八戒が悟空と幸せ一杯のムードを漂わせていた頃。
三蔵と悟浄は街の中心地にあるバーで飲んでいた。
買い出しというのは元々口実で、買うものなんて余りない。
折角八戒の誕生日なのだから悟空と2人きりにしてやろうという、ちょっとした心遣いだ。
もちろん、提案したのは悟浄である。
三蔵としても、日頃から八戒に負担が掛かっているのは分かっているので反対はしなかった。
そう、反対しなかった理由はそれだけだ。八戒のために。
「おい、三蔵。もう飲まねえの?」
いつのまにか止まってしまっていた手を見て、悟浄がからかい混じりに尋ねる。
もう酔ったのかとでも言いそうなその声にむかついて、グラスに残っているブランデーを飲み干す。
「お〜、三蔵様ってば威勢がいいねえ」
悟浄が楽しそうにそれを眺めているのが目の端に見えた。
どこにいても目を引く紅い髪と、妙な吸引力を持っている紅い瞳。
どんな時でも余裕を保っている態度。
三蔵の銃弾を受けている時ですら、表面上は慌ててみせても、目の余裕は消えない。
その態度が気に入らない時もあれば、そうでない時もある。
今は────この空気が嫌ではなかった。
悟浄としても、これはまたとないチャンスだった。
こうして三蔵と2人きりで酒を飲む機会など、そうそう巡って来ない。
こんなおいしいシチュエーションを逃す手はない、と密かに気合を入れていた。
「三蔵、カード持ってきてんだろ? たまには、思う存分飲もうぜ。保父さんもお子様もいねえ事だしな♪」
「……ふん、酔い潰れたら放っていくからな」
そう言って、三蔵は再び目の前に置かれた新しいグラスの酒を口に運ぶ。
三蔵は、ああ見えて結構酒に強い。
だから、別に酔い潰そうなどとは思っていない。
第一、酔い潰れた三蔵をどうこうしてもつまらないし、そんな事をしようものなら確実に八戒に殺される。
八戒の本命はもちろん悟空だが、三蔵の事も仲間として大事に思っているのだ。
だからここは、三蔵自身の意志を上手く誘導するための酒だ。
三蔵は酒が入ると、多少だが機嫌が良くなる。
その分、普段の憎まれ口も減り、素直な態度が見え隠れするようになるのだ。
静かな空気を好む三蔵に合わせ、間にちょっとした会話を適当に挟みながら静かに酒を飲む。
そんな風にしてしばらく飲んでいたが、ふと三蔵の方を見た悟浄は思わず飲もうとしていた手を止めた。
……三蔵の口元が、ほんの微かだが笑っていたのだ。
さすがに、これは悟浄にとっても予想外だった。
酒を飲むのも忘れて、その端正な横顔に見惚れてしまう。
その悟浄の視線に気付いたのか、三蔵から笑みが消え、代わりに怪訝な表情が向けられる。
「……何、人の事ジロジロ見てやがんだ、てめえは」
どうやら、自分でも笑っていた事に気付いていないらしい。
折角機嫌が良くなっているのに、それをぶち壊しにするのはマズイ。
「いや、何でもねえよ。今日はよく飲んでんなって思ってさ」
「まあな。普段ならここらで八戒のヤツに止められるんだろうが」
「ま、俺はんな野暮な事言わねえし? 今日だけは無礼講ってな」
「ふん、てめえが飲みたいだけだろ。俺をダシにすんな」
「あ、バレた?」
三蔵には珍しく口数が多いのも、やはり酒が入っているからだろう。
雰囲気的にはかなり良い感じだ。このままいけば……。
悟浄がそんな事を考えていると、ふと横から香水の香りが漂ってきた。
見ると、ウェーブがかった髪の女が隣に座る所だった。
チラリと悟浄の方を見て、誘うような妖艶な微笑みを投げかける。
なかなかの美人で、以前なら即座に口説きにかかっていたであろう。
しかし、三蔵への気持ちを自覚してからというものの、どうもそういう気になれないのだ。
どんな美人を見ても、あまり感銘を受けなくなった。
自分でも重症だと思うが仕方がない。
そんな訳で、悟浄は再び視線を三蔵の方へ戻す。
すると、三蔵が少々不機嫌そうな顔でグラスをテーブルに置く所だった。
「……俺は先に宿に戻る。てめえは好きなだけ飲んでろ」
そう言うと、三蔵は席を立ち、外に向かう。
「お、おい、三蔵!?」
悟浄も慌てて立ち上がり、三蔵の腕を掴む。
「心配しなくてもカードなら預けていってやる。手を離せ、うっとうしい」
「そうじゃなくて! 何で怒ってんだ? 俺、なんかしたかよ?」
「別に怒ってねえだろ。とにかく離せ。注目浴びてんだろうが」
そう言われて周りを見てみると、確かに店中の視線が三蔵と悟浄に向いていた。
ただでさえ目を引く容貌の2人が、痴話喧嘩とも取れる会話を始めたのだから無理もない。
「と、とにかく出るか……」
注目の中、カードで精算を済ませて2人は店の外へ出た。
店の外に出ると、三蔵は宿の方角に向かって歩き出す。
「おい、三蔵、どうしたってんだよ?」
三蔵に追い付き、その腕を再び掴む。
「何でもねえ。お前まで出てくる事ねえだろ。戻ってあの女と飲んでたらどうだ」
そのセリフに、悟浄はもしかして、と思う。
いや、三蔵に限ってそんなまさか、とも思うのだが、他に思い当たる理由がない。
「さ、三蔵……。まさかとは思うんだけど、ひょっとして……妬いてくれてたりしたワケ……?」
その瞬間、三蔵の顔がカッと赤くなる。
「なっ……! バ、バカな事ほざいてんじゃねえ! 勘違いすんな!
