いつかのバースデー



「なあ金蝉、『たんじょうび』って何?」
書類に判を押している金蝉の前に机越しに立って、悟空は身を乗り出しながら質問した。
金蝉は仕事の手を止めると、顔を上げて怪訝そうな顔を見せる。
「は? 何だ、いきなり」
「ろうかでさ、女の人たちが話してたんだ。『今日、たんじょうびでしょ、おめでとう』って。
 なあ金蝉、『たんじょうび』って何? おめでたいことなのか?」
「誕生日というのは、その人物が生まれた日だ。生まれてきたその日を祝う、という日だ」
「ふ〜ん……。おれにもあるの?」
悟空としては何気なく訊いてみただけなのだが、悟空の質問に金蝉の表情が少し硬くなった気がした。
「……生きているものには必ずあるものだからな」
「そっかぁ。それじゃあさ、おれの『たんじょうび』っていつ?」
「……それは……」
金蝉は口篭もり、何かを考えるような表情になる。

「? どうしたの、金蝉?」
金蝉がどうして困っているのかが分からず、悟空は首を傾げながら机に両手をかけて金蝉を見つめる。
「……『いつ』かなんていう事じゃねえんだよ」
「え?」
言っている意味がよく分からなくて、悟空は眉をハの字型に寄せる。
「結局のところ、『生まれてきた事』を祝うんだ。誕生日ってのは、それに1番都合がいいからその日にするだけであって、必ずしもその日にしなきゃならないわけじゃねえ」
「? よく分かんねえ」
「要は、いつでも良いんだよ。生まれてきて良かった、そう思った時に祝えばいいんだ」
金蝉の言葉を聞きながら、悟空は何とか理解しようと考える。

「『うまれてきてよかった』って、おれのこと?」
「お前自身がそう思うならお前の誕生日を祝うし、他の誰かに対してそう思うならソイツの誕生日を祝えばいいだろう」
「……まだよく分かんねえけど……それならおれ、金蝉の『たんじょうび』を祝う!」
悟空はそう言うと、机を回り込んで金蝉の横に駆け寄った。
悟空に合わせて顔ごと視線を動かしながら、金蝉は不思議そうな顔をした。
「何で俺なんだ」
「だって、金蝉がうまれてこなきゃ会えなかったんだろ? だったら、おれ、金蝉の『たんじょうび』が1番うれしいもん!」
それは、悟空の素直な気持ちだ。他の誰よりも、金蝉が生まれてきてくれた事が何より嬉しい。

「……お前自身の誕生日よりか?」
「うん!」
「……それなら仕方ねえな」
「仕方ないって何が?」
「お前が俺の誕生日を祝うんなら、俺がお前の誕生日を祝ってやるしかねえだろ」
その言葉に、悟空は目一杯の笑顔が自然に浮かんだ。
金蝉が自分の生まれた事を祝ってくれると言ってくれた事が、嬉しくて仕方がなかった。
「うん! ありがとう、金蝉! 大好き!」
そう言うと、悟空は座ったままの金蝉に勢い良く抱きついた。
金蝉も驚きはしたものの、引き剥がしたりはしないでいてくれて、それが尚更嬉しかった。




金蝉が生まれてきてくれた事。
悟空が生まれてきた事。
どちらが欠けても逢えなかった。
そう思うと、『たんじょうび』が愛しくてたまらない気持ちになる。



例えそれがいつかは分からなくても。

大好きな、大好きな人が『生まれてきてありがとう』。







END










おまけ後書き。

見覚えがあると思われた方……その記憶力に拍手を贈ります。(←いらんわ)
このおまけは去年の悟空の誕生日に突発で書いた掲示板アテレコを、SS風に書き直したものです。
もうログも消えちゃったし今年の話の元にもなっているので、おまけとして改訂して載せてみました。
いやー、金蝉は甘いですねー。三蔵とはまた少し違った甘さが出てればいいなと思います。
おまけにしても短いですね、今回……(汗) 今までのおまけの中でも最短かも?



「初めてのバースデー」 本編へ戻る。





短編 TOP

SILENT EDEN TOP