誕生日。
その人が生まれてきた事を祝う日。
例え本当に生まれた日ではなくても、『生まれてきてくれた』その事を心から祝おう。
三蔵は宿の部屋で新聞を読みながら、目線をカレンダーの方に向ける。
4月5日────悟空の誕生日だ。
自分の誕生日などどうでもいいと思っている三蔵であるが、悟空の誕生日は毎年祝っている。
いや、正確には6年ほど前からになるが。
それまでは悟空には『誕生日』などなかった。
いや、あったかもしれないが憶えてはいなかった。
6年前、街に出た時に誕生日のケーキを買っている親子を寂しそうに見ていた悟空。
その年の4月5日に、初めて誕生日を祝った。
三蔵が悟空を見つけた、その日を悟空の誕生日だと決めた。
その時の決定は、ただ純粋に『保護者』としての意識から出たものだった。
だが今は、この日は三蔵にとっても大切な日になっている。
悟空と出会った、大切な記念日だ。
口に出して言ってやった事は一度もないが。
テーブルの上には、包装された小さな箱が乗っている。
毎年、悟空へのプレゼントには悩まされている。
食べ物ではワンパターンだし、それ以外で悟空の喜びそうなものを探すのは一苦労だ。
きっと悟空は、三蔵からのプレゼントならどんなものでも喜ぶだろう。
しかし、どうせなら悟空が望むものを贈ってやりたい。
せっかくの、年に一度きりの誕生日なのだから。
今、下では八戒が悟浄に手伝わせながら簡単なパーティーの準備をしている。
宿では大した事は出来ないが、八戒が張り切っているのでそれなりのものにはなるだろう。
悟空の反応が今から目に浮かぶようで、三蔵の口元に知らず苦笑が浮かぶ。
「……なあ、三蔵、入っていい?」
ドアの外から声が聞こえた。
「ああ」
三蔵が返事を返すと、ドアが開き悟空が入ってくる。
「どうした」
「なんかさっき下行ったらさ、八戒が『準備が出来上がるまで悟空は上にいて下さいねv』って言われたんだけど、部屋で1人でじっとしてんのも退屈だしさ。三蔵なら部屋にいると思って」
悟空がベッドにボスッと音を立てて座りながら、笑う。
その笑顔に、三蔵の表情も和らぐ。
悟空が訪ねてきたのならちょうどいいと、三蔵はテーブルの上の箱を手に取る。
「おい、悟空」
そう言いながら、ベッドに座る悟空の膝の上にそれを放る。
悟空は慌ててそれをキャッチすると、手の中に収まった箱をじっと見つめている。
「……三蔵、これ……」
「いらんなら捨てろ」
「いらない訳ないじゃん! ……なあ、開けていい?」
悟空が本当に嬉しそうな顔で、三蔵を見ながら尋ねる。
「開けるななんて言うくらいなら、最初からやるか」
三蔵は顔を見られないように横を向きながら、そっけない返事をする。
悟空はそんな態度にも特に気にした様子は見せずに、リボンをほどき、包装を丁寧にはがしていく。
「……包装紙なんか破ればいいだろ」
「ダメだよ! 折角三蔵がくれたのに……」
────三蔵がくれたものは包装紙一枚でも大切にしたい────
それは、悟空の正直な気持ちだ。
包装紙をキレイにはがして、悟空は箱をゆっくりと開ける。
そこに入っていたのは……小さな懐中時計だった。
そういえばいつか、これによく似た時計を欲しがった事があった。
その時は必要ない、の一言であえなく却下されたのであるが。
あの時の事を、覚えていてくれたのだろうか。
悟空は、何だか泣きそうなほど嬉しかった。
三蔵が自分の欲しがっていたものを覚えていてくれた事。
そしてきっと、これを選ぶのに悟空の事をたくさん考えてくれたであろう事。
目の前にある時計と、何よりもこれを贈ってくれた三蔵の気持ちが、嬉しかった。
悟空が時計を欲しいと三蔵に言ったのは、確か2年くらい前。
三蔵と一緒に街に出た時に見つけた小さな懐中時計を欲しいと言った。
あの頃はまだ寺院にいて、三蔵が仕事から戻ってくる正確な時間が知りたかった。
一日の三蔵のスケジュールはほぼ決まっていたから、どこにいても三蔵が今何をしているのか知りたかった。
もちろん、三蔵にはそんな事は言わなかったけど。
「三蔵、ありがと! すっげえ嬉しい……」
悟空は懐中時計を両手に乗せて、心底嬉しそうな顔で三蔵に礼を言う。
「……そうか。……そろそろ下の準備が出来てる頃じゃねえか、行くぞ、悟空」
三蔵は立ち上がって、ドアの方へ向かう。
でも、悟空には何となく分かる。
三蔵が、ほんのちょっと照れてるような感じがした。
勘違いでも自惚れでもいい。
悟空は三蔵の背中に抱き付いて、もう一度言う。
「……ホントにアリガト、三蔵……」
「……ああ」
三蔵の背中から前に回した悟空の手の上に、三蔵の手が重ねられる。
その手が、とても暖かった。
END
後書き。
……短っ……!って感じのまさにSSでした。
色んな意味で「囚われの視線」の反動が出てしまった話かもしれません。
今回、悩みまくりました。……何がって、悟空へのプレゼントが!
食べ物じゃなんか芸がない、かといって三蔵のキスとかだと他でもやってそうだし(笑)
悟空が時計を欲しがるかどうかはともかく、他に思い付かなかったんです……。
2年前に欲しがってたんならその年の誕生日にプレゼントしてやれよ、ってなツッコミはナシです(笑)
バースデー小説って思いの外大変でした。
下手すると、ホワイトデーとネタが重なりそうで(汗)
おまけモードは……この場合、八戒と悟浄しか有り得ません。
この2人で書くと真面目にならないのは何故でしょう……?