いつも通り、街に着いて宿を探す4人。
いつもならツインくらいはとれるのだが、今日は4人部屋しかとれなかった。
街に着いた時はもう夕刻だったので、夕食を取ってすぐに三蔵達は部屋に引き上げたのだが───。
「三蔵、悟浄、悟空。ちょっといいですか?」
八戒の声に、3人は顔を上げた。
八戒は割と広い部屋の真ん中辺りの床の上に座り、笑顔を浮かべつつ手招きをしている。
悟空は素直に元気な返事をして八戒の所にてててっと駆けていったのだが、三蔵と悟浄は一瞬躊躇った。
八戒があんな実に爽やかな笑顔で呼ぶ時は、大抵ロクな事ではない。
これまでの経験上、それは十分過ぎるほど分かっている。
……しかし、行かなければどんな報復が待っているか分からない。
少し考えたものの、諦めたように三蔵と悟浄も腰を上げた。
「……で? 何なワケ、八戒?」
悟浄が八戒の隣に座りながら尋ねる。
本当はあまり訊きたくないのだが、三蔵が『テメエが訊け』と目(と殺気)で訴えてきていた。
「いえ、大した事じゃないんですけど、僕らってお互い知らない事が多すぎるなーって思いまして」
「「……は?」」
三蔵と悟浄の声がキレイにハモった。相変わらず仲の良い2人である。
それはともかく、三蔵と悟浄は八戒の発言の意味を計りかねていた。
八戒は決して、他人の事をとやかく詮索するタイプではない。
それが、何をいきなりこんな事を言い出したのか。……というよりも、何を企んでいるのか。
そもそも、どちらかと言えば三蔵達はお互いの過去などは知っているほうだ。
「そうなんですけどね。ただ、僕が言ってるのは過去とかじゃなくて、日頃のちょっとした疑問の事なんですよ」
口に出した覚えはないのだが、八戒はそれが当然の事のように笑っている。
「疑問だと?」
三蔵が怪訝そうに聞き返すと、八戒はにっこりと笑いながら頷く。
「こうして一緒に旅をしていると、ふと小さな疑問が出て来たりするじゃないですか。
そういう疑問って気になりだすと、ずうっと気になっちゃうものですから」
「……要するに、俺らに答えて欲しい疑問があるわけね……」
「はい。簡単に言うとそういう事です。 まあ、『質問コーナー』って感じですねv」
しかし、三蔵と悟浄はまだ警戒していた。
一体、自分達に何を訊く気なのか。
「なあなあ、八戒の疑問って何なんだよ?」
悟空がワクワクといった感じで八戒に尋ねる。
三蔵と悟浄は内心、「訊くんじゃねえよ、バカ猿!」と叫んだがもう遅い。
「僕の疑問って言うより、読者の疑問と言った方が正しいんですけど」
「……読者……?」
「はい。ほら、こんな所に質問のおハガキが」
八戒は何処からともなく出したハガキをピラピラと見せている。
ちなみに、一体そのハガキは何処に宛てて投函されたもので、誰が配達したんだという疑問も湧くであろうが、生憎その疑問には答えられるものはいないようだ。
そのハガキが1枚だけな事に、少し安心する三蔵と悟浄。
だが、それは甘かった。
「これだけじゃないんですよ。ホラ、こ〜んなにv」
そう言った八戒が出したのは、何通かも数えたくなくなるほどのハガキ。
果たして、これだけのハガキを何処に隠し持っていたのか。
「で、俺らがそのハガキの質問に答えるの?」
悟空が八戒の持っているハガキの山を覗き込みながら尋ねる。
「はい。中には、僕も気になってるものもチラホラありますし」
実際の所は、それこそが、今回の企画を立てた目的だろう。
「というワケですので、いいですよね?」
ニッコリという擬音を貼り付かせて、八戒は承諾を求める。
いや、言葉は承諾を求めているが、笑顔は脅迫している。
『断ったりなんかしませんよね、もちろんv』と……。
そしてそれに逆らえる者などいるはずもなく、三蔵と悟浄は渋々、悟空はちょっと乗り気でその『質問コーナー』に付き合う事となった。
八戒はハガキの山の中から、ひょいと1通取り出す。
「じゃあ、早速1通目いきますね。……えーっと、大阪にお住まいの千冬さんと仰る方からの質問ですね」
