「あ〜! 俺の唐揚げ〜!」
「いつからテメェのになったんだよ、サル」
「返せよっ!」
「や〜だねっと」
「うるせぇぇ! 黙って食えねえのか、てめえら!」
小さな宿の食堂には不釣合いなほど大きな声とハリセンの音が響き渡る。
周りの視線を独占している4人は、言うまでもなく我らが三蔵一行サマである。
「だって、悟浄がっ」
「人のせいにしてんじゃねえよ、胃袋ザル!」
「サルって言うな、赤ゴキブリ河童!」
「だから、ソレやめろっつってんだろ、バカザル!」
再び口ゲンカがエスカレートしていこうとしたその時。
カチリ。
「「……カチリ……?」」
悟浄と悟空が恐る恐る振り返ったその先には、予想通りS&Wの安全装置を外している三蔵がいた。
「馬鹿は死ななきゃ治らねえようだな……。いっぺん死んでこい!」
完全にブチキレた様子で、まずは悟浄の額に照準を定める。
「うぉっ、ちょ、ちょ、ちょっと待った! なんで俺なんだよ!」
「当然の選択だ」
「どこが当然なんだよ! ……ってオイ、マジ待てって! 八戒、見てねえで助けろ!」
仕方ないですねぇ、とでも言いたげな感じで八戒が助け舟を出す。
「まぁまぁ三蔵。ここには他のお客さんもいらっしゃるんですから。悟浄ならともかく、一般の方に当たったら大変でしょう?」
「……俺ならともかくって……?」
悟浄の呟きは物の見事に無視し、八戒はなおも続ける。
「それに三蔵、治る確証もないのに弾の無駄遣いはもったいないですよ?」
「…………おい」
「おや、どうしたんですか、悟浄」
「……いや、何でもねぇ……」
八戒にあの笑顔で返されて、更に言い募れる者がいたら是非見てみたいものである。
八戒の説得(?)に納得したのか脱力したのかはわからないが、三蔵は銃を収める。
なんとか命がつながったようで、悟浄は密かに胸をなでおろした。
食事が済み、食後のコーヒーを頼んでいたとき、三蔵が席を立った。
「あれ、三蔵、どこ行くの?」
悟空がすかさず尋ねる。
「部屋に戻るんだよ」
それだけ言うと、三蔵はさっさと食堂を出て行ってしまった。
「付き合い悪いねぇ、三蔵サマ」
「まぁ、久しぶりに1人部屋が取れましたからね。ゆっくりしたいんでしょう」
そう言って、八戒が運ばれてきたコーヒーを受け取る。
……と、悟空が俯いているのに気が付く。
「悟空、どうしたんです? どこか調子でも悪いんですか?」
心底心配そうな八戒の声に、悟空は慌てて否定する。
「ううん、そういう訳じゃないんだけど……」
「……けど? 何です?」
出来る限り優しい声音で問い掛ける。
「三蔵、さっきの、怒ってんのかなぁって……」
「さっきの……って?」
「メシん時に騒いでたこと」
八戒も悟浄も驚いて、顔をお互い見合わせる。
「なーに言ってんだよ、あんくらいで」
「そうですよ、今に始まったことでもないですし。そんな事くらいでいつまでも怒ってる人でもないでしょう?」
「うん、でも……」
悟空も分かってはいる。普段なら別にここまで気にしたりすることじゃない。
八戒の言うとおり、日常茶飯事なのだから。
でも。三蔵が悟空に視線も向けずに行ってしまった時、悟空の中に何かトゲが刺さったような痛みが走った。
「……そんなに心配なら、三蔵に直接聞いてみたらどうです? その方がすっきりしますよ」
悟空の頭をポンポンとなでながら、優しい微笑を向ける。
「うん……うん、そうだよな。行ってくる! ありがとな、八戒!」
言うと同時に椅子を倒しかねない勢いで立ち上がり、すぐさま駆けていく。
もちろん、目的地は三蔵の居る部屋である。
同じ頃、三蔵は部屋で新聞を広げながら新しいマルボロに火をつけていた。
