冬特有の、ピンと張り詰めた冷たい空気が辺りを覆っている。
いや、もう既に『冬』と呼べる季節は過ぎているものの、北に近いこの街はまだ寒さを色濃く残している。
そんな寒さの中、月だけが何処か暖かな光を注いでいた。
キィ……という小さな音を立て、ドアをゆっくりと開く。
そのままスルリと身体を部屋に滑り込ませた。
足音を立てないように、そっとベッドに近付いて静かに覗き込む。
いつも鋭い眼差しの紫暗の瞳は、今は閉じられている。
その表情が、とてもキレイで。
悟空は、じっと見とれてしまっていた。
「……何してやがる」
急に掛けられた声と開かれた瞳に、悟空は心臓が飛び出るかと思うほど驚いてしまった。
「さ、三蔵、起きてたの……?」
「てめえが入って来て気付かねえほど、鈍感だと思ってんのか」
「……ごめん、起こしちゃって……」
こんな夜中に三蔵を起こしてしまった事に、悟空は反省していた。
三蔵は、疲れてるのに。いつもそうとは言わないけれど……。
「……で、何の用だ。用があるから来たんだろ」
悟空が落ち込んでいるのを見て、三蔵が幾分柔らかい口調になる。
「うん……。あのさ、三蔵。……ここで寝ちゃダメ?」
「……は? 何言ってやがんだ、てめえ」
「だってさ、何か寒いんだもん。ベッド入ってても、ちっともぬくもらないし……」
実際、安宿なせいか隙間風が結構入ってくるため、暖房もあまり意味を為していない。
「だからって、何で俺なんだ」
「だって、三蔵以外と一緒に寝るのヤだもん」
「……………………バカ猿」
「何だよ、それー!」
悟空は大きく頬を膨らませる。
しかし、三蔵がベッドの端に寄ったのを見た途端に表情が明るくなる。
三蔵のベッドに潜り込みながら、その暖かさに何だかホッとする。
「へへっ……、すっげえあったかいや」
「……ホントに冷たいな、お前」
「あ、ごめん、三蔵! 折角ぬくもってたのに……」
慌てて、三蔵から少し身体を離す。
「今から離したって無駄だ。いいから普通にしてろ」
これが三蔵なりの優しさなのを、悟空は知っている。
三蔵のぬくもりが心地良くて。
すぐそばで聞こえる鼓動が嬉しくて。
幸せってこういうものの事を言うのかな、なんてぼんやりと考える。
三蔵から伝わる暖かさの中で、悟空は次第に眠りに落ちていった……。
ふとした明るさに、悟空の意識がゆっくりと浮上する。
悟空の瞳を照らしていたのは、蒼く輝く満月だった。
カーテンが開け放してある為、その光によって眠りから引き戻されたようだった。
三蔵は悟空の方に身体を向けている為、月の光で目を覚ますことはなさそうだった。
間近にある三蔵の寝顔に、悟空はちょっと顔が火照るのを感じた。
三蔵の寝顔を見れる事なんて、悟空には滅多にない。
三蔵の睡眠時間は、悟空の睡眠時間の内に完全に収まってしまっていて
悟空の起きている時に三蔵が眠る事はまず有り得ないからだ。
その三蔵の寝顔は、意外とあどけない少年のように無防備だった。
それが、悟空に心を許してくれている事の証明のようで、何だか嬉しかった。
そっと、三蔵が目覚めないように気を付けながら悟空は三蔵の口元に手を伸ばす。
ホワイトデーの日、初めてキスされた。
今でも思い出すとドキドキして、顔が真っ赤になるのが自分でも分かる。
イヤだなんて思わなかった。男同士だなんて、そんな事どうでもいい事のような気がした。
決して、甘い言葉なんか囁いたりしない。
憎まれ口や怒声が日常だけど。
それでも、その唇が紡ぐ言葉の何もかもが大好きだった。
今、三蔵はどんな夢を見ているんだろう。
こんなに穏やかな表情で。
きっといい夢なのだろう。その事だけでも、悟空は幸せな気持ちになれる。
大事な大事な人が、暖かく幸せな夢を見ていられる。
それは、悟空にとってとても大切な事だから。
でも、もし贅沢を言ってもいいのなら。
自分がその夢に存在していればいいのに、と思う。
その夢の幸せが、たとえほんの少しでも自分に起因していたなら……。
いつも三蔵に色んなものをもらってばかりで、悟空は何も返せない。
だから、せめて夢の中だけでも自分が三蔵に幸せのカケラでもあげる事が出来たら。
悟空はそう思わずにはいられなかった。
三蔵が微かに身じろぎをした。
起こしてしまったのかと思ったが、どうやら目を覚ましてはいないようで胸を撫で下ろす。
動いた時、三蔵の金糸が月光に反射してキラキラと輝く。
それは余りにもキレイで。
でも、何処かで見たような光景だった。
悟空は、泣いている自分に気が付く。
別に悲しい事なんかないはずなのに。
反射した金色の光の洪水が、何だか懐かしくて、切なかった。
「……どうした」
三蔵の瞳がゆっくりと開かれ、悟空の瞳に視線を合わせる。
「……うん、なんか、すっげえキレイでさ……」
「? 何がだ」
「……三蔵が」
「…………湧いてんのか、猿」
三蔵が呆れたような口調で呟く。
悟空は涙を拭いながら、三蔵に向けて笑う。
すると、三蔵は悟空を抱きかかえるように腕を回す。
「……今は俺がいるだろ。……不満か?」
「ううん、そんな訳ないじゃんか。へへ、何か嬉しいや」
「ふん、単純なヤツだな」
三蔵の言葉が心に染み込んで、涙を何処かに連れて行ってしまう。
まるで魔法みたいだなんて思ったりする。
永遠なんてないと知ってるけど。
そして、そんなものに意味はないと知っているけれど。
この瞬間のまま、時が止まってしまえばいいとも思う自分がいる。
三蔵と一緒にいられるこの時間が、悟空にとって何よりも大切なものだ。
絶対に失うなんて事は出来ない。
この時間を守る為なら、きっとどんな事だって出来る。
「なあ、三蔵」
「何だ」
「俺さ、三蔵の事大好きだよ」
「………………分かり切った事を」
そう言いながら回した腕を強く引き寄せる、そんな三蔵が本当に大好きだから。
だから、時々はこんな風に一緒に眠る事を許して欲しい。
こんな事口にしたら、三蔵はきっと怒るだろうけど。
三蔵の為に、唄を歌うから。
三蔵が優しい夢を見られるように、心の中に小さな子守唄を贈るから。
END
後書き。
実はこの小説は、ある歌をモチーフにして書いております。
その歌とは。……知る人ぞ知る、プリンセス・プリンセスの『ムーンライト・ストーリー』。
タイトルもここから来ています。決して鬼束ちひろでもクラシックでもありません(笑)
三空&金空に、モロにはまる歌です。
「夢ネタが好きだな、おい」なんてツッコミはしないで下さいねv
本人もちょっと気にしておりますので……。
今回はひたすら悟空視点で進みましたので、オマケモードは三蔵様視点です。