三蔵が悟空へのお返しを買いに宿を出た後。
八戒もまた、悟空へのお返しを持って悟空の部屋に向かった。
ちなみにお返しの中身は、定番のキャンディである。
コンコン。
「悟空、僕です。入ってもいいですか?」
ドア越しに、中にいるであろう悟空に声を掛ける。
「うん、入って」
悟空からの返事を待ち、ドアを開けて部屋に入る。
「どうしたの、八戒?」
悟空が笑顔で問い掛けてくる。
用意していたお返しを差し出しながら、八戒も笑顔で返す。
「はい、悟空。バレンタインのお返しですよ」
「え、俺に?」
「もちろんです。バレンタインにチョコくれたでしょう?」
「へへ、ありがと、八戒」
照れくさそうに悟空はそのお返しを受け取る。
きっと、悟空は八戒があげたお返しの『意味』を理解してはいないだろう。
本当に、ただの『お礼』だと思っているのは間違い無い。
それを八戒も分かっている。分かっていても、何も言えない。
悟空の気持ちが向く先を、八戒は痛いほどよく知っている。
まだ、諦めたわけではない。
しかし、八戒の気持ちを知った時、悟空はどう思うのだろう……。
迷惑だなんて思う訳はない。悟空は本当に優しいから。
優しすぎて、きっと困るだろう。応えられない自分を責めるかもしれない。
困らせたい訳じゃない。
ただ、笑っていて欲しい。それは、八戒の偽らざる気持ちだ。
だから……言えない。言えるはずがない。
あの輝きを、曇らせたくなどないから。
「……? 八戒? どっか具合でも悪いのか……?」
悟空が心配そうに覗き込んでくる。
自分の思考に沈み込んでいる内に、表情まで沈んでしまったのだろうか。
「何でもありませんよ。ちょっと考え事しちゃっただけですから」
「八戒、悩みとかあるの?
俺、頼りになんないかもしれないけど、話聞くくらいならできるし、だから……」
悟空の必死な様子に、八戒に思わず微笑が浮かぶ。
「……笑う事ないじゃんかぁ。
俺、いっつも八戒に悩み聞いてもらってるから、俺も八戒が悩んでるなら役に立ちたいなって思って……」
悟空がちょっと落ち込んだ風になるのを見て、八戒は慌てて否定する。
「あの、別に、そう言う意味で笑ったんじゃないんですよ。
悟空が心配してくれるのが嬉しくて、表情が緩んじゃったんです」
本当はそれだけではないのだが、とりあえずこれも嘘ではない。
八戒の言葉を聞いて、悟空が安心したように笑う。
「そっかぁ。でもホントに俺、ちゃんと聞くから」
「……ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。大した事じゃないですから」
本当はこれ以上ないほど八戒にとっては『大した事』なのだが、当事者に相談できるはずがない。
「うん、分かった。もし何かあったら、話してくれよな。
俺、八戒の事、すっげえ大事な仲間だと思ってるもん」
「…………そうですね。僕も……思ってますよ」
無理矢理に精一杯の笑顔を作りながら、八戒は答える。
……嘘だ。仲間だなんて、思えるはずがない。
愛しいのに。こんなにも、どうしようもないほど愛しいのに……。
出ていかなければならない。この部屋から。
これ以上ここにいたら、想いが溢れ出てしまいそうで。
告げてはならない想いを、告げてしまいそうで。
「……じゃあ、悟空。僕は買い出しが残ってるので、行って来ますね」
買い出しなど本当は全部済ませているのだが、他に出ていく理由が思い付かない。
いや、あるにはあるが、言いたくない。
三蔵がもうすぐ来るから、出て行った方がいいでしょう、なんて。
口にするには、痛すぎる。思うだけでも痛いのに。
「うん、いってらっしゃい」
悟空の笑顔に痛みを感じながら、それでも何とか笑顔を返して部屋を出る。
予想はしていたが、悟空は八戒のお返しをその場で開けなかった。
その理由は簡単に推測できる。
だが、理由が分かるだけに余計に苦しい。
いっそ、そんな理由など分からなければいいのに……。
宿の階段を降りながら、八戒はポツリと呟く。
「いつか……なんて、あるんでしょうかね……」
もしもそんな日々が来るのなら。
今の悲しみも痛みも、すべて愛せるのに。
そんな日が……いつか……。
END
おまけの後書き。
……八戒……ごめんなさい……。
「勤労の義務。おまけ」といい、書いてる内に『私って鬼なんじゃないか』と思いました。
っていうか、悟空、鈍すぎ。鈍感もここまでくると犯罪並です。
八戒、切なさ120%です。ごめんね、八戒……。
この一連の三空設定とは別の設定で、『いつか』は実現してあげたいです。八戒の幸せ。