八戒のパーティー準備編。



宿の小宴会場を借り、八戒はいそいそとパーティーの準備に勤しんでいた。
三蔵や悟浄ならともかく、今日は悟空の誕生日である。
八戒の準備にもかなり気合が入っている。
部屋の飾りつけ等の準備もだが、何よりもごちそうの準備をせねばならない。
厨房は貸してもらえる事になっているし、材料も大体買い揃えてある。
もちろん、その膨大な材料を宿に持って帰ったのは悟浄だ。

そろそろごちそうの準備に入ろうかという時、ヒョコリと悟空が顔を覗かせる。
「なあ、八戒。俺もなんか手伝おうか?」
「いえいえ、悟空の為のパーティーなんですから。主役に手伝わせる訳にはいきませんよ」
「でも、八戒1人じゃ大変だろ?」
「大丈夫ですよ、悟浄が手伝ってくれますから♪
 準備が出来たら呼びに行きますので、それまで部屋で寛いでいて下さい」
「うん、分かった!」
そう言って出て行こうとする悟空に、八戒が声を掛ける。
「僕が腕によりをかけて、たくさんごちそうを作りますからね。楽しみにしていて下さいv」
「うん! サンキュな、八戒!」
嬉しそうな笑顔で礼を言うと、悟空は部屋に戻っていった。

あんな笑顔で言われると、八戒のやる気メーターも上昇する一方である。
そこに紙袋を抱えた悟浄が戻って来た。
「おい、八戒。足りねえ分、買ってきたぜ」
「ああ、ありがとうございます、悟浄♪」
いつになく上機嫌な八戒に、悟浄はちょっと警戒する。
いや、本来は安心するべき所かもしれないが、八戒の場合安心できないのが不思議である。
却って何かの罠ではないのかとか勘繰ってしまうのだ。
今回は、ただ単に本当に機嫌が良いだけなのだから悟浄の杞憂ではあるのだが。

「それじゃあ悟浄、僕は料理に取り掛かりますのでこちらの飾り付け、お願いしますね」
「ちょっと待て、俺がか!?
「他に誰がいるんですか?」
……確かに他に該当する人間はいない。
悟空はパーティーの主役であるし、三蔵がこんな準備など手伝うわけがない。
「大体の完成図はここに書いてありますので、これ見ながら飾ってくれれば結構ですよ」
八戒は悟浄に『完成図』を手渡す。
「………………これ、俺がやんの………………?」
「もちろんですv」
悟浄は、ちょっと眩暈がした。

その『完成図』には、凄まじく細かく懲りまくった飾り付けが記してある。
こんなのを自分1人でやれと言うのだろうか……。
八戒は既に料理の準備に入るべく、厨房の方へ向かっている。
まあ、適当にやればいいだろ、と悟浄が考えたその時。
八戒が入り口から顔を覗かせて、一言付け足していく。
「そうだ、悟浄。言い忘れてましたが、ちゃんとその図の通りに飾り付けないと食事は食べられませんよv」
悟浄の内心を読んだかのような一言を残し、今度こそ八戒は厨房に向かった。

八戒は厨房に入ると、早速料理に取り掛かる。
下ごしらえは、材料を買ってきた際にほとんど済ませてある。
それでも量から考えると相当手間がかかるのは確かだが、悟空の喜ぶ顔が見られるなら大した事ではない。
八戒は驚くべき手際の良さで、次々と料理を完成させていく。
「悟浄の方はサボらずにちゃんとやってくれてますかねぇ……」
料理の味見をしながら、少し心配そうに呟く。
「まあ、やってなかったらその時は…………覚悟はしてもらいますけどねv」
爽やかな笑顔で言うセリフでもないと思うのだが、八戒にとっては関係ないようだ。
悟浄の様子は少し手が空いたら見に行く事にして、八戒は再び料理に集中する。
少しでも美味しいものを食べてもらいたい。
この気持ちがたくさんこもったこの数々の料理が、八戒の悟空へのプレゼントなのだから。


