夜の過ごし方 三蔵様サイド。



三蔵は立ち上がり、窓辺に立った。
窓を開けると、涼しい風が部屋に舞い込んでくる。
空は完全に曇ってしまっていて、月も星も全く見えない。
夜空の星々を愛でるような趣味は持ち合わせてはいないが、それでもこんなどんよりとした雲よりはマシだ。
町の明かりもほとんど消えてしまっている。
町の中心に行けば、まだ光も溢れているかもしれないが。

悟浄も今頃ならおそらく、知り合った女と一夜限りの伽を楽しんでいるだろう。
三蔵の知らない、甘え上手な女と。
女特有の甘ったるい声を出しながら、悟浄の首に腕を回して、それを悟浄が受け止めて。

イラつく。
考える必要もないはずの事が、次々と頭に浮かんでくる。
考えるのを止めたくて、三蔵は再びベッドに横になって瞳を閉じた。
だが、眠ろうとすればするほど、想像が頭の中を駆け巡っていく。





カチャリ。

背後で、ドアの開く音がした。
だが、三蔵は振り向く必要性をないと判断し、そのまま目すら開かなかった。
てっきり今夜は帰ってこないものと思っていたが、女にフラレでもしたのだろうか。
……自分には、関係ない。
三蔵が眠っていれば、悟浄もそのまま自分のベッドで眠るだけだろう。

しかし、三蔵の予想に反して悟浄の気配が三蔵のベッドの方へと向かってくる。
何か妙なちょっかいをかけてくるつもりなのかと、三蔵は内心臨戦体制に入る。
ところが、悟浄は三蔵のベッドに寄り掛かるようにして床に座り込んでしまった。
いつもと様子が違う事に、三蔵は気が付いた。
町で何かあったのだろうか。

三蔵が起きている事など気付いてない様子で、悟浄がポツリと呟く。
「……やっぱ、一方通行って事なんだろーな」
その言葉の意味が掴めなかった。何が一方通行なのか。
このまま枕の傍で座り込んでいられるのもうっとうしいので、起き上がりながらその疑問を口に乗せる。
「……何がだ」
途端に、悟浄がガバッと振り向く。
余程驚いたらしく、いつもの余裕の表情が消え失せている。

「三蔵、起きてたのか!?
「うるせえよ、今何時だと思ってやがんだ、てめえ」
「……ワリ」
珍しく素直に謝られ、気持ち悪いと思いつつも怒る気が失せてしまう。
「……てめえも、帰ってくるのなら人を起こさねえように気を使いながら帰って来い」
本当は悟浄が帰ってくる前から起きていたのだが、何となくそれは言いたくなかった。
眠れなかった事など、知られたくなかった。

悟浄が立ち上がり、三蔵の方に身体を向け、さっきとは比べ物にならないくらい小さな声で呟く。
「あのよ、三蔵……」
その頼りなげな声に、一瞬どう返していいか分からずそのまま黙っていた。
「あー、その、……聞きてえ事があんだけど、さ」
こんな時間に、何を改まって聞きたい事があるのか。
「何だ」
悟浄の常ならぬ真剣な表情に少々戸惑ってはいるものの、表面上は平静を保ったまま聞き返す。

わざわざ聞き返してやったのに、黙り込んでしまっている悟浄にイラついて三蔵も立ち上がると
悟浄の正面に立ち、睨みながら続きを促す。
「おい、言いてえ事があるんならさっさと言え。うっとうしいんだよ」
言いかけて黙り込むなら、最初から言わなければいい。
そう思っていても、さっさと無視して眠ってしまえない自分も十分うっとうしいとも思う。

「三蔵、オマエさ、ホントはどう思ってんだ……?」
いきなりの質問に、三蔵は面食らった。どう思うと言われても、何の事だかが分からない。
「いきなり何言ってやがる。どう思ってるって、何をだ」
「……俺」
悟浄の返答に、三蔵は思わずその場に固まる。
悟浄の真剣な表情に、それが冗談などではない事が分かる。
不覚にも、心臓が跳ね上がる感覚がした事を慌てて否定する。

思わず悟浄から視線を外す。
普段なら即座に『下僕に決まってんだろ』くらい返してやるのだが、今はそれが出来ない。
あの真摯な表情に、そんないい加減な返事などしていいはずがない。
だったら、どういう返事をすればいいのか。
三蔵には、それが分からない。
三蔵自身、答えがまだ分かっていないものを、答えられるわけがない。



そんな風にお互い黙ったまま、しばらく時間だけが過ぎていく。
「……三蔵」
悟浄が名を呼び、三蔵に手を伸ばしてくる。
その手が触れると、その部分だけが熱く感じた。
これは触れた悟浄の手の熱か、それとも三蔵自身の発した熱なのだろうか。

「……やめろ」
その熱さに耐えられなくて、悟浄の手を押し退ける。
こんな風に触れられた事などない。どうしていいのか分からなくなる。
何故、コイツはこんなに優しい仕草で自分に触れてくるのだろう。
「……おまえは…………」
「え?」
悟浄は、三蔵は悟浄をどう思っているのかと聞いた。
では、悟浄は……? 悟浄は、三蔵をどう思っているのだろう。
「……おまえは、どうなんだ」
自分の事を、どんな風に思っているのか。

