八戒と悟空のお祭り編



大勢の人の群れで賑やかな街の中心部。
その人の波の中を、八戒と悟空は並んで歩いていた。

「うっわー、すっげえ人だなー」
「年に1度の大きなお祭りだそうですよ」
「ふーん……うわっ」
キョロキョロと余所見をしながら歩いていると、危うく反対方向への人の流れに攫われそうになってしまった。
「悟空! 大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。あー、びっくりした」
「混雑してますからね、仕方ないですよ」
その言葉と同時に、悟空の手に暖かな温もりが触れる。

「は、八戒?」
その温もりの先に視線を向けると、八戒のいつもの優しい笑顔がそこにあった。
「この人込みじゃ、1度はぐれると見つけられなくなりそうですから」
「うん……」
いきなり熱く感じた頬に、悟空は慌てて俯く。
今の自分の顔が真っ赤になってるのが、自分でも分かるからだ。

すると、そんな悟空の行動をどう取ったのか、八戒から少し小さめの声が降ってきた。
「……もし、悟空が嫌なら放しますけど……」
申し訳なさそうな、そんな声に悟空は思わず顔を上げた。
「そんな事ない! 放さなくていい!」
つい大声で叫んでしまってから、ハッと我に返る。
「ご、ごめん、八戒……。大声出しちゃって……」
「いえ、嬉しいですよ」
そう言って笑う八戒に、ますます悟空は顔を赤くしてまた俯いてしまう。

「そ、そーだ、八戒。俺、焼そば食いたいなっ」
半分本音、半分照れ隠しで、悟空は手近にあった焼そばの屋台を指差す。
「いいですよ」
その返事を待って、悟空は八戒の手を引いてずんずんと焼そばの屋台の方へと歩いていった。





そんな風に悟空は色んな屋台の食べ物を制覇しつつ、たまに輪投げやダーツなどで遊んだりして八戒とのお祭りを楽しんでいた。
一通り周ってそろそろ宿に戻ろうかという頃になって悟空は、ふと気になって八戒に尋ねてみた。
「なあ、悟浄の誕生日に三蔵と2人っきりにってのは分かるけど、んじゃ、悟浄の誕生パーティーとかはやんねえの?」
「もちろんパーティーはしますよ。今日、そのための材料も買ってきてますし」
1日遅れになりますけどいいでしょう、と、八戒は笑う。
「でもさ、明日出発して、その日の内に次の街着くの?」
野宿でも出来ない事はないが、それでもかなり簡素なものになってしまうだろう。
「いえ、この街でやるんですよ。どうせ明日は出発出来ないでしょうし」
「え? 何で?」
「ははは、まあ色々あるんですよ」
「ふーん……?」
悟空は今いちよく分からないものの、八戒が言うからにはきっとそうなんだろうと思ってそれ以上は訊かなかった。



「あ! 八戒、最後にこれ買っていい?」
視線を前に戻した時に、ふと視界を掠めたものを悟空は指差す。
「お好み焼きですか? いいですよ、もちろん」
承諾を得てお好み焼きを買った悟空は、それのプラスチックのトレーの蓋を閉めると、店のおじさんに頼んで輪ゴムを貰ってそれでトレーを閉じた。
「? 食べないんですか?」
「うん、これは持って帰るんだ」
「でも、熱い方が美味しいですよ、きっと」
「ううん、これ、ジープにお土産だから」
いつもなら八戒と一緒にくるジープが、今日は宿でお留守番をしている。
それは八戒や悟空が言った事ではなく、ジープが付いてこなかったのだ。
本当は八戒と一緒に遊びたいだろうに、自分から宿に残ったジープにせめてお祭りの雰囲気だけでも持って帰りたかった。
何となく、八戒をジープから奪ってしまったような、そんな罪悪感もあったのかもしれない。

黙り込んでしまった八戒に視線を向けると、八戒は驚いたように悟空をじっと見ている。
どうしたんだろうと、悟空は少し首を傾げた。
「どうしたの、八戒? ……あ、ひょっとしてジープってお好み焼きとかダメなのかな……」
そういう可能性に思い至って悟空がお好み焼きを見ると、八戒が慌てたように手を横に振る。
「いえ、そんな事ないですよ! ジープは何でも食べますから」
「そっか、良かったぁ。八戒、黙っちゃったから、なんかマズいのかと思った」
「そんな事……きっと、ジープも喜びますよ」
「そっかな……」
「もちろんです。悟空、ありがとうございます」
嬉しそうに笑った八戒に、悟空も嬉しくてたまらなくなる。
えへへ……と照れくさそうに笑うと、悟空はお土産を入れた袋を大事に抱える。




ジープの事を自分の事のように喜ぶ八戒の優しさへの恋心と。
そんなに八戒に思われているジープへの、ほんのちょっとのヤキモチと。
そして、大事な大事な人と一緒にいられる幸せと。

そんな感情を繋いだ手に込めながら、悟空は八戒と並んで宿への道を歩き出した。










END










おまけ後書き。

こちらは八空で、八戒と悟空、お祭り編でした。
最後のくだり、ちょっと恥ずかしいんですが今更なんで気にしません(笑)
ジープ、寂しい思いをしながらも敢えて付いて行かなかったんですよ。健気。
そんなジープを、悟空も気にかけてるんですよね。んで、出た発想がお土産。
八戒も悟空をあの場で抱きしめたかったでしょうが、何分周りは人だらけ……。
とりあえず、その場は我慢して頂きました。
宿に帰ってから、思う存分抱きしめて頂きたいと思います。




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