午前0時の贈り物・番外編 それぞれの想い



悟空が三蔵のプレゼントを探して街を歩いていた頃。
八戒は悟浄をお供に、誕生日パーティーの買い出しをしていた。

パーティーなんて、まず間違いなく三蔵は嫌がるだろう。
しかし、八戒としてもやはり誕生日のお祝いをしたいのである。
確かに三蔵は八戒にとっては恋敵と呼べる存在だ。
悟空が三蔵に満開の笑顔で笑いかけるたび、胸に鋭い痛みが走る。

それでも、三蔵が血の迷宮で迷っていた八戒を救い出してくれたのも事実で。
恩人でもあり、共に旅を続けていく仲間でもある。
悟空の事を好きで、しかしその気持ちを悟空に伝えていないのは、もちろん悟空の気持ちの向く先を知っているからだが、もう1つ。
その相手が、三蔵だからだ。

悟空の想う相手が三蔵だから、八戒は自分の気持ちを抑えている。
三蔵の事を大切なのは八戒も同じだからだ。思う気持ちの種類は違っても。


八戒は、大量の荷物を持ちながら隣を歩いている悟浄を見る。
おそらく、悟浄も同じなのだろう。
三蔵への想いを悟浄は隠している。
三蔵と悟空の間に割り込むのが難しいというのもあるだろうが、多分それ以上に悟浄にそうさせているのは、悟空が、悟浄にとっては可愛い弟分のようなものだから。
だからこそ、悟浄もアクションを起こせずにいる。



「……悟浄」
「ん?」
「恋敵をとことん憎んでそれでも敵わないのと、恋敵にも好意を持ってて憎めないのと……。
 どっちが、つらいんでしょうね……」
八戒の突然の問いに悟浄は少し驚いた風に八戒を見たが、すぐにまた前を向いて煙を吐き出す。
「……さぁな。比べられるモンでもねえんじゃねえ……?」
前者には前者の痛みが、後者には後者の苦しみがあるだろう。

「……そうですね……。すみません、つまらない事訊いちゃって」
「いや……、考えたくなる気持ちは分かるからよ」
いっそ憎めたら、と。そしたら少しは楽になれるのではないかと……。


「でもよ。俺達は、届かなくても傍にいられる。『届かないならいっそ離れた方が』なんて俺は思わねえ。
 傍にいなきゃ何も出来ねえし。ヤバくなった時に手を貸してやる事すら出来ねえなんて冗談じゃねえよ。
 それに、幸せでいてくれてるかどうかも分からなくなっちまうじゃねえか……」
幸せでいてくれる、だから身を引いていられるのに。
そうでなかったら、自分の想いの意味、それすらも見失いそうで。



「……悟浄は強いですね」
そんな風に考えられる悟浄は、本当に強い人だと思う。
口に出した何%かは強がりかもしれないけど、それでもそう言える事が悟浄の強さだろう。
自分を見てくれないと分かっていて傍にいる、それは思うよりもずっと痛みを伴うものだから。
自分にはないその強さが、八戒には少し羨ましかった。

『好きな人が幸せでいてくれればそれでいい』

よく恋愛小説などで言われるセリフ。
もちろん、八戒も悟空にはいつも幸せでいて欲しいと思う。
願わくば、どんな時でも笑っていて欲しい。

でも、時々頭を掠める思い。
傷付けてでもこの腕の中に収めてしまいたいと、時折そんな事を考える自分がいる。
そんな自分に気付くたび、自己嫌悪に襲われるのだ。
どうして、こんなにも自分の想いばかりを優先してしまうのだろう、と。



「……八戒。想い方なんて人それぞれだろ?」
口に出していない八戒の心の内を見透かしたかのように、悟浄がポツリと呟く。
「少なくとも、俺はお前の想い方が間違ってるとは思わねえよ」
視線はあくまで前に向けたままの悟浄の気遣いが、八戒には嬉しかった。

「ありがとうございます、悟浄」
八戒のその言葉で、悟浄の視線が八戒の方に向けられる。
「ま、考えても仕方ない事もあんだろ。お前はいっつも深く考え過ぎなんだよ」
「はは、三蔵がここにいたら『お前は考えなさ過ぎだ』とか言いそうですね」
「……ぜってえ言うよな。あ、想像したらなんかムカついてきた」
「想像でムカつかれたら、いくら何でも三蔵が気の毒ですよ」
「って、想像させたのは誰だよ、おい」
「……誰でしょう?」
すっかりいつもの調子の会話に、八戒も自然な笑顔が浮かぶ。




再び買い出しのメモに目を落としながら、ふと八戒は思った。
自分は、今、きっとこれ以上ないくらい幸せなのだろう。
誰より愛しい人の傍にいられて、自分の罪も何もかもを当然のように許容する仲間がいる。
そして、いつでも自分を理解し、支えてくれる親友が隣を歩いている。

これからも、2人を見るたびに痛みは胸を刺すだろう。
それでも、その痛みを癒してくれるのもその2人と、そして傍らにいる親友だ。
このまま彼らの傍にいられるならば、今のままでいい。




八戒にとっては、3人とも『かけがえのない大切な人』なのだから。






終わり。







おまけ後書き。

何だかとっても久し振りに書いた気がします、こういう切ない系(?)。
おそらく8割がたの方が、悟浄さんが八戒さんにイジめられるのを予想(……期待?)なさってたのでは。
私も最初はそのつもりだったんですけど……あれ?何故でしょう?
ただ、三蔵様の誕生日って(ウチの)八戒さんは複雑な気持ちなんじゃないかな、と思いまして……。
そして何よりも!カッコ良い悟浄さんを書きたかったんです。
いえ、これのどこがカッコ良いんだとツッコまれれば答えようがないんですけど。



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