「千冬ぅ? なーんか嫌な名前だな、おい」
八戒の手元を見ながら、悟浄が心底嫌そうな顔をしている。……その瞬間。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
突然叫んだ悟浄に、他の3人はさすがに驚いて悟浄に視線を向ける。
「ご、悟浄、どうしたんだよ!?」
悟空が慌てて悟浄を覗き込む。
悟浄は身体を押さえてうずくまっている。
「……あの、悟浄……?」
八戒もさすがに心配になり、悟浄の傍にしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。いや、なんか今、身体中に電気走ったように痛んでよぉ……」
それは作者からのささやかな愛のムチであるが、それは4人には知る由もない。
思ったより大した事はなさそうなので、八戒も元の位置に戻り、改めてハガキに目を落とす。
「ええと、まず最初の質問ですね。
『三蔵様の袂の中には、一体どれだけの物が入ってるんですか。気になって夜も眠れません。』……だそうです」
「じゃあ寝るな」
「……さ、三蔵、そんな身も蓋もない……」
あっさりと言い捨てた三蔵に、八戒がちょっと呆れながら手をぴらぴらと振っている。
「いいじゃんか、答えてやれよ。ってーか、俺も実は結構気になってるし?」
「あ、俺も!」
悟空が手を挙げて同意する。
「僕も前から不思議に思ってたんですよ。いい機会ですから、教えて下さい」
一部ではドラ○もんが住んでいると噂されている袂。気にならないハズがない。
三蔵はしばらく考えていたが、ため息をつくと袂に手を入れた。
思わず真剣な眼差しで、他の3人はそれを見つめていた。
まず出てきたのは、ハリセン。しかも6個。
「……え、6個……?」
その数に、悟空は首を傾げた。
少し前、『ストックがなくなった』と、4個作った時からハリセンは作ってないはずだ。
しかも、その内の1つは既に、その寿命を全うしている。
なのに、どうして6個もあるのだろう……。数が合わないのではないだろうか……?
そんな疑問がぐるぐる頭を回ってはいるものの、尋ねてしまえないのは何故だろう。
そんな事を考えている間に、三蔵は次のアイテムを取り出している。
次に出てきたのは煙草とライター。
これはまあ、無難な所だろう。……と、3人が思ったその時。
三蔵が袂からにゅっと取り出したのは、マルボロ3カートン。
「「「!?」」」
3人が思わずその場に固まる。
そういえば、と、八戒は思い出す。
三蔵のマルボロは、確かに買ってきた全部を三蔵に渡していたが、荷物の中に入ってるものと思っていた。
まさか、袂の中に入れているとはさすがの八戒にも予想外だった。
「三蔵……、何もそんなに一遍に持ち歩かなくてもいいんじゃないですか、煙草?」
本当に訊きたいのはこんな事ではないのだが、八戒も珍しく動揺しているようだ。
「ああ。だが、思わぬ時に切れてたりするからな。別に邪魔にもならねえから持ち歩いてるだけだ」
本当に、あれだけ入っていて邪魔にならないのなら、それこそ謎な構造である。
そして三蔵は、また袂の中に手を入れてゴソゴソとしている。
一体今度は何が出てくるのかと、悟空達3人は心の中で身構えた。
三蔵は袂から手を出すと、手に持っている物をゴトリと置く。
目の前に展開されたものは、墨、硯、筆、その他諸々……いわゆる習字セットのようなもの。
「……お、おい三蔵、これって……?」
悟浄が汗をタラリと流しながら尋ねる。
「墨や筆も分からんのか、救いようのねえバカだな」
「そうじゃねえって! 何でそんな、筆やら墨やら持ってんのかって訊いてんじゃねえか」
「何かを書く時に、なかったら不便だろう。実際、結界破りの時にも役立ったしな」
三蔵のそのセリフに、八戒が思い出したように、ああ、と呟く。
「そういえば、カミサマの結界を破る時に使ってましたね」