その頃悟浄は、意外と真面目に飾り付けをしていた。
やらないと八戒にどんな目に合わされるか分からない、というのもあるのだが、悟浄自身、実は案外凝り性だったりする。
手先も結構器用なので、思ったよりも簡単に飾り付けは進んでいた。
しかし、器用な悟浄をもってしてもこの『完成図』通りに飾るのは大変である。
その上、どうせ2階では三蔵と悟空が2人の世界でいちゃついてるに決まっているのだ。
そもそも、どうして恋敵の誕生日の為にここまでしなければならないのか。
悟空の事は気に入ってはいる。が、三蔵といちゃいちゃしてる所を想像するとかなりムカつく。
悟浄のやる気メーターが下降するのも無理ないだろう。

「あ〜あ、面倒くせえ……」
悟浄はため息をついて壁に手を付いた。

ビリッ!

「……………………ビリ?」
とてつもなく嫌な予感がした悟浄は、手を付いた所を恐る恐る見てみる。
そこには、無惨にも引き千切られた飾り付け。
…………やばい。物凄くヤバイ。
そこだけならまだ修復も可能かもしれないが、その被害は相当遠くまで及んでしまっている。
なまじ細かく造られているだけに、一度こういった事になるとどうしようもない。
悟浄の背中に冷たい汗の滝が流れる。
こんなのが八戒にバレようものなら…………想像したくない。
悟浄は何とか直せないかと、あちこち眺め回して見る。

しかし、そこにまるで計ったかのようなタイミングで八戒が様子を見に戻って来た。
「悟浄、ちゃんと飾り付けしてくれて……」
隠す間もなく、八戒の目に変わり果てた飾り付けが飛び込んだ。
「いや、あの、これは……不可抗力っつーか……」
悟浄は必死で言い訳をしようとしているが、おそらく無駄な足掻きであろう。
「…………悟浄」
「…………ハイ」
どんな言葉が降ってくるのかとビクついていた悟浄であるが、八戒からは笑顔が向けられる。
「しょうがないですねえ。でもまあ、こうなっちゃったものは仕方ないですし」
「……あの、八戒……?」
「やだなあ、悟浄。そんなに怯えなくてもいいですよ」
表面上、とても怒っている風には見えない。
しかし、相手はあの八戒である。油断は出来ない。

「あー、その、何とか、直すからよ……」
「大丈夫ですよ、僕が何とかしますから」
「え、マジで……?」
「はい、だから悟浄にはまた足りなくなった材料の買い出しをお願いしたいんですけど」
その言葉に、警戒心を抱きつつ悟浄は尋ねる。
「何買ってくるんだ?」
「キャビアですよ」
「へー、また豪勢だな」
てっきり何を買いに行かされるのかと思ったが、これくらい大きな街なら高級食材を扱っている店の1つくらい探せばあるだろう。
悟浄はとりあえず一息つく。……が、それは甘かった。
「じゃ、買ってくるぜ。カード貸してくれ」
「何言ってるんですか? 悟浄のポケットマネーで買ってくるんですよ?
「は!? ちょ、ちょっと待てよ! 何で俺の金なんだよ!?
「だって悟浄、どうせプレゼントなんて用意してないでしょう? だったらこれくらいはしませんと」
「これくらいって、あんなバカ高いモン……!」
「買ってきて、くれますよね?」
「………………ハイ………………」


……余談であるが、その後、しばらく悟浄はろくに酒場にも行けなかったようである。






終わり。









おまけ後書き。

私、別に悟浄をいじめるのが好きな訳では……ない……ハズ……多分。
何で八戒と絡ませると、こういつもいつもヒドイ目に遭うんでしょう?
……遭わせてる張本人が言うなって感じですが。
でも、これ書いてる間、すっごーく楽しかったです(笑)
20分で書き上げました、コレ。筆が進む進む。
ラスト、最初は八戒に気孔で吹っ飛ばされるハズだったんですが、
さすがにそれは可哀想だろうと思って変更したんですが……どっちにしろ可哀想でした……。
最強八戒さんは、書くのが実に楽しいので好きですv
……ごめんね、悟浄。強く生きて下さい。



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