八戒と悟空のお買い物編。



言い争いを続ける三蔵と悟浄を放ったらかし、八戒と悟空は買い出しのため街を歩いていた。

「なあ、八戒。まずは何買うんだよ?」
「そうですね……。食料品は重いので後回しにして、雑貨関係から買っていきましょうか」
「えー、食いもん後なの?」
「すみません。でも、もし店先で何か欲しいものがあったら言って下さいね?」
「え、いいの!?」
「いいですよv」
……三蔵に「甘やかすな」と言われた事など、どこ吹く風である。

街に立ち並ぶ店を嬉しそうに見て回る悟空に、八戒の表情が自然柔らかくなる。
この笑顔を見るためなら、八戒はどんな事も辞さないかもしれない。
そんな思いで悟空を見つめていると、悟空の表情がパッと変わるのが分かった。

「悟空、どうしたんですか?」
「あ、八戒。これ見て」
……そこにあったのは、細かな細工の施されたライターだった。
決して装飾過多ではなく、品の良いデザインになっている。
「……なあ、八戒。これ買っちゃダメ? 食いもんいいから」
悟空がそれを欲しがる訳は、聞かなくても明らかだ。

三蔵の為。三蔵にプレゼントしたいが為に、悟空が食べ物すら我慢して。
それを買うのに、八戒の許可を求めている。
悟空は、自分の言っている事の残酷さを分かっていない。
八戒の想いを知らないのだから、仕方のない事ではある。
だからこそ、八戒は自分の心に感じた痛みを表情に出さない為に笑顔を作った。
「これが欲しいんですか?」
「うん! 何かキレイだろ、これ?」
「……そうですね」
「……? どうしたんだ、八戒?」
どうやら、ほんの少し笑顔が崩れてしまっていたようだ。
「何でもないですよ」
またすぐにいつもの笑顔を浮かべ、悟空を安心させる。

このライターを買うかどうか。正直八戒も少し迷った。
八戒がダメだと言えば、悟空はきっと諦めるだろう。
だが、それは悟空の笑顔が落胆で曇ってしまうという事だ。
そんな顔など見たくない。
一方、購入を許可すれば悟空は思い切り喜ぶだろう。
八戒が大好きな、本当に嬉しそうな満面の笑顔を見せてくれる。
しかしそれは……その笑顔は三蔵への想いから溢れ出たものだ。
『届かない』事を思い知らされる、という事に他ならない……。

……それでも。
「いいですよ」
「ホント!?」
悟空がパッと笑顔を八戒に向ける。
その笑顔が……痛かった。しかし表情は崩さぬまま、悟空からさりげなくライターの方に視線を逸らす。
「じゃあ、ラッピングもしてもらいましょうね」
「え、俺……その……」
「照れる事ないですよ。三蔵にプレゼントするんでしょう?」
「……うん……」
悟空が顔を真っ赤にして頷く。
その様子に、八戒の顔に少しつらそうな色が浮かぶ。

悟空に気付かれる前にその色を消し、八戒は店の主人に話し掛ける。
「すみません。このライター、プレゼント用に包装していただけませんか?」
そう言うと、店の主人は快く承諾し、小さな箱にそのライターを収めてキレイにラッピングしていく。

「支払いはこのカードでお願いします」
八戒は店主にカードを手渡す。
その横では悟空が大切そうにライターの入った箱を抱えている。
しばらくして店主が戻ってきて言った言葉に、八戒も悟空も自分の耳を疑った。
……カードが使えないと言うのだ。
そんなはずはないと何度も確かめてもらったが、結果は同じだった。

「……困りましたね」
悟空は不安そうに八戒を見上げている。
「なぁ、じゃあこれ、買えないのか……?」
『しょぼん』という擬音が付きそうな悟空に、八戒もどうにかしたいのはやまやまである。
しかし、現金も多少持っているものの、カードが使えないとあっては宿代の為にもこれを使う事はできない。
「すみません、悟空……。今回は我慢してもらえますか……?」
「……うん。仕方ないもんな」
「すみません」
申し訳なさそうに言う八戒に、悟空が少し焦る。
「八戒が謝る事ないじゃん! もともと俺のワガママなんだし……」
悟空はそう言って、ライターを店主に返す。
悟空が気遣ってくれるその優しさが、嬉しくて、胸が痛んだ。
少しだけ……ホッとしている自分が、ひどく醜く思えた。

その後幾つかの店を回ってみたが、カードは使用不能だった。
こうなると、いよいよカードそのものに問題があるとしか思えない。
使えない以上、これ以上街を歩き回っていても意味はない。
「悟空、そろそろ宿に戻りましょうか。僕達だけじゃどうしようもないですし」
「うん、そだなっ」
いつもより多少元気がないのは、やはり先程のライターが気になっているからだろう。
あえて八戒は何も言わなかった。悟空が、気を遣わせまいとしているのだから。

八戒と悟空は宿へと足を向ける。
……宿に帰りついた後の八戒の攻撃目標が三蔵に定められたのは、無理ない事なのかもしれない。







終わり。









おまけ後書き。

本編より余程シリアス入ってるよ! どうした、私! どうした、八戒!
変ですね、ギャグもどきのおまけが何故シリアスになるのか。
これの本編とおまけ書いてて思い知りました。私は『シリアス体質』だということを。
ただし、小説限定ですけど……。
八戒が切なくなってます。こんな真面目な八戒、書くとは思わなかった。(←おい!)
せーつーなーいー片思い あなたは気付かなーいー(←これが分かった人は管理人と歳近いかも・笑)


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