あるホテルの一室。
かなりの広さの部屋に、高そうな調度品。
その部屋のベッドの上に腰掛けながら、悟浄は部屋中を見回していた。
悟浄が何故こんな所にいるのかというと、少し時間を遡らなければならない。
今日は珍しく、昼前に街に辿り着く事が出来た。
ひとまず食事を済ませ、八戒と悟空は買い出しに、悟浄と三蔵が宿探しに散った。
と言っても、宿を探し回ったのは結局悟浄なのだが。
何とか手頃な宿を見つけ、八戒達と合流してその宿に入った。
そして悟浄はいつもの如く街に繰り出そうとしていたのだが、その前に八戒が部屋を訪ねてきた。
「悟浄、ちょっといいですか?」
「ん? 何だよ?」
「買い出しの時に福引きやってまして、コレ頂いたんですけど」
そう言って八戒の出したもの……それはこの街のホテルの、いわゆる『ディナー付宿泊券』というもの。
「……で?」
「『で?』じゃなくてですね。コレ、悟浄に差し上げますよ」
「え、でもよ……」
八戒が当ててきたものを、どうして悟浄に差し出すのだろう。
「今日、悟浄の誕生日ですよね。実は僕、密かにプレゼントを計画してたんですが、それに丁度良いと思いまして」
「へ? 誕生日?」
言われるまで全然気付いてもいなかった。
そういえば、今日は11月9日。悟浄の誕生日だ。
ちゃんと覚えている辺り、八戒らしいと思う。
それでか……と思い、ふとさっきの八戒のセリフを思い出す。
「……プレゼントを、計画? 用意じゃなくて? っつーか、この券がプレゼントなんじゃねえの?」
「まさか。そんな偶然手に入ったものがプレゼントなワケないじゃないですか。
ちゃんと、別のプレゼントがあるんですよ。ただ、この券のおかげで助かったのは事実ですけどねv」
『計画』とか『助かった』とか言われても、悟浄には何が何だかさっぱり分からない。
「とにかく、折角ですから今日はそちらに泊まって下さい。スイートですから泊まり心地は良いと思いますよ」
「ふ〜ん……。じゃ、そうさせてもらうわ。サンキュな、八戒」
「いえ。あ、でも念のために言っときますが、女性連れ込んだりしないで下さいね?」
「わーってるって。しねえよ、んな事」
今更女なんて連れ込めるわけがない。もう悟浄の心は囚われている。
手をヒラヒラ振りながら、悟浄はその券にある簡単な地図を見て、そのホテルに向かった。
そして、現在に至るのだ。
確かに、高級ホテルだけあってセンスも良いしベッドの座り心地も良い。
この分なら、夕食もかなり期待が出来るだろう。
……しかし、それも1人だと今いち味気ない。
広すぎる部屋を見回し、悟浄が背中からベッドに倒れ込んだ。
その時、コンコン、とノックの音が響いた。
ドアの外から、このホテルのボーイと思われる男の声が聞こえる。
「沙悟浄様。お連れ様を御案内して参りました」
それを聞いて、悟浄は身体を起こす。
連れとは一体誰の事だろう。八戒が明日の連絡でも伝えに来たのだろうか。
ドアを開けて目に飛び込んできた人物の姿に、悟浄は信じられないといった口調で呟いた。
「さ、三蔵……!?」
そう、ボーイの斜め後ろに立っているのは、仏頂面をした三蔵だった。
「な、何でお前がここに……?」
驚きを隠せずに、悟浄はその場に棒立ちになっている。
「……うるせえ。とにかく部屋の中に戻れ」
三蔵の言葉にハッと我に返り、部屋に戻ると、すぐに三蔵も中に入ってドアを閉めた。
三蔵はそのまま、部屋の真ん中にあるソファに座る。
悟浄もテーブルを挟んで向かいに置いてあるソファに腰を下ろした。
「……で、さっきの続きだけど、何で三蔵がここにいんだよ?」
「八戒に貰った券、ちゃんと見てねえだろ。ペアなんだよ、あれは」
考えてみれば、この部屋はツインなのだから当然だ。
「それで……お前が来たわけ?」
「八戒じゃなくて悪かったな」
「んな事言ってねえだろ!? ただ、三蔵がこんなトコまで出向くとは思わなかったからさ」
「……ふん。スイートに泊まる機会なんざ滅多にねえからな」
「へ〜、お前でもそんなのに興味あるわけ。てっきり『スイート? ふん、くだらねえ』とか言うかと思ったけど」
「……うるせえ」
悟浄は元々口数は多い方だが、今は更に輪をかけて饒舌になっている。
それは、悟浄自身も無自覚であるが、いつになく気分が浮かれているからであろう。
この、やり方次第ではいくらでもムードを作れそうな部屋に、三蔵と2人で泊まるのである。
嬉しくないはずがない。知らず、悟浄の鼓動が早くなる。
おそらく三蔵を寄越したのは八戒だろう。