三蔵にしてみれば、八戒はともかく悟空や悟浄と同室では静寂など到底望めない以上、折角1人部屋が取れたときくらいは、静かに過ごしたいのだ。
ただでさえ、悟空は三蔵と同室になりたがる。
悟空との同室が嫌な訳ではない。
むしろ、同室のほうが良いと思える時もある。
もちろん、そんな考えに気付くと途端に不機嫌度は増すのだが。
だが、いつもいつもあの騒がしさの中に居るというのも、些か疲れるのだ。
マルボロの煙を深く吸い込んだ時、トントンとノックの音が聞こえた。
そのまま三蔵の返事を待っている。
「……八戒か、何だ」
椅子に座ったまま、ドアの外に声をかける。
だが、ドアの外からは反応がない。
三蔵は眉を寄せ、ドアの方を見ると面倒くさげに立ち上がりドアに向かう。
ドアを開けると、そこに居たのは……悟空だった。
「何黙って突っ立ってやがる。用があるんじゃねぇのか」
「……俺、八戒じゃないもん……」
いつもの悟空とは比べ物にならないくらいの小さな声で呟く。
三蔵は小さくため息をつく。
悟空はいつもノックなどしないし、悟浄はノックはするが返事を待たずに入ってくる。
だからこそ、三蔵は八戒だと思い込み声を掛けたのだが……。
明らかに拗ねている様子の悟空に、三蔵の顔に思わず苦笑が浮かぶ。
悟空は俯いているため、当然その表情は見えていない。
「悟空」
名前を呼ぶと三蔵は少し身体をずらし、悟空を部屋の中へと促す。
それに従い悟空が部屋に入ると、三蔵はドアを閉め、悟空に向き直る。
「で?」
「え?」
「何か話があったんじゃねえのか」
「うん……あのさ……三蔵、怒ってない……?」
悟空の言っている意味が三蔵には分からず、眉をひそめる。
「さっき、食堂で騒いじゃっただろ? 三蔵、怒ってないかと思って……」
「そう思うんなら、騒ぐんじゃねえよ」
三蔵の容赦ない言葉に、悟空は言葉につまり更に俯く。
それを見てもう一度ため息をつくと、悟空の頭に手を置き、わしゃわしゃとかき回す。
「今更、そんなコト気にしねえよ。騒音もいつもだと、いい加減慣れてきちまうからな」
その言葉に悟空の顔がパッと上を向く。
悟空の瞳に飛び込んできた三蔵の視線は、思っていたよりもずっと優しいもので。
途端に、悟空にとびきり鮮やかな笑顔の花が咲いた。
余りに分かりやすい変化に、三蔵は半ば呆れる。
呆れと共に感じたもう一つの感情を、三蔵は自覚している。はっきり言って認めたくはないのだが。
すっかりいつもの調子を取り戻した悟空が、三蔵にしがみつく。
「おい、バカ猿! しがみつくんじゃねえ!」
「へへ、いいじゃんかー。俺、三蔵のコト大好きだもん」
「沸いてんのか、てめえ! 離れろ!」
言いながら、顔が少し紅潮しているのを三蔵は気付いていない。
悟空は三蔵のその表情が嬉しくて、ますます強くしがみついた。
もうすぐハリセンが飛んでくるだろうが、そんなことはどうでも良かった。
せっかく自覚したこのキモチ。少しでも三蔵に伝えたい。
大好きだよ、三蔵。 誰よりも、ずっと、ずっと。
だから、そばにいて。 俺のそばに。 俺だけの、そばに。
後書き。
ここまで読んで下さった心優しい方、ありがとうございます。
一応、ほのかな想いがはっきりとした恋に変わる日なんですが、文章力欲しい。
っていうか、三蔵サマ、なんか純(笑)です。抱きつかれたくらいで紅くなっちゃって……。
しかし、やっぱり悟浄って哀れですね……。何でだろう、悟浄好きなのに。
ちなみに見ての通り本文中に、悟空が三蔵のトコに行ってる間の悟浄と八戒の会話に跳べるリンクがあります。
おまけモードなので大したモンじゃないんですが、気になる方は(いらっしゃるかはともかく)どうぞ。