八戒と入れ替わりに街に出た三蔵と悟浄は、何処に向かうともなく歩いていた。
そもそも目的地があるわけでもなく、いわゆる『気を利かせた』だけなのだから当然とも言える。
「ち、何で俺が河童なんぞと2人で歩かなきゃならねえんだ」
「しゃあねえだろ。誕生日くらい2人っきりにさせてやんなきゃよ」
普段いっつも4人なんだから、と悟浄は付け加える。
自分達が一緒だと、八戒も何かと気を使うだろう。
そう思って、わざわざ出てきたのだ。
「あー、俺らってすっげえ優しいヤツらじゃん?」
両手を頭の後ろで組みながら、悟浄はいつもの軽口を叩く。
「くだらねえ」
「つっても、お前も小猿ちゃんのために出てきてやったんだろ、保護者さん?」
からかうように悟浄が言うと、途端にピタリと銃口が悟浄のこめかみに当てられる。
「誰がバカ猿のためだ。バカバカしいイベントに付き合うのが鬱陶しかっただけだ」
「へーへー、そーですか」
そう返した後、小さく「素直じゃないねー」と呟くとゴリ、という音と共に更に銃口が密着する。
「八戒の誕生日をてめえの命日にしたいのか?」
「いや、そりゃーちょっと嫌すぎだろ。つーかよ、街中で銃出すなって! 目立ってんだろ」
見ると、通行人が一体何事かと三蔵と悟浄を遠巻きに見ている。
「出させてんのはてめえだろうが!」
とはいうものの、さすがに三蔵も銃を懐にしまう。
とりあえず命の危険が回避できたところで、悟浄は再び話し出す。
「それにしても健気じゃねえの。八戒のためにあの悟空が料理だぜ?」
悟空の八戒へのプレゼントが料理であると知った時は、さすがに悟浄も驚きを隠せなかった。
それは三蔵も同様なのだろう。あの時は三蔵も珍しく呆けたような表情を垣間見せた。
普段の悟空は、とにかく自他共に認める『食べる専門』なのだから。
その悟空が、悪戦苦闘しながら一生懸命に料理を作っている様子は本当に微笑ましくて健気だった。
八戒が悟空を好きになったのも無理はない、と、悟浄ですらそう思った。
「ふん、食えるものが出来たかは知らんがな」
「お、可愛い小猿ちゃんが手元を離れたからヤキモチか?」
「……てめえは、学習能力ってモンがないらしいな?」
言うと同時に、三蔵の手が再び懐へと伸びる。
今度銃を出されたら確実に発砲されると直感した悟浄は、慌てて三蔵を制止する。
「悪かった、悪かったって。こんなトコで撃って流れ弾が誰かに当たったらヤベえだろ?」
「てめえが避けなきゃ当たらんから安心しろ」
「するかよ! マジで悪かったって。もう言わねえからよ」
しばらく三蔵はその体勢のまま胡散臭そうに見ていたが、仕方なさそうに手を戻した。
何とか息をつくと、悟浄はふと思いついたように三蔵を見た。
「……何だ、気持ち悪ぃ」
じっと見られている事に気付いて、三蔵が眉を寄せる。
「いや、そういや俺もあと1ヶ月ちょっとで誕生日だなーって思ってよ」
「それがどうした」
「……冷てえの」
もっとも、暖かい三蔵というのも想像すると非常に恐ろしいものであるのだが。
だが、そんな事で挫けてはいられない。
「俺もさ、一遍でいいから好きなヤツの手料理ってもんを食ってみたいと思うわけよ」
「だから何だ」
「……お前、わざと言ってんだろ?」
「知らんな」
そう言った三蔵の横顔が、意地悪そうな笑みを浮かべてるのが見えた。
「なー、俺のために料理を作ってやろう、とかそういう気起きねえ?」
「全く起きんな」
「即答かよ!」
ビシ!と裏手ツッコミを入れ……てはいないが、それくらいの勢いで悟浄はツッコんだ。
それにクッと小さい笑いを漏らすと、三蔵は悟浄を横目で見た。
「気が向いたら、たまには暇潰しに作るかもしれんがな」
「じゃあ、俺の誕生日に気を向けてくれよ」
「さあな。気が向くかなんてその時になってみなきゃ分からんな」
視線を前に戻してそっけなく言い捨てた三蔵を、らしいと思いつつ悟浄はつい余計な事を口にする。
「三蔵ってさぁ、実は焦らしプレイ好きだろ?」
「……悟浄、『三度目の正直』という言葉は知ってるな?」
そう言うと、三蔵は素早く銃を取り出し、今度こそ悟浄に向けて発砲した。
「だああああ! 止せって! つーか、言葉の使い方が微妙に間違ってねえか!?」
「うるせえ! このシモネタ河童が!」
三蔵は銃をしまうと、ずんずんと悟浄を置いて歩き出した。
早足で追いついた悟浄は、誕生日の手料理を逃してはたまらないと何とか三蔵の機嫌を直そうと試みる。
「悪かったって。お詫びに、お前の誕生日には俺がご馳走作ってやっからさ」
「ふん、それこそ食えるか分かったもんじゃねえな」
「食えるどころか、一流料理人も真っ青だっつの」
「ほう、そんな話は八戒からも聞いた事がないがな」
「能ある鷹は爪を隠すって言うだろ?」
「能があれば、の話だがな」
「あるに決まってんだろ。俺みたいな才能豊かな男に何言ってんだよ」
軽口の応酬をする内に三蔵の機嫌も先程より大分回復してきたようで、悟浄は安堵する。
悟空が八戒のために料理を作る、というのを聞いて、ほんの少し羨ましかった。
自分のためにと心をこめて料理を作ってくれる、というその想いが。
もっとも、三蔵が心をこめて作ってくれるかどうかは甚だ疑問ではあるけれど。
それでも料理に関しては、確実とはいえないが先程のやり取りでは可能性はそこそこある。
まだ、あと1ヶ月以上ある。
見てろよ三蔵、絶対に俺のために作らせてやるからな。
悟浄は三蔵と並んで歩きながら、密かにそんな闘志を燃やしていた。
おまけ後書き。
浄三編です。甘いんだか甘くないんだか、分からなくなってきました。