Birthday



コーヒーを飲みながら、八戒は午後のひとときを過ごしていた。
今日は珍しく、買い出しを三蔵と悟浄が引き受けてくれたのだ。
さすがに、その時は八戒も驚きを隠せなかった。
何しろ、悟浄はともかくとして、三蔵が自ら買い出しに出ると言ったのだから。
もっとも、悟浄と一緒だからかもしれない。
あの2人は、口では憎まれ口を叩き合っているものの、奥底ではお互いを想っている。
買い出し中の2人の様子が想像できて、思わずクスリと笑いが零れる。
その時、コンコンとドアのノック音が響いた。

「はい」
「あ、八戒。俺だけど……入っていい?」
耳に馴染んだ声に八戒は慌てて立ち上がり、ドアを開ける。
そこに立っていたのは、今の八戒にとって誰よりも愛しいその人。
「……悟空。どうしたんですか? ……あ、どうぞ」
身体をずらして、悟空を部屋の中に招き入れる。
ちょっといつもと様子が違う。どことなく、緊張している感じである。
その手に持っているものが気になるものの、表面上はいつも通りに笑いかける。
「お茶入れますから、座ってて下さい」
そう言うと、悟空は大人しくテーブルの側の椅子に座る。
その素直さが可愛くて、八戒の表情が自然と優しくなる。


お茶を悟空の前に置き、八戒も椅子に座る。
悟空といる時だけの極上の笑顔を向けながら、八戒は優しい声で尋ねた。
「悟空、何かあったんですか?」
「え、何で……?」
「いつになく表情が硬い気がするものですから……」
「そ、そうかな……。…………えと、さ、八戒…………」
悟空は俯いて、しどろもどろに話している。
そんなに言い辛い事なんだろうかと、八戒の表情も真剣なものになる。
急きたてる事はせず、八戒は悟空の言葉を待った。



やがて、悟空が意を決したように手に持っていたものをズイッと八戒の前に差し出した。
一方、八戒は悟空の行動の脈絡が分からず、目をパチクリと見開いている。
「え、あの、悟空……?」
八戒がただ驚いていると、悟空は俯きながら呟いた。
「今日、八戒の誕生日だろ……? だから、これ……」
それを聞いて、八戒は今日が自分の誕生日だという事を思い出した。
旅をしていると日付の感覚が曖昧になってしまい、完全に忘れてしまっていた。

「あの、八戒……?」
悟空の不安そうな声を聞き、八戒は我に返る。
「あ、ありがとうございます、悟空」
そう言って、悟空の手からプレゼントを受け取る。
「これ……悟空が僕のために用意してくれたんですか?」
手の中の箱をじっと見つめながら、八戒は嬉しさを堪えて尋ねる。
「……うん。どんなのが喜んでもらえるのか、よく分かんなくて……。
 だから、気に入ってもらえないかもしれないけど……」
八戒が悟空からのプレゼントを気に入らない訳がない。
それがどんなものでも、『悟空が自分のために選んでくれた』事だけで十分過ぎるプレゼントだ。

「悟空、開けてもいいですか?」
「うん」
包装を丁寧に剥がし、出て来た箱の蓋を開ける。
その中から出て来たのは……いわゆるアロマキャンドル。
ラベンダーやカモミールなど、色々な種類のキャンドルが入っている。
その中身が意外で、手を伸ばしてキャンドルの1本を手に取ってみる。
その様子を見て、悟空が小さな声で呟く。
「俺、お金あんまり持ってなくて……。なんか、それ、気持ちを落ちつけて、よく眠れるようになる効果があるって聞いたからさ。
 ここんとこ、雨多いだろ? ちょっとはマシになるかなって、思って……」
要するに、八戒の気分がささくれ立っている時のためにと、これを選んでくれたのだろう。
ちょっとでも、八戒の苦痛を和らげる事が出来たら……と。

その悟空の思いに、八戒の胸が熱くなる。
彼を好きになって良かったと、本心からそう思う。
「悟空、ありがとうございます。僕にとって、何より嬉しいプレゼントですよ」
それを聞いて、悟空の顔がパッと上がった。
「ホント!?
「はい、もちろんです」
優しくて暖かい笑顔が悟空に向けられる。
同時に、悟空の顔にも溢れんがばかりの嬉しそうな笑顔が浮かんだ。
「へへ、良かったぁ〜!」
頬を紅く染めながら、照れたように笑う悟空が、とても愛しいと思った。




悟空が自分の傍にいてくれる。その事だけで、八戒の心は癒される。
この優しい光が、ずっと、ずっと自分の傍に居続けてくれたなら……。
離したくない。誰にも渡したくない。
そんな強い感情が、八戒の中でどんどんと増してくる。


テーブルの上に置かれている悟空の手に、自分の手を重ねる。
「は、八戒……?」
悟空は耳まで真っ赤にして、うろたえているようだった。
「悟空……。僕、ずっと前から願い事があるんです。……叶えてもらえませんか?」
「願い事? 俺に出来る事?」
「悟空にしか、出来ない事なんです」
「うん、分かった! 何?」
自分にしか出来ないと言われて、悟空はすっかり意気込んでいる。
願い事の内容を全く感付いていないらしい悟空にちょっと苦笑を浮かべるが、すぐに表情は真剣なものに変わる。