「あ〜、あれかぁ……。俺、あんまり思い出したくないんだけど……」
悟空は嫌なものを思い出したといった感じで、うんざりした表情をしている。
「で、三蔵? これで全部?」
話題を転換したくて、目の前に並べられたアイテムを見ながら悟空が尋ねる。
「いや、まだあるが」
言いながら、三蔵はまだ何かを取り出そうとしている。
まだ出てくるのか……と、3人の心の声が密かにハモった。
三蔵が取り出し、目の前に置いたのは……金冠。
言うまでも無く、三蔵法師の正装時に身に付ける金冠である。
いや、金冠であることは、見れば分かる。……しかし。
「さ、三蔵……。これも袂の中に……?」
八戒が瞬きを繰り返しながら、金冠を指差している。
「当たり前だ。今、見てただろうが」
事も無げに言う三蔵に、今度は悟浄が疑問をぶつける。
「お前さ、いっつもこれ、被ってない時は袂ん中しまってんの……?」
「当然だろう。前にも、お前らの前で取り出した事があるだろうが」
「は? いつだよ?」
「コミックス五巻91ページを見てみろ。
手荷物も何も持ってない状態で、袂以外の何処から金冠を取り出したように見える」
その言葉を受けて、とりあえず八戒は傍にあったコミックスを手に取り、ページをパラパラめくる。
なお、何故ここにそんなモノがあるのかというツッコミはしてはいけない。
「……91ページ、91ページっと…………、あ、ありました。…………ホントですね」
「どれどれ……あ」
「……全然気付かなかった……」
悟浄と悟空も八戒の手元を覗き込み、問題の箇所を見ている。
確かに、三蔵はおろか、悟空も荷物を持ってなかった以上、この金冠は袂から出て来たとしか思えない。
金冠なんてものが、果たして袂に出し入れできるのかという事は、もはや訊いてはならない事なのだろうか……。
「気は済んだか? なら、もういいだろう」
そう言って、三蔵は並べられたアイテムを再び袂にしまっていく。
「あ、金冠で最後だったんだ」
悟空がホッとため息をつく。
「いや、まだあるが、いちいち出してたらキリがねえ」
「……え? あの、まだあるんですか……?」
「特に大した物はねえ。主なものはあれだけだ」
『主じゃないもの』は、一体何が入っているのか気になるのだが、知りたくない気もする。
どうやらそれは3人共通の思いだったらしく、見せるように言う者はいなかった。
「……三蔵。最後に1つだけ、僕から質問があるんですが」
「何だ」
「そんなにたくさんの物が入ってて、どうしてすぐさま必要な物を取り出せるんですか?」
中を見るわけでもない、ただ手を入れただけで、どうして目的の物を手に取れるのだろう。
そもそも、ライターなど小さい物は袂の一番底に落ちているはずである。
しかし三蔵は、すっと手を入れただけでライターを取り出して見せる。
袂の中身が判明して、尚更その疑問は深まった。
思いの他真剣に質問している八戒を、三蔵はしばらく黙ったまま見ていた。
3人が注目する中、三蔵の口が開かれ、言葉が紡がれる。
「それは……」
「「「それは!?」」」
悟空、悟浄、八戒の声が見事にハモった。
これほどこの3人の息がピタリと合ったのは初めてではないだろうか。
「それは……それだけは教えられん。お師匠様からの秘伝 だからな」
「……ひ、秘伝……ですか?」
「ああ」
秘伝の内容も非常に気になるところではあるのだが、それ以上に八戒には気になるポイントがあった。
『お師匠様からの秘伝』という事は、当然光明三蔵も『それ』を会得していたという事である。
それはつまり……光明三蔵の袂もまた、この袂と同じ構造だったのだろうか……?
『三蔵法師』の法衣とは一体……そんな事を思わずにはいられない。
「もういいのか?」
三蔵が面倒くさそうにため息をついている。
「え、ええ、まあ……」
謎が深まっただけのような気がするが、もうこれ以上追求する気にはなれなかった。
こうして、八戒主催の『質問コーナー』はひとまