第七話  宝石箱




「ありがとうございました。またお越し下さい」
花を抱えて幸せそうに出て行く客を、八戒は笑顔で見送る。
一人になった店内で売り物の花をチェックしていると、ふと一つの花が目に止まった。

純白のマーガレット。
その花を見て、以前三蔵の同居人の女性へ、と三蔵に手渡した事を思い出す。
ほんの挨拶のような気持ちだったので、本当に小さな花束を作って渡した。
『恋を占う』という花言葉を持つこの花にしたのは、三蔵へのちょっとしたからかいも含んでいたかもしれない。
何しろ、あの三蔵が一緒に住むという女性だ。何とも思っていないわけがない。
この花言葉を後で伝えた時の三蔵の苦々しそうな顔を思い出して、八戒はクスクスと笑う。
いつでも真面目で、本当にからかい甲斐のある人だと思う。
もちろん、そこにあるのは間違いなく好意なのだが、三蔵の方は今いちそう思ってくれていないようだ。

八戒はマーガレットを、一輪手に取る。
黄色やピンク色のマーガレットもある中、一番ポピュラーな白いマーガレットだけを選んで花束を作った。
三蔵の選んだ人なら、きっとこの真っ白い花が似合う人なのだろうと思ったからだ。
会った事もない相手だが、何となくそう感じた。


そう、あれからもう3週間ほども経つが、未だに八戒はその同居人に会った事がない。
仕事で三蔵に会った時に、その同居人を連れて遊びに来てほしいと言っているのだが、三蔵は頑なにそれを承諾しない。
八戒としてはただ会って挨拶をしたいだけなのだが、他人に会わせたくないほど想いが強いのだろうか。
まるで箱入り娘のようだ、と思う。
しかし、そうなるとますます興味が湧いてくる。
人間、隠されると尚更見たくなるものである。
だが、まともに行ってはまず会わせてもらえないのは分かり切っている。
八戒は、どうやってその同居人とやらに会うか、その方法を考え始めた。






「それじゃあ悟浄、よろしくお願いしますね。三蔵にちゃんと渡して下さい」
書類を入れた封筒を持たせながら、八戒は悟浄の頭を撫でる。
「……わかった」
一言ポツリと返事をした悟浄に、八戒は軽く目を見開いた。
「あ、言葉を喋れるようになったんですか! うわぁ〜……」
ようやくドアを破らずにお使いが出来るようになって安心していたのだが、もう言葉を覚えてくれたらしい悟浄を見て、八戒は思わずその場で感動した。
「ちゃんと成長してるんですねぇ……」
片手を頬に当ててしみじみと呟いている八戒をよそに、悟浄は封筒をしっかり持つと、裏口から出て凄まじいスピードで三蔵宅へと駆け出した。
「悟浄〜、気をつけて行ってきて下さいね〜。 もう人轢いちゃダメですよ〜」
のほほんとシャレにならない事を言いながら、八戒は笑顔で手を振ってみるみる内に小さくなる悟浄の姿を見送った。

「さて、と」
悟浄の姿が見えなくなると、八戒は出掛けるべく身支度を整えた。
身支度といっても森を挟んだ隣町に行くだけなので、大した支度は必要ない。
簡単に着替えを済ませると、八戒は店に準備中の札をかけて家を出た。




隣町への道を行く八戒の足取りは軽い。
何しろ、ずっと会ってみたかった三蔵の同居人に会えるかもしれないのだ。
もちろん、必ず会えるとは限らない。
顔もよく知らないのだから、見つけられない可能性の方が高いのかもしれない。
だが、それでも期待感があると胸が高鳴ってしまうのは仕方ないだろう。
宝探しに行く感覚というのはこんな感じなのかもしれない、と八戒は思う。

八戒が今日東の町に行く事を決めたのは、幾つかの情報を集めた結果だ。
得た情報によると、どうやら東の町で三蔵が何度か少女を連れていたらしい。
その少女こそが、三蔵の同居人と見て間違いないだろう。
そして、その少女の訪れる間隔は三日ごとだという。
今日こそが、その『少女が町を訪れる日』なのだ。
更に言うなら、先程の悟浄の使いで三蔵はすぐに仕事に出なければならない。
上手くいけば、その少女が一人で町を訪れるかもしれない。
後は、情報から得た少女の外見上の特徴を照らし合わせつつ町中を捜す事になる。

そこまでして会おうとするのは、好奇心と、ちょっとした悪戯心。
友人が隠している宝物を、内緒で少し覗いてみよう……とでもいうような。
少し覗いてみたいだけで、それからどうしようとかは思っていない。
その宝物に触れる気もないし、ましてや奪うつもりは全くない。
ただ、その輝きがどんなに美しいものなのか、少しだけ見てみたかった。





