昼下がり



ぽかぽかと暖かい陽射しが、三蔵一行が休憩を取っている丘へと降り注いでいる。
春のうららかな香りが辺りを優しく染め上げていた。

昼食を取った後、八戒は散策に出掛けた。
3時くらいまではここで休憩する事に決まったのだが、じっと座っていても仕方がない。

近くに小さな川があったようなので、そこに向かおうとした時、声が追いかけてきた。
「お〜い、八戒! どこ行くんだよ?」
「ああ、悟空。あちらにあった川の方に散歩に行こうかと思いまして」
「ふうん。な、八戒。俺も一緒に行っていい?」
「もちろんですよ。じゃあ、行きましょうか」
そう言って、八戒は悟空と並んで歩き出す。

悟空と2人でこんな風に歩くのは、久し振りのような気がする。
度重なる刺客の襲来で、そんな暇がなかったというのもあるのだが……。

こうやって悟空と2人で過ごす時間が、八戒は本当に大好きなのだ。
この旅を始めてから、2人でいられる時間が増えた。
その事が何よりも嬉しい。

昼下がり 浄三編


大切な、誰よりも大切だった人を失くして精神がさまよっていた。
自分なんてどうでも良かった。いや、むしろ誰より自分を憎んだ。
そんな自分に、光と暖かさをくれたのは、あの日出会った金色の眼差し。

こんな血の色に染まっていた自分の瞳を、キレイだと言ってくれた。
それだけで、全部洗い流されるような気がした。
あの雨の夜以来初めて、本当に生きたいと思った。

そして今、あの眩しい輝きが自分の隣にいる。
この3年間で、想いはどうしようもないほど膨れ上がってしまっていた。
隠す事なんて、出来ないほどに。



そうこうしている内に、八戒と悟空は川に着いた。
「八戒、ほら! この水、すっげえキレイだよ?」
大きな街などからは離れているせいか、川の水はとても澄んでいた。

悟空は嬉しそうに川の水をすくったり、泳いでる魚を眺めたりしている。
そんな幸せそうな悟空を見ているだけで、八戒は胸の奥が暖かいもので満たされていく気がする。

そんな時、ふと悟空の表情が翳った気がした。
「……? どうしたんですか、悟空?」
「え、あ、うん……、何でもないよ」
どう考えても、『何でもない』返事ではない。

八戒が納得していないのが分かったのか、悟空は川の水をすくいながらポツリと呟く。
「……なんかこの水、八戒みたいだなって思って……」
「水が? どうしてです?」
悟空の言いたい事が、さすがの八戒にも今いち分からない。

「えと、んー……。あの、さ……」
八戒は黙って悟空の言葉の続きを待つ。
悟空と話をする時は、大抵こんな感じで八戒は悟空が少ない語彙で少しずつ話すのをじっと聞いている。
急かしたりすると、悟空が焦って余計に言葉が混乱するからだ。

しかし、どうも今回はいつもとは違うようだった。
言葉を選ぶのに苦労しているというより、口にすること自体を迷っているように見える。
悟空が口を開いた時、八戒も何故か少し緊張を感じた。

「…………なんかさ、キレイで、掴みたくて、でも掴めなくてすり抜けてっちゃうような、
 そんな感じがするんだ……」

悟空は川の水を両手ですくいながら、どことなく哀しそうに呟く。
「……ほら、水って掴めないだろ? すくってもすぐに零れ落ちてっちゃうんだ……」


悟空の言葉を聞きながら、八戒は驚きを隠せないでいた。
今、悟空は何て言ったのだろう。
八戒の事を『水』だと言った。そして……。

『掴みたい』と。
悟空はそう言った。
『掴みたい』────何を? 『水』を。 そして、『八戒』を。


悟空が、不安そうに八戒を見ている。
その表情を自分がさせてしまっているのだろうか。
八戒は川岸に膝をついている悟空の所まで歩いていく。

「……悟空」
悟空のそばまで行くと、悟空の隣に八戒も膝をつく。
「今の……僕の好きなように解釈しちゃっていいんですか?」
悟空は顔を赤くしてゆっくりと頷く。

その仕草を見て、八戒は思わず悟空を抱きしめてしまっていた。
「は、八戒……?」
「僕は……ずっと、こうしたかった……」
その声に応えたのか、おずおずと悟空が八戒の背中に腕を伸ばす。

抱きしめ合ったまま、お互いの体温が服を通して八戒に、そして悟空に伝わる。
その暖かさが、心地良かった。

「俺、俺も……ずっと見てたんだ……。でも俺、ガキだし……いつも隣に悟浄がいたし……」
「悟浄は親友ですよ。僕にとって、一番の『友人』です」
「……じゃ、俺は……?」
「……『好き』ですよ、この世で一番。もちろん『友人』としてではなく……」
自分の偽りない気持ちが、素直に口に出せた。

「悟空は……? 僕の事、どう思っていますか?」
「俺……八戒の事……。えと……何か恥ずかしいよな、こういうの」
悟空は相変わらず真っ赤な顔のまま、照れている。

「俺も……大好きだよ、八戒の事。ずっと、こうしてたいくらい……」
八戒の背中に回した手に少し力を込めながら、悟空が小さく呟く。

きっと、小さな幸せ。
でも、何にも代えがたい、大切な幸せ。
2人で育てていこう、いつかその幸せが消えてしまわないように。
ずっと、2人一緒に歩いてゆけるように。






END








後書き。

はい、ようやく幸せを手に入れました八戒さんです。
思えば、今まで実に不幸な役回りでしたからねえ……。
でも、これでやっと報われたので良しとしときましょう。
八戒ってちゃんと『言葉』にしますから、書いてて結構楽しかったです。
三蔵にはどうしても「好き」だの「愛してる」だのといったセリフを言わせられないので。
八戒と悟空……波風の立たなさそうな穏やかなカップルになりそうですねv
禁断症状が出そうだったので、おまけモードも書きました。
何の禁断症状って……『三蔵様病』の(笑)




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