気配だけでも、悟浄が戸惑っているのが分かる。
「決まりきった事聞くなよ……。分かってんだろ?」
分からない。悟浄の考えている事など、分かるわけがない。
いつも余裕たっぷりで、自分をあしらう悟浄の事など。
「……好きだよ。お前にホレてんだよ、俺は」
前にも一度か二度、聞いた事がある言葉だった。
だが、その時は信じていなかった。また自分をからかっているのだろうと思っていた。
しかし今は、そんな冗談を言う状況ではない。
それなら、これは、悟浄の本心という事なのだろうか……。

でも。何故、悟浄が自分を好きになどなるのか。
優しくした覚えなどない。いつも三蔵は悟浄に対して、非常に冷たい態度をとっている。
自分の何処がそんなにいいのか、三蔵には理解できない。
「……何故だ」
思わず、口をついて出た言葉。
聞こうと思っていたわけじゃない。
何時の間にか、声に出して呟いてしまっていた。

「……さあな、分かんねえよ。こういうのって、理論的に説明できるようなモンでもねえだろ?」
それは三蔵にも十分に分かっている。
現に、三蔵自身、今の自分の感情を理論立てて説明するなど出来ない。
でもそれなら、理屈で説明できないなら、何を以って説明できるのだろう。

「三蔵。理由なんて分からねえけど、俺、本気なんだぜ? それだけじゃ、ダメか?」
そう言って三蔵を見つめてくる悟浄の深紅の瞳が、三蔵を射抜く。
悟浄が本気なのは分かる。三蔵もそこまで鈍感ではない。
だが、受け入れてしまったら全てが変わりそうな気がした。
今まで1人で耐えてきた事も、耐えきれなくなりそうで。

不意に、悟浄の手が三蔵の腕を掴み自分の胸に引き寄せる。
突然の事だったため、三蔵も振り払う暇もなく悟浄の腕に囚われる。
「なっ……! 離せっ……!」
押し返そうとするものの、悟浄の腕は外れなかった。
「離したら……行っちまうだろ……?」
「……何処にだ」
三蔵が、何処に行くというのか。共に旅をしている最中であるのに。

悟浄の三蔵を抱きしめている力が、さっきより更に強くなる。
「好きなんだよ……! どうしたらいいんだよ。どうしたら、お前は……」
普段からは考えられないほど、頼りない声が耳元で聞こえた。
どうしたらいいかなんて、三蔵にも分からないのに。
ただ、悟浄の声と悟浄から伝わるぬくもりが胸に突き刺さるように三蔵を締めつける。

いつもは上手く三蔵をかわして、笑っているくせに。
どうして、今夜はこんなにもつらそうに、三蔵に縋るように抱きしめるのだろう。
どうして、その腕を、自分は突き離せないんだろう。
説明出来ない事ばかりが、三蔵の頭の中を支配する。

「……さ、三蔵……!?
悟浄の驚いたような声で我に返る。
無意識の内に、三蔵の手は悟浄の服の背中を掴んでいた。
そんなつもりなど、なかったのに。
気が付いたら、腕が動いていた。
無意識の行動。……それは、自分の本心なのだろうか……?
三蔵が、この行動を望んでいたという事なのだろうか。

誰かに縋りたいなんて思わない。
そんな弱さなど、自分にあってはならない。
それでも、離そうとしてみても、悟浄を掴むこの手が離れない。

「……三蔵」
悟浄の声に、ゆっくりと顔をそちらに向ける。
「……三蔵、最初の質問の答え、聞いていいか……?」
最初の質問……三蔵が、悟浄をどう思っているのか。
正直、三蔵にもまだよく分からない。
「……俺は……分からねえ……。分からねえ、けど……」
「……けど……?」
分からないけれど、一つだけ分かっている事は。

三蔵は少し躊躇ってから、顔を伏せて悟浄の胸に寄り掛かる。
「こうしてるのが………………イヤじゃ、ない…………」
これは、本当の事だ。イヤだとは、思わない。
普段なら気持ち悪いと思う触れ合う感覚が、今は心地良い。

悟浄に触れられている時だけは、『触れられる事』への嫌悪を感じなかった。
だからこそ今まで、悟浄の求める行為を完全には拒絶してはこなかった。
それでも、少しでも拒絶の意思を示していたのは……悟浄の想いを、知らなかったから。
ただ、目の前に三蔵がいたから、だから行為を求めるのだと思っていた。
そう思う事で、余計な感情から逃れたかったのかもしれない。

「三蔵、今の、嘘じゃねえよな……?」
悟浄の、何処となく嬉しそうな声が耳元に響く。
結構分かりやすいヤツかもしれないと思ったりする。
「嘘だって言って欲しいのか」
わざと、そんな風に言ってみる。
「んなわけねえだろ。離さねえから、後悔すんなよ」
「……ふん」
予想通りの答えが返ってきて、三蔵は微かに笑みを浮かべる。
もちろん、この体勢では悟浄には見えないと分かっているからだが。

悟浄の手が三蔵の頬に触れ、顔が悟浄の方へ向く。
緩やかに、悟浄の紅い瞳が近付いてくる。
その瞳を見つめ続ける事が出来なくて、目を閉じた。
唇に、柔らかく暖かいものが触れる。
いつもの熱い激しさのない、優しくて暖かいキス。
たまにはこんな風に触れ合うのもいいかもしれないなどと思う。
誰かの暖かさがこんなにも心地良いものだと、初めて知った。







END








三蔵サイド後書き。

……誰、これ……? 三蔵様が別人です……(汗)
何でそんなに『乙女モード』全開なんだ、三蔵ぉぉ!
うーん、受として書くとこんなになってしまうものでしょうか。(自分で書いたんだろ)
三蔵様ファンの皆様、苦情は甘んじて受けますのでどうか広いお心でお読み下さい……。


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