町に到着してから、例の少女がいつも立ち寄っているらしい店をいくつか回ってみる。
だが、やはりそう簡単に見つかるものでもなく、それらしい人物は見当たらない。
しばらく歩き回っていたが、少し疲れて中央通りの傍にある広場のベンチに腰を下ろす。
さすがに顔も知らずに探すのは無謀だったかと、八戒は辺りを見回す。
今日は天気が良い事もあって、広場には家族連れやカップルが楽しげに行き交っている。
そんな中、八戒の目に一人の少女の姿が入った。
長い茶色い髪を風に踊らせ、何やらメモを見ながら歩いている。
八戒の手元にある情報とよく似た特徴を持つ少女に、八戒はその場から立ち上がった。

ゆっくりと少女に歩いていく。
少女の方はすっかりメモに集中しているのか、八戒が近付いていっている事に全く気付いていない。
すぐ傍まで行き、驚かさないように出来るだけ優しい口調で話しかけた。
「あの……こんにちは」
その声でようやく気付いたのか、少女はパッと顔を上げた。
八戒の挨拶が自分に向けられているらしいと悟った少女は、慌ててペコリと頭を下げる。
「あ、こんにちは。……えっと……?」
「いきなりで不躾ですが、ひょっとして『悟空』さんじゃありませんか?」
尋ねてみると、どうやら八戒の予想は当たっていたらしく、その大きな瞳が見開かれる。
「え、何で俺の事知ってるの?」
可愛らしい外見から『俺』という単語が出てきた事に少し驚きはしたものの、八戒は優しい笑顔を向ける。
「僕、三蔵の仕事上のパートナーで猪八戒という者です。三蔵の同居人の方なんですよね」
先程の悟空の質問の答えにはなっていないのだが、さすがに「調べました」とは言えない。
幸い、悟空の方も質問の答えよりも『三蔵の仕事上のパートナー』という部分に興味を持ってくれたようだった。
「三蔵の? あ、そういえば『八戒』って三蔵が言ってるの聞いた事ある!」
それを思い出した事で八戒の言う事を信じてくれたらしく、今まで警戒した様子だったのだが、その雰囲気が緩んだ。
「僕は西の街に住んでるんですが、今日はちょっと用事がありまして。悟空さんは買い物ですか?」
「うん。三蔵は仕事で来れないから、俺一人で来たんだ」
「そうなんですか。……随分たくさんあるようですし、僕、手伝いますよ」
悟空の持つ数枚のメモをちらりと見ながら、八戒は申し出た。
「え! いいよ、だって用事あるんだろ?」
「用事はもう済みましたし、後は暇ですから構いませんよ。三蔵の事とか一緒に話したいですし」
その言葉に、悟空が反応を示す。
もう一押しだ、と思う。折角会えたのだから、もう少し話をしてみたい。
「荷物持ちくらいなら出来ますし、是非ご一緒させて下さい」
にっこり笑ってそう言うと、悟空はようやく頷き、八戒と悟空は肩を並べて歩き始めた。



三蔵の事や街の事、他愛もない事を話しながら歩く。
八戒は隣で歩く悟空を、悟空に気付かれないようにそっと見遣る。
三蔵が心を奪われているらしい少女。
一体どんな少女なのかと、最初に話を聞いてからずっと気になっていた。
顔立ちは確かに整っていて人目を引く容貌ではあるが、美女という感じでもなくまだ随分と幼い印象を受ける。
話をしていても、やはり少々子供っぽいイメージがある。
正直、三蔵がこういうタイプを好きになるとは意外だった。
八戒が想像していたのとはかなり違うが、きっと彼女には何か三蔵の心の琴線に触れるところがあるのだろうと思う。
今度、恋愛に不器用そうな三蔵に、何かアドバイスでもしてあげようかなどと考える。
三蔵からは、全くもって余計なお世話だと怒られそうではあるけれど。



三蔵が大切にしまい込んでいる宝物。
徹底して見せようとしなかった三蔵の態度から察するに、三蔵にとっては何にも代え難いものなのだろう。
それにしても、気心の知れた八戒に対してまでその態度を崩さないのだから、本当に心配性な人だなと八戒は苦笑した。
そんなに心配しなくても、三蔵から宝物を奪おうなんて思っていないのに。




そう、確かにそんな事は思っていなかったのだ。
ただ、宝物の輝きをこの目で見てみたかっただけ。



……後に、この時の行動を後悔する事になるなんて、微塵も思っていなかった。







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2004年 7月23日UP




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