俺はただ、いくらてめえでも連れがいたんじゃ口説けねえだろうと思って気ぃ遣ってやったんだろうが!」
勢い良くまくし立てるが、その態度こそが悟浄の言葉を肯定しているとは、三蔵は気付いてない。
悟浄の「妬いてる」発言に、思わず三蔵の心臓は跳ね上がった。
違う、ただ、悟浄が口説きやすいように出て行ってやっただけだ。
それだけだ。決して、悟浄が女を口説く所を見たくなかった訳じゃ……ない。
そう言い聞かせるようにして、三蔵は悟浄の腕を振り払おうとした。
しかし、悟浄の手は思ったより強く掴んでいて、それは出来なかった。
「……三蔵、俺、口説く素振りなんて見せたか? 誰かの気配にちょっと振り向いただけだろ?」
悟浄の声が、三蔵の耳に優しく響いてくる。
「口説くワケねえじゃねえか。三蔵、お前、俺が誰を好きか分かってて言ってんのかよ?」
その言葉と同時に、三蔵は悟浄に引き寄せられた。
そのまま悟浄の腕の中に収まりかけた時。
「じゃあ、おばちゃん、ありがとなー!」
余りに聞き慣れた声が耳に届き、思わず身体を離した。
咄嗟に、三蔵と悟浄が2人揃って声の方角に視線を向ける。
その先には、手に一杯の荷物を抱えた悟空の姿があった。
悟空の方はこちらに気付いていないらしく、そのまま宿の方へ走り去っていってしまった。
「……あんの、バカ猿……」
悟浄は怒りに身体を震わせていた。
折角、折角良いムードだったのに。
三蔵が素直に身を任せてくれるなんて、滅多に有り得ない事が起こっていたのに。
八戒と2人きりにしてやった恩も忘れやがって、などと別に悟空が悪いわけではないと分かっていてもむかついてしまう。
三蔵の方を見ると、さっさと歩き始めていた。
ため息をつきながら後に続こうとするが、三蔵の向かう先が宿とは別方向な事に気付く。
「三蔵、どこ行くんだよ。宿はこっちだろ?」
「……別の宿を探す」
「……は?」
「今日の部屋は4人部屋だ。今帰ったら、あいつらを2人きりにした意味がないだろう」
確かに、三蔵の言う通りではあるのだが、それはつまり。
「……俺と三蔵だけで、宿に泊まるって事?」
「……嫌なら、あの宿に戻っても構わんが」
「嫌な訳ねえじゃねえか! んじゃ、早いトコ探そうぜ♪」
「ふん、シングルを2部屋とればいいだけだ。すぐ見付かるだろう」
「ちょ、そりゃねえだろ? 俺的にはダブルがベストなんだけど?」
「……バカが」
この後見つけた宿で取れた部屋は、シングルだったのか、それとも……?
後書き。
はい、浄三バージョンです。
書いてる間、とーっても楽しかったです。夜中でハイテンションだったですし!
三蔵様がやきもち妬いておりますが、結構嫉妬深くなっちゃいました。
悟浄、別に女性と話をしたわけでもないのにねぇ。いえ、悟浄は喜んでたのでいいんですが。
それにしても、この『裏に行く直前』で止めるクセはいい加減どうにかしないと、と私も思ってはいるものの、どうも吹っ切れません。
人様のを読んでるだけで満足しちゃって、自分で書く気があまり起きないというか。
いえ、それは言い訳で、つまりは書くのが照れくさいだけなんですが。