together with... 八空編



コンコン。

ノックをして、八戒はその部屋の主に声をかける。
「三蔵、ちょっといいですか?」
「……入れ」
そっけない返事が返ってきたのと同時に、ドアを開ける。
三蔵は部屋の椅子に座り、煙草を吸いながら新聞を開いていた。

「さっき、買い出しに行った時に、面白いものを頂いたんですよ」
「何だ」
三蔵はバサリと新聞を畳む。
八戒と話す時には、何かをしながら、という事はあまり三蔵はしない。
旅の行路に関わる事だったり、物資の補給に関する相談だったりする事が多いからだ。
だから、今回もそうだと思ったのだろう。

「実はですね、買い出しの時の福引きで『ディナー付ホテル宿泊券』っていうのを貰ったんです。
 で、三蔵にどうかなぁって思いまして。一応スイートですよ」
「……スイート? ふん、くだらねえな。お前か、さもなきゃ欠食猿が行けばいいだろ」
「僕や悟空じゃダメなんですよ」
「……何でだ」
「もう既に、悟浄に券を渡して行ってもらってますからv ペアなんですよ、その券」
「……尚更俺には関係ねえな」
一瞬の反応の遅れが、八戒の目から見ても可愛いと思う。
心が動いたくせに、本当に素直じゃない。

「でも三蔵、今日って悟浄の誕生日なんですよ」
「それがどうした」
間髪いれずに返事が返ってきた事から察するに、どうやら覚えていたようだ。
「で、僕もですね、悟浄が一番喜ぶ事って何かなーって思いまして。で、この結論に達したわけですね。
 というわけで、三蔵。僕のプレゼントのために行って下さいv」
「……俺の意志はどうなる」
「行ってくれるだけでいいんですよ。後は帰ってくるのも三蔵の自由ですよ」
一旦悟浄に会ってしまったら帰れるわけがない事を知っていて、八戒は三蔵を促す。

「ね、お願いします。三蔵が行ってくれなかったら、悟浄が寂しさの余り女性を連れ込みかねません」
「………………知るか」
口では言いながらも、『女性』の一言に三蔵の表情が動いたのが判る。
「……しょうがないですね。そんなに嫌なら無理強いはしませんが……。
 悟浄も折角の誕生日に1人じゃ、我慢できないでしょうね……」
自分でもわざとらしいセリフだと思うが、三蔵にはこれくらい言って丁度いいだろう。

「それじゃ、三蔵。もしも、気が向いたら……行ってあげて下さいね。地図、置いときますから」
そう言い残して、八戒は部屋を出た。
そして自分の部屋に戻ってしばらく後、隣の三蔵の部屋のドアが開いて廊下を歩く足音が聞こえた。
ちょっと待ってから窓から外を見ると、宿の玄関から出て歩いて行く三蔵の姿が見えた。
……例のホテルに向かって。
その様子を見ながら、八戒はクスクスと笑いを漏らしていた。
本当に世話の焼ける2人ですね、などと思いながら。





悟空と2人の夕食を済ませ、八戒の部屋に戻った。
「でもさ、ホントに三蔵が行くとは思わなかったな〜」
「素直じゃないですからね、あの人は。でもまあ、今頃はうまくやってますよ、きっと」
「そうだな。あーでもいいなあ。豪華ディナーだろ〜」
「ははは、そうですね。あ、それじゃあデザート代わりに、厨房を借りてお菓子でも作りましょうか」
「え、ホント!?
「はい。豪華ディナーには及ばないでしょうが」
「そんな事ないよ。八戒の作るモンの方が、ぜってえ美味いって!」
無邪気な笑顔での一言に、八戒の心臓がドクンと脈打つ。
こんな風に、何気なく発した一言が爆弾ほどの威力を持っている事を、悟空は知らない。

心の中の動揺を悟られないように、ニッコリと笑顔を作りながら八戒は悟空に向き直る。
「1人じゃ大変なんで、悟空も手伝ってくれますか?」
「うん! ……でも、俺、邪魔になんないかな……」
「大丈夫ですよ。悟空、意外と器用じゃないですか」
「そうかな……。じゃ、手伝う!」
そうして、厨房の使用許可をとり、八戒と悟空はお菓子作りを始めた。



「それじゃ、悟空。卵白を角が立つくらいまで掻き混ぜて下さい」
「うん、判った」
簡単なアシスタントのような事を悟空に任せながら、八戒は手際よく作業を進める。
今日は三蔵も悟浄も、別のホテルに泊まっている。
誰に気兼ねする事もない。悟空と2人きりなのだ。
今回の計画は、もちろん悟浄のためでもあるのだが、八戒自身のためでもあった。
こうして、悟空と2人きりの時間をとれる機会は、あまり多くないのだから。


「八戒! 出来た!」
八戒が思考に耽っている間に、悟空は一生懸命作業をしていたようだ。
「ああ、上手く出来てますね。ありがとうございます」
ボウルを受け取りながら悟空を見ると、掻き混ぜる時に力を入れすぎたのか、顔のあちこちにメレンゲが飛んでいた。
その様子が可愛らしくて思わず笑みが零れる。
「? どうしたの、八戒。俺の顔、なんかついてる?」
悟空は首を傾げて、分からない、といった表情を見せている。

「ええ、顔にメレンゲがついてますよ」
「え、どこ!?
悟空は慌てて自分の顔を擦るが、それは更に汚れを広げる結果になってしまった。
「ちょっと待って下さい、取ってあげますから」
八戒はそう言いながら、悟空の頬を両手で挟むようにして上に向けた。

クス、と一つ笑みを零すと、八戒は悟空の顔についているメレンゲを舐め取った。
「は、は、は、は、八戒っっ!?
悟空の、思い切り動揺しまくった声がすぐ近くで聞こえる。
そのまま悟空の顔に飛んだメレンゲを全部舐め取ると、側にあったタオルで悟空の顔を拭き取った。

「……キレイに取れましたよ」
「……キ、キレイにって……水で洗っても良かったんじゃ……」
悟空は顔を真っ赤にしながら、両手で両頬を押さえている。
「……イヤ、でしたか?」
「イヤじゃないよ! ただ、ちょっとビックリして……」
いきなりそんな行動を取られたら、悟空じゃなくても驚くのは無理もない。
しかし、「イヤじゃない」という言葉が、八戒には嬉しかった。


「驚かせちゃいましたね、すみません。じゃ、お詫びに目一杯美味しい物を作らなきゃ、ですね」
いつもの、悟空にだけの笑顔を浮かべ、再びお菓子作りの作業に戻る。
こんな、他愛もない時間が、何にも代えがたい幸せだと思える。
愛しい人との、何でもない時間。




今、世界中の誰よりも幸せだと、そう思える事が嬉しかった。







END








おまけ後書き。

どうしてこう、八空を書くと激甘になるのでしょう……。
八戒さんが悟空にひたすら甘いせいでしょうか。
今回書きたかったのは、『顔についたメレンゲを舐め取る』でした。生クリームでも可。
三空や浄三ではなかなか書けないシチュエーションですからねv
でも、今回の八戒さんは優しいです。悟浄さんや三蔵様に対してまで(笑)
やはり人間(妖怪だけど)、自分が幸せだと他人にも優しくなれるんですね。
って、そんな事言ってたらそれこそ八戒さんの報復を受けそうです。



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