昼を少し過ぎた頃、悟浄は宿に戻ってきた。
要するに、昨夜は街で声を掛けた女性の所に泊まってきたのである。
「ふわーあ、眠ぃ。部屋でもう一眠りすっかな」
あくびをしながら宿の入り口をくぐると、そこのロビーにあるソファに八戒が座っていた。
「あぁ、おかえりなさい、悟浄」
「おう。どうしたんだよ、こんなトコで」
「悟浄が帰ってくるのを待ってたんですよv」
「……何で」
八戒の性格は3年の同居生活で、少なからず分かっている。
こういう笑顔の時には、大抵ロクな事を企んでいない。
という事で、ちょっと後ろに下がりつつ悟浄は尋ねる。
本当は尋ねたくないが、どうせ聞く羽目になるのなら自分から聞いた方がダメージは抑えられる。
八戒はというと、何やら後ろからゴソゴソと何かと取り出している。
「はい、悟浄」
「……何だ、これ?」
「今日、ホワイトデーですから」
答えなようで答えになっていない事を、八戒は当然のようにさらりと言う。
「いや、俺、何にもあげてねえけど……?」
……そういう問題なのかはさておき。
「はは、日頃お世話になってるお礼みたいなものですから。深く考えないで下さい」
八戒にホワイトデーに物を贈られて、深く考えないのは悟空ぐらいのものだろう。
受け取るのも怖いが、受け取らないともっと怖い。
悟浄は(少なくとも本人にとっては)深刻な事態に、どうしたものかと思案する。
相手が八戒である以上、選択肢は一つしかないのだが……。
「……ああ、サンキュ……」
とりあえず、八戒からの贈り物(?)を受け取る。
そのまま階段を上がろうとした悟浄を、八戒が呼び止める。
「あ、悟浄。ここで食べていってくれませんか?」
「え、何で……?」
「初めて作ったものなので気になっちゃって。
すぐに感想聞かせて下さると嬉しいかなーって思いましてv」
本心は、悟浄がちゃんと食べるのを確認したいが為なのは明らかだ。
一体何が入っているのか……。悟浄は心底不安になった。
しかし、目の前では八戒が「僕の目の前できっちり全部食べて下さいね?」的な視線を送ってきている。
ちょっと泣きたい気分になっている悟浄だが、逃げられないと悟ったのかソファに座って箱を開ける。
中に入っていたのは、一見何の変哲も無いウイスキーボンボンだった。
だが、それはあくまで『一見』である。中に物が入るウイスキーボンボンというあたりで既に怪しい。
「何でチョコなんだよ? 今日はホワイトデーだろ?」
悟浄の疑問は当たり前のものだろう。
「ああ、キャンディやマシュマロよりもお酒関係の方が悟浄には良いと思ったんですよ」
確かに、悟浄にキャンディやマシュマロは似合わない事この上ない。
その点は、別に問題無いのだが……。
「……なあ、一応聞くけど、チョコの中身……何?」
「え? 何って、ウイスキーボンボンの中身はウイスキーに決まってるじゃないですか」
「……ホントに?」
「ヤだなあ、悟浄、どうしたんですか?」
どうしたもこうしたもねえだろ、というのが今の悟浄の正直な心境である。
しかしこれ以上聞いても無駄だろう。それなら覚悟を決めて……。
パクリ。
箱の中の1つを取って、深呼吸の後、口に入れる。
「………………………………っっ!!」
悟浄は無言のまま身体をひねり、ソファに突っ伏して『何か』に耐えている。
どうやら口も聞けない状況のようだ。
「おや、どうしたんですか、悟浄?」
八戒が心配そうに(しかしどこか楽しそうに)悟浄に尋ねる。
しかし悟浄はソファに突っ伏したままである。
「変ですねぇ、どこか失敗したんでしょうか?
やっぱりウイスキーだけの方が良かったんですかねぇ」
……八戒の問題発言を咎めるだけの余裕は、残念ながら今の悟浄にはないようだった。
八戒はウイスキーと一緒に何を入れたのだろうか……?
「はは、内緒ですよv 後で悟浄にでも聞いて下さい」
だが、この件について悟浄が口を割る事は決してなかったらしい。
終わりv
隠しおまけ(笑)の後書き。
折角見つけたのにこんなんですみません。
でも、スタイルシート適用されないブラウザでご覧の方には隠しでも何でもないですね、これ(汗)
実はコレ、元々普通のおまけバージョンとして書いてたんですが、ホワイトデー前夜に
急にあの切ない八戒編に差し替えられた哀れなお話でございます。
悟浄……ごめんなさい。今の八戒に会ったのが運の尽きだと思って諦めて下さい。
この隠しおまけはおそらくこの作品だけになると思います……多分。
完全にボツるのももったいなくて載せたものですので……。