「……悟空。ずっと、僕だけの傍にいて下さい。他の誰でもない、僕の傍に……」
八戒が、3年前からずっと抱え続けてきた願い。
叶う事などないと思っていた。
悟空はいつでも三蔵の傍にいたからだ。
悟空にとっての特別な存在は、三蔵だけなのだと、そう思っていた。
でも、悟空は八戒の気持ちに応えてくれた。
だからかもしれない。こんな、欲張りな願い事を口に出してしまったのは。


悟空は少し驚いた風だったが、ゆっくりと頷いた。
「うん……。俺、俺だって、八戒の傍にいたいもん。八戒が嫌だって言っても、傍にいたい……」
その答えを聞いて、八戒の心の中に暖かいものが広がった。
「嫌だなんて言うわけないじゃないですか。こんなにも、暖かいのに……」
悟空の手を握る力を強める。想いが、伝わるように。



八戒は悟空を抱きしめ、優しく口付けた。
愛しい人のぬくもり。二度と、この手には入らないと思っていた。
誰より大切だった半身を失った時から、この手は誰も抱けないはずだった。
けれど、今、決して離したくないと思えるぬくもりが、この手の中にある。
このぬくもりを守るためなら、きっと自分はどんな事でも出来るだろう。
そんな確信を、八戒は感じていた。



長い抱擁の後、八戒は照れて俯いてしまっている悟空の顔が見たくて一つの提案をしてみた。
「悟空、三蔵や悟浄は出掛けてますし、僕達だけでちょっとしたパーティーしちゃいましょうか」
「え、パーティー!?
『パーティー=食べ物』の図式により、悟空の嬉しそうな顔が上がる。
予想通りの反応が楽しくて、つい笑ってしまった。
「む〜……、何だよ、八戒〜……」
「ああ、すみません、悟空。……悟空は本当に素直ですねv」
「なんか、誉められてるのか からかわれてるのか分かんないんだけど」
「誉めてるんですよ、もちろんv」
言って頬にキスを落とすと、悟空はその頬に手を当てて真っ赤になっている。
本当に可愛い、などと悟空が聞いたらまた膨れそうな事を思う。

「それじゃあ、まずは食べ物ですね。作ってる時間はありませんし……悟空、買ってきてくれますか?」
「うん! ……あ、でもお金は?」
「大丈夫ですよ。別行動の時のために、カードからおろしておいた分がありますから」
八戒は悟空に財布を渡す。
「あまり多くはないですが、好きなもの買ってきて良いですよ」
「分かった! じゃあ行ってくるな!」
軽快な足音を響かせて、悟空は部屋を出て行った。

Birthday 浄三編





出て行った時とほとんど変わらない足音で、悟空が宿に帰ってくる。
ドアを開けた瞬間、悟空の目が驚きに見開かれた。
期待通りの反応に、八戒は嬉しくなる。

悟空が買い物に行っている間に、八戒は部屋のセッティングをしていた。
と言っても、テーブルに借り物のクロスを掛けて花を飾ったくらいであるが。
……いや、それと もう1つ。
部屋の電灯を少し暗くした室内で、煌々と揺らめいているのは、ロウソクの炎。
悟空が贈ってくれたアロマキャンドルが、室内に暖かい光と心地良い香りを満たしていた。

「八戒、これ……」
荷物を下ろすのも忘れて、悟空はそれを見つめている。
「折角悟空が僕にプレゼントしてくれたので、早速使わせてもらっちゃいました。
 ……本当に綺麗で、気持ちが落ちつく感じがします。最高のプレゼントですよ、悟空」
「……ありがと、八戒」
「それは僕のセリフですよ、悟空。ありがとうございます……」
時間の流れが、とても緩やかに感じた。
このまま止まってしまいそうな、それでもいいと思えるような時間がここにある。

「パーティー、始めましょうか」
悟空に歩み寄り、荷物を半分受け取りながら笑いかける。
「うん、そうだな」
それに応えるかのように悟空も笑顔を見せると、2人きりでのパーティーが始まった。




あなたがいてくれれば、それだけで強くなれるから。
あなたがいてくれる事が、何より嬉しいプレゼントだから。
だから、ずっとずっと、一緒にいよう。
幸せなこの時が、消えてしまわないように……。







END








後書き。

砂吐きどころか、砂糖吐きまくりました、今回は。甘ったるいです。
今までも甘甘は書いてますが、これはもう今までで一番ベタ甘かと。
八戒さんの誕生日なので、「とにかく八戒さんを幸せに!」をテーマに書きました。
書いてる最中から非常に恥ずかしかったのですが、読み返すと顔から火ぃ吹きそうです……。
八戒さんって三蔵様なら絶対言わないセリフも言ってくれるので、余計でしょうか。
読んでて背中がむずかゆくなられた方もいらっしゃるのではないかと。
でもまあ、八戒さんの誕生日なんで八戒さんが幸せならそれで良し!(開き直った)




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