勤労の義務。



紅孩児との初対面を果たした街を出てから、三蔵一行は次の街に向けてひたすらジープを走らせ、空が赤く色を帯び始める頃にようやく街へと到着を果たした。
「あー、やっと着いたぁ! 飯行こうぜ、腹減ったー」
「あはは、でも結構大きな街ですね。これなら物資の補充も充分に出来そうですよ」
いい加減食糧や薬などが底をついていたので、これくらいの規模の街は有難い。
時間的に見て、食事もだが宿を見つける事が先決である。
規模が大きい分、他の町からの宿泊客もそこそこ多いだろう。
4人分の空きのある宿を探すのは、結構骨かもしれない。

幾つめかに訪ねた宿で何とか2人部屋を2つ取れ、食事を済ませる。
「じゃあ、僕は買い出しに行ってきますね。この時間なら店もやってますし」
「あ、俺も行く!」
悟空が元気よく立ち上がる。
自分から荷物持ちを買って出ている事に、悟空は気付いているのだろうか……?

「三蔵と悟浄はどうしますか?」
行く訳ないと思いつつ、尋ねてみる。
案の定三蔵は八戒にカードを投げてよこす。
「煙草が切れかかっている。1カートンほど買ってきといてくれ。
 それと、何か欲しがっても猿を甘やかすんじゃねえぞ」
「おーおー、厳しいお母さんだねえ」
楽しそうにからかう悟浄に三蔵のS&Wの銃口がピタリと当てられる。
「……そんなに魂だけで旅行がしてえのか。なら、俺が地獄への切符をくれてやる」
「とぉんでもない、三蔵サマからの贈り物なんざ、畏れ多くて受け取れねえって」
「遠慮はいらん。どうせ片道だからな」
「一人旅は趣味じゃねえの。美女と二人旅なら行ってもいいけどな♪」
「相手は魂になってからてめえで捜せ。そこまで面倒見れるか」
「えー、そこまで面倒見てくれんのがツアコンの役目だろ?」
「誰がツアコンだ!」
「『牛魔王蘇生実験阻止ツアー』のツアコンじゃん?」

三蔵と悟浄の不毛過ぎる言い合いは放っとく事にして、八戒は悟空を連れて部屋を出る。
「じゃ、悟空、行きましょうかv」
そう言う八戒の笑顔は、いつもより嬉しそうだ。
実際、悟空と2人で買い出しというのは、八戒にとっては嬉しいのだ。
いつも悟空は三蔵にくっついているのだから、尚更である。
三蔵は甘やかすなと言っていたが、八戒に悟空を甘やかすなというのは到底無理な話だ。
どのくらい無理かと言えば、『三蔵が悟浄に優しく笑いかける』くらい無理だろう。
それはともかく、八戒と悟空は夕焼けに染まった街に買い出しに出かけた。

八戒と悟空のお買い物編へ。

少し空の暗さが増してきた頃、八戒と悟空は戻ってきた。
……が、その様子に三蔵と悟浄は思わず顔を見合わせる。
この2人が顔を見合わせるほどの出来事とは何かというと。

……手ぶらなのだ。荷物を全く持っていないのである。
買い出しに行って、何故何も荷物がないのか。
三蔵達が不審な視線を送ってきている事に、八戒は苦笑する。
「……困った事になってしまったんですが」
「……? 何だ」
「使えないんですよ……カードが」
「何だと……!?
三蔵が驚きの表情を隠せずに、呟く。
悟浄も相当驚いたようで、煙草を灰皿に置きつつ尋ねる。
「使えないってどういうこったよ。何でンなことになってんだ?」
困ったような顔で八戒が答える。
「僕にも分かりません。でも、何だか口座が閉められちゃってるようで……」
「ちょっと待て、それは三仏神のカードだぞ。そんなはずが……」
「ホントに使えなかったんだからしょうがねーじゃん……。俺だって、折角…………」
悟空は不満そうに頬を膨らませる。ちょっと落ち込んだように見えるのは気のせいだろうか。

「僕……一つ心当たりがあるんですけど」
八戒が何かを思い出しながら、誰に言うともなく呟く。
「心当たり?」
「はい。僕ら、前の街でいくら使いました……?」
八戒のその発言に、三蔵と悟浄は沈黙する。
そう、前の街での飲み比べ勝負ではメンバーの酒の強さが逆に災いし、店に置いてあった酒のほとんどを飲んでしまったのだ。
しかも、その酒代はカードから出ている。
「どういう事? 八戒」
話がよく見えていない悟空が八戒に尋ねる。
「つまりひょっとしてですね、三仏神さん達が怒って口座閉めちゃったんじゃないかと……」
「「……………………」」
三蔵と悟浄は黙ったままだが、表情が八戒の意見に同感である事を示している。
『謎はすべて解けた!』ハズなのだが、解けても解決にならないのが金田一君との違いだろう。

「……どうすんだよ、おい」
「とりあえず、この宿の宿代くらいは手持ちの現金で何とかなりますが……」
問題は、今日出来なかった物資の補給とこれからの旅費である。
しばらくして三仏神の怒りがとければカードもまた使えるようになるかもしれないが、当面は自分達で旅の費用を工面しなければならない。