宿で言っていた『プレゼント』とは、この事か、とようやく悟浄にも合点がいった。
悟浄の喜ぶプレゼントをきっちり把握してくれている親友に、悟浄は心の中で感謝した。
ディナーには、期待通りの豪華な食事が並んだ。
三蔵も品の良い味付けに満足らしく、なかなか機嫌は良さそうだ。
三蔵と2人きりで、差し向かいで食べるなんてそうそう有り得ない。
いつもなら「まるで恋人同志みたいじゃん?」などという軽口を叩いたりもするのだが、
そんな事をして、折角のいいムードと上機嫌を壊したくはない。
普段の悟浄からは考えられないくらい、静かに食事の時間は進んだ。
部屋に戻り、ワインのルームサービスを頼んだ。
「たまには、こういうのもいいだろ」
「ふん、ワインなんてガラか、貴様が」
「いいじゃねえか、酒場とかじゃワインなんて飲まねえだろ?」
そう言って、悟浄は三蔵のグラスにワインを注いだ。
そして自分のグラスにも注ごうとした時、三蔵の手が悟浄からワインボトルを取り上げる。
三蔵は悟浄のグラスを取ると、そのグラスにワインを注ぐ。
「……うわ、めっずらし……」
「……殺すぞ」
物騒なセリフに反してどことなく照れているように見え、悟浄は思わず可愛い、などと思ってしまう。
口に出そうものなら、間違いなく銃弾と罵声が飛んでくるのは間違いないであろうが。
「んじゃまあ、乾杯……って事で」
言って、悟浄は三蔵の前にグラスを掲げる。
おそらく無視されるだろうと、何の期待もなしにやってみせただけだった。
しかし、その予想は外れた。
何と三蔵が自分のグラスを手に取り、掲げた悟浄のグラスにチン、と当てたのだ。
「…………お前、今日、どしたの…………?」
さっきからの、三蔵にしては意外過ぎる行動の数々。
もちろん悟浄としては嬉しくてたまらないのだが、却って、何かあったんじゃ……という心配が出てくる。
「……何がだ」
「何がだって……なんか、妙によ……」
「ふん、気持ち悪いとでも言いたいのか」
「そんなんじゃねえよ。なんか、素直っつーか、俺は嬉しいんだけど?」
その言葉に三蔵はもう一度小さく「ふん」と呟き、袂から何かをごそごそと取り出している。
そして、それをポンっと悟浄の方に投げつけた。
「おわっ、な、何だぁ?」
何とかそれをキャッチし、手の中に収まったものを見る。
「……意外ついでだ。いらんなら捨てろ」
「……念のために聞くけど……これ、誕生日プレゼントだったりするわけ?」
三蔵は答えずに、身体ごと横を向いてしまっている。
その仕草が可愛らしくて、悟浄は思わず三蔵を抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。
その衝動のまま悟浄は立ち上がると、三蔵の座るソファに足早に歩み寄り、
三蔵の腕を引いて、そのまま自分の腕の中に三蔵を抱き込んだ。
「なっ……! は、離せ!」
三蔵は悟浄の腕の中でジタバタともがいている。
「サンキュ、三蔵……。すっげえ嬉しい……」
抱きしめたまま、三蔵の耳元で小さく呟く。
すると、三蔵の身体がピクリと震え、抵抗していた力が抜けていく。
悟浄は、大人しくなった三蔵を、更に強く抱きしめる。
まるで、そうする事で三蔵に想いの強さを知って欲しいかのように。
「……もう少し力を緩めろ、バカが……」
三蔵がため息をつきながら呟く。
それでも、さっきのように「離せ」とは言われなかった事が、悟浄には嬉しかった。
三蔵が自分を受け入れてくれている、そう感じる事が出来た。
「……なあ、三蔵。俺、も1個欲しいプレゼントがあんだけど」
「……予想はつくが一応聞いてやる。言ってみろ」
悟浄は三蔵の耳に更に唇を寄せ、三蔵だけに聞こえる程度の小さな声で囁いた。
「────」
おそらく予想通りだったのだろう、三蔵は少し考えるような素振りを見せてから返事を返す。
「……今日だけだ」
その答えこそ、悟浄にとっては最高の誕生日プレゼントだった。
後書き。
コンセプトは素直な三蔵様。……素直過ぎ(汗)
かなり三蔵様が別人と成り果てておりますが、そこはそれ、悟浄さんの幸せのためですv
誕生日話は、とにかく甘く、主役を幸せに!といった感じで書いてます。
三蔵様が悟浄さんにあげたプレゼントの中身……開けてませんね、悟浄さんってば。
その辺はご想像にお任せしますv(単に思い付かなかったとも言う)
最後の、悟浄さんからねだったプレゼントも書いてませんが、これはもう……(笑)
浄三は、三空とはまた違った雰囲気を醸し出してくれるので、書いてても楽しいですv