部屋にかかったカレンダー。
その、たった1つの日付を何度も指でなぞる。
あと10時間ほどで悟空にとって、何よりも嬉しい日─────三蔵の誕生日がくる。
悟空は部屋の隅に置いてある荷物の中から、財布を取り出す。
元々、悟空自身はそんなにお金は持っていない。
けれど、この誕生日のために実は密かにお金を貯めていたのだ。
街でこっそりと何でも屋のような事をしたりして、ちょっとずつ……。
今日の内にプレゼントを買っておいて、夜、0時丁度に三蔵の部屋を訪ねるつもりだった。
三蔵の誕生日に、誰よりも早く、一番にお祝いを言いたい。
悟空は財布を持って宿を出た。
街を歩きながら、一体何をあげれば三蔵が喜んでくれるだろうと考える。
三蔵は、余り物を欲しがったりする事がない。
だから、悟空としても何をあげればいいのかよく分からないのだ。
悟空の誕生日、三蔵は悟空に欲しがっていた懐中時計をくれた。
悟空の欲しい物をちゃんと分かってくれていた事が、嬉しくてたまらなかった。
なのに、今、悟空には三蔵が欲しがっているものが分からない。
何をあげれば喜んでもらえるのか、それが分からない自分が悔しかった。
街は活気に溢れ、様々な店が建ち並んでいる。
その一つ一つを覗き込み、何か良いものはないかと目を走らせる。
あと1ヶ月ほどでクリスマスという事もあって、プレゼント用の品物もたくさん店先に出ていたが、三蔵が喜びそうなものは余り見当たらない。
「……はぁ、どうしよ……。何あげたらいいのかな……」
時間だけが刻々と過ぎていき、悟空も少しずつ焦り出していた。
そんな時。
目に止まったものに、悟空はその場に立ち止まった。
「……これ……」
悟空の呟きを聞き逃さなかった店の主人が、待ち構えていたかのように売り込みを始める。
「ああ、これですか。キレイでしょう? なかなかの逸品ですよ。
プレゼントなどでも喜ばれると思いますが」
悟空の目的を見抜いたように、主人は悟空に勧める。
一度、三蔵へのプレゼントに買おうとして買えなかったもの。
まさか、こんな所で全く同じ物を見つけるとは思わなかった。
悟空は財布の中身を確かめる。……何とかギリギリで足りそうだった。
「あの、じゃあコレ下さい。えっと、プレゼント用なんだけど……」
「ありがとうございます。それじゃあ、ラッピングしますので少々お待ち下さい」
主人がラッピングをしてくれている間、悟空はその様子をじっと見ていた。
前に見つけた時、三蔵にピッタリだと思って、でもその時は色々あって買えなかったのだ。
今日ここで見つけられたその偶然が、嬉しかった。
キレイにラッピングされたそれを持って、悟空は足取りも軽く宿に帰りつく。
2階への階段を上がる途中で、よりによって三蔵に出くわした。
今、ここでプレゼントを見られるわけにはいかない。
今夜、三蔵の誕生日になったその時に渡すのだから。
思わず悟空はそれをさっと後ろに隠す。
「……どこほっつき歩いてやがったんだ、てめえは」
「う、うん……。ちょっと……」
曖昧な答えに、三蔵の表情が不機嫌になるのが分かる。
「……ふん。別にどうでもいいがな」
そう言って、三蔵はそのまま悟空とすれ違いに階段を降りていった。
そっけない態度が、悟空には少し切ない。
でも、これはきっと『悟空が隠し事をしている』のが気に入らないだけだと思う事にする。
三蔵は、そういう所がとても不器用だから。
悟空は部屋に戻り、プレゼントを見て嬉しそうに笑う。
これを渡したら、三蔵はどんな風に思うんだろう。
喜んでくれるだろうか。きっと、顔には出さないだろうけど……。
コチコチコチ……と時間を刻む時計を、悟空はじっと見つめていた。
0時まであと3分。もうそろそろ、三蔵の部屋を訪ねてもいい頃だ。
悟空はプレゼントを持って部屋を出、三蔵の部屋の前に立つ。
ドアをノックしようとして、その手が止まった。
何だか、緊張する。
今までにも三蔵の誕生日は祝ってきたのに、何故だか今日に限って心臓の鼓動が早くなる。
ノックしようとした体勢のままで止まっていると、中から声が掛けられた。
「……バカ猿。いつまでそんな所に突っ立ってやがんだ。用があんならさっさと入れ」
突然掛けられた声に驚きながらも、悟空はドアを開け、部屋に入る。
「三蔵、何で俺がいるのが分かったの?」
「この俺が、てめえの気配くらい読めねえとでも思ってんのか」
煙草の灰を灰皿に落としている三蔵の表情は、いつにも増して不機嫌そうだ。
もしかして、さっきの階段での事を怒っているのだろうか。
「……で、何の用だ」
立ったまま動かない悟空に、イラついたように三蔵は用件を促す。
「う、うん……」
言いながら、悟空は部屋に備え付けの時計に目を走らせる。
0時まであと30秒。
悟空はプレゼントを後ろ手に隠したまま、三蔵の傍へと歩み寄る。
訝しげな三蔵の視線を受けながらも、視界の隅には時計の秒針を収めている。
そして、0時になった、その瞬間。
「三蔵! 誕生日おめでとう!!」
その言葉と同時に、三蔵の目の前にプレゼントを突き出した。
当の三蔵はというと、突然の事に、珍しく呆然としたような表情をしていた。
どうやら、今日が何の日か全く覚えていなかったようだ。
が、すぐに今の状況を理解したらしく、悟空の差し出したプレゼントを受け取った。
「誕生日、か。完全に忘れてたな」
三蔵はプレゼントを見ながら呟く。
今日、妙に悟空がそわそわしてたのはそのせいか、と今更ながらに納得がいった。
「三蔵って、いっつも自分の誕生日忘れるよな。俺の誕生日は覚えてくれてるのに」
悟空の発言に、自分の想いを見透かされたような気がして三蔵は目を逸らす。
「……別に、俺の誕生日なんざどうでもいいからな」
「良くないよ! だって、三蔵が産まれた日だろ!?
