階で、これ以上進むべきではないと判断する。
悟空も余りここにいたくないのか、大人しく外に向かう三蔵の後についていった。
元々そう奥までは進んでいなかったので、すぐに出口が見えた。
三蔵は妙な不快感を覚えながら洞窟の外へと出た────はずだった。
三蔵は、目の前の景色に立ち止まった。
そこに見えていたのは、ついさっき見た奥へと続く洞窟の内部だ。
確かに今、三蔵は洞窟の外へと踏み出たにも関わらず、まるでUターンしたかのような目の前の光景。
身体を横に向けつつゆっくりと振り返ってみると、そこには森だけが見える。
本来ならそこにいるべきはずの悟空の姿は何処にもない。
三蔵は今更ながらに自分が罠にかかった事を把握した。
おそらく、この洞窟に張られた結界の中に閉じ込められたのだろう。
悟空の姿がないという事は、悟空は結界には取り込まれなかったのだろうか。
だとすると、狙いは三蔵であるという事になる。
ターゲットが逆じゃなかっただけまだマシかと思いつつ、三蔵はこの先の対処法を考える。
まず辺りを見回した限りでは、この結界の鍵らしきものは見当たらないし、隠せるような場所もない。
当たり前といえば当たり前なので、三蔵もそんなものは最初から期待はしていない。
もし悟空が無事なら三蔵が結界に取り込まれたのを察して、八戒や悟浄と協力してこの結界を解こうとするだろう。
だが結界の鍵が外にあるとも限らないし、その場合三蔵のように専門ではないあの3人に結界を解く術があるとは考えにくい。
それに、悟空もまた別の結界にとらわれている可能性もある。
となると、ここでじっと待ってるという選択肢は馬鹿げている。
三蔵は銃を取り出して弾が全弾装填されている事を確認した。
結界を解いて外に出る1番確実な方法。
それは、結界を作った者を始末する事。
これが罠なら、結界を作った何者かがこの奥にいるはずだ。
洞窟の奥を見据えると、三蔵は臨戦体勢を整えて奥に向かい慎重に歩き出した。