現金を得る確実な方法。それは……。
「働く……しかないでしょうねぇ」
「げー、マジかよ!? それくらいなら賭場でよー……」
「ダメです。」
言いかけた悟浄の言葉を八戒がキッパリと遮る。
「それで万が一スッたらどうするんです。ここは確実に、堅実に稼いでもらいます!」
そう言って握り拳を作っている八戒の目に炎が見えたのは幻なのだろうか……。
「ふん。諦めるんだな、バ河童」
三蔵が完全に他人事状態で言う……が、その考えは生クリームケーキに蜂蜜をかけたくらいに甘かった。
「何言ってるんです、三蔵。当然あなたも働くんですよ?
「てめえこそ何言ってやがる。俺に働けだと? ふん、くだらねえ」
言い捨てる三蔵に、八戒が最強モードの準備に入る。

ニッコリと笑顔を浮かべ、三蔵のそばに歩み寄る。(悟浄と悟空は密かに避難している)
「三蔵、ちょっといいですか?」
「……何だ」
三蔵はかなり嫌な予感がしたが、返事をしないともっと危険な事が待っているので渋々返事を返す。
「『働かざるもの食うべからず』って言葉、博識な三蔵なら当然知ってますよね?」
「……ああ」
「そうですか。なら、三蔵はこれから先、食事は一切いらないという事ですね?」
「……」
「そもそもですね、この事態を招いた原因は何でしたっけ? 三蔵ご存知ですか?」
「…………」
「後先を考えずに行動するのっていけませんよねえ。思考力を持った人間な訳ですから。
 まあ、僕は妖怪ですけどねv」
「………………もういい、わかった」
「わかって頂けたんですか? さすが三蔵、理解力が高くて助かります」
最強モード八戒に、三蔵が白旗を上げる形になる。
悟浄と悟空は、八戒には絶対に逆らってはいけないという事を改めて再確認していた。

だが、一つ大きな問題が残っている。
「あとは仕事先……ですか。明日、街に出て求人を探すしかありませんね」
「なあ、俺にも出来る仕事あるかなあ」
悟空がちょっとワクワクしたように八戒に聞いてみる。
「もちろんですよ、悟空。頑張りましょうねv」
「おう!」
かなりやる気な八戒、悟空とは裏腹に、三蔵と悟浄はげんなりといった感じである。
しかし、こういう時の八戒に逆らっても無駄だと知っているので、結局は従う事になるのだが……。


翌日、早速街に出て募集をしていないか、4人で手分けしてチェックする事になった。
三蔵と悟浄は探す気など最初からないが、八戒が何処かから見つけてくるのは確実だ。
予想通り、八戒が少し大きめのレストランのウエイターの仕事を発見してきた。
ちなみに、この時代にレストランなんぞがあるか、などというツッコミはあえて無視するのがお約束である。

「さぁ、早速行ってみましょうかv」
「……ホントに行くのかよ……」
そう呟く悟浄の顔は心底イヤそうな表情が滲み出ている。
三蔵はといえば、不機嫌度60%UPといった感じでひたすら無言である。
「分かってると思いますが、やらないならこれから先は食事もベッドもナシですよ?」
八戒が有無を言わさぬ笑顔で、三蔵と悟浄に脅しをかける。
「……脅しだなんて心外ですねえ。僕は権利に付随する当然の義務について話してるだけなんですけど」
! 『天の声』が聞こえるとは……恐るべし、猪八戒。
「なあ八戒、誰と喋ってんだよ? さっさと行こうぜ」
悟空は相変わらず好奇心いっぱいのようだ。三蔵の教育の賜物であろうか。
とことん気の進まない三蔵と悟浄を引っ張る形で、八戒と悟空が店に入っていく。

カランカラン。

「いらっしゃいませー」
ドアをくぐると同時に、愛想の良い女性の声が響く。
「あの僕達、表の求人を見て伺ったんですが……」
「あ、ウエイター希望の方ですか? 少々お待ち下さい」
ウエイトレスが奥にいる店主らしき年配の女性に、八戒達のことを説明してるのが見える。
そしてその女性が八戒達の方に歩み寄ってきた。
「こんにちは。ウエイター希望の方たちだそうですね? 私はこの店の店主で怜杏です。
 詳しい話は奥の事務室でお伺いしますわ。こちらへどうぞ」
「はい、よろしくお願いします」
4人は女店主について奥へと進んでいく。

ハッキリ言って、三蔵も悟浄も採用されると思っていなかったし、採用される気もなかった。
しかし、運命とはいつでも当人の望みとは全く違った方向へ作用するのが世の常である。
……採用されてしまったのだ。何故か。
他の3人はともかく、客商売には最も向いてないと思われる(というか、完全に向いてない)三蔵まで採用になったのは奇跡としか言いようがない。
八戒の巧みな弁舌ゆえか、店主である怜杏が三蔵の顔にダマされたのか。あるいは、話の都合上か。
それは神のみぞ知るところである。……神がこんな下らない事を知りたがるかどうかは別問題だが。

かくして、三蔵一行はレストランでのウエイターを勤める事になった。
第三者から見れば、このレストランの安否が危ぶまれる所である。
とりあえず、営業停止に追い込まれない事を祈るしかないだろう……。






END(?)








後書き。

はい、こんな所で終わるんじゃねえよvって感じですね。
いや、三蔵一行の働く姿……書きたかったんですけど。
またページ数が長くなりそうなもので、一旦切らせていただきました。
代わりと言ってはなんですが、またもや本文中にオマケモードがあります。
ちょっと八空になってます。しかも八戒がシリアスで切ない。
読まなくても本編に支障はありませんが、読んで下さると嬉しいかな、と。



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