俺、今日が大好きだよ。だって、三蔵が産まれてくれたから俺、三蔵に逢えたんだもん」
そう言う悟空の満面の笑顔が、今まで溜まっていた不機嫌を消していく気がする。
この日が本当に三蔵が産まれた日かどうかは知らない。
正確には、師匠である光明三蔵に拾われたのが11月29日だった、というだけなのだから。
しかし、三蔵もであるが、悟空にとってもそんな事はどうでもいいのだろう。
ただ、三蔵が産まれてきてくれた事。そして、今ここに生きている事。
その事を祝いたい、そう思っているのだろう。
「にしても、別にこんな夜中に来る事ねえだろ」
「だって、俺が一番に『おめでとう』って言いたかったんだもん。
寺院にいた時は絶対俺が一番だったけど、今はそうじゃないだろ?」
八戒や悟浄よりも、他の誰より早く祝いたくて。
いつもなら眠っているであろうこんな時間まで、起きていたのだろうか。
その思いに、言いようのない感情が三蔵の内から沸き出てくる。
そうか、とだけ言って、三蔵は手の中に収まったものを見つめる。
「なあなあ、三蔵。開けてみて?」
悟空が期待に満ちた眼差しで三蔵を見ている。
「ああ……」
ラッピングを剥がし、小さな箱を開ける。
「……ライター?」
箱の中に入っていたのは、オイルライターだった。
その辺の安物とは思えない、細かな彫刻の施された品の良いデザインのライター。
「それ、さ。キレイだろ? 色とかはシンプルだし、三蔵に丁度いいんじゃないかなって……」
確かに、デザインとしては三蔵の好みのものだった。
だが、これだけのものなら、そう安くはないはずだ。
そんな金銭を悟空が何故……と考えて、ふと思い至る。
ここ2ヶ月ほど、街に着くたびにどこかに出掛けていたのはもしかして……。
「……な、三蔵。気に入った……?」
悟空が、少し不安そうに眉を寄せて三蔵を覗き込む。
ライターを見たまま黙っている三蔵に、さすがに心配になったのだろう。
「……ああ。使わせてもらう」
「……うん! へへ、良かったぁ」
さっきまで曇り空だった表情が、瞬く間に雲1つない青空のような笑顔に変わる。
コロコロと変わる表情に、知らず三蔵にも笑みが浮かぶ。
短くなった煙草を灰皿に押し付けて消し、新しい煙草を袂から取り出す。
受け取ったライターで火を点けようとすると、悟空がズイッと前に身体を乗り出してきた。
「あのさ、三蔵。お願いがあるんだけど……」
「何だ」
「俺が、さ。火、点けてもいい?」
その申し出に、三蔵は黙ったままライターを悟空の目の前に置いた。
悟空は嬉しそうにライターを手に取ると、ライターの蓋を開け、火を点す。
その炎に煙草の先を触れさせ、ゆっくりと吸い込んだ。
いつもと同じマルボロの味。
なのに、それが何故か、いつもよりも美味いような気がした。
後書き。
三蔵様、お誕生日おめでとうございます〜v
という事で書き上げました、バースデー小説。
他の3人の時に比べて甘さ控えめな気がしたんですけど、いかがなものでしょうか。(カロリーオフ?)
それとも、私の甘さに関する感覚が麻痺してしまってるのでしょうか……。
三蔵様の誕生日なのに、半分以上悟空視点で進んでおりますね。
悟空が「三蔵に何をあげたら喜ぶのか判らない」と悩んでるシーンで、書きながら
「そりゃあ悟空自身をあげたら、一番喜ぶわよv」とほざいてたり。だって、ねぇ……。
それよりも。この話の中で悟空が三蔵様にプレゼントしたライター。
実は、今までに書いた話の中に一度だけ、密かに登場しております。
ネタ考えてる時にそのライターを思い出し、よし使おう!となったのでございます。
悟空もあの時の残念な思いを、これで消化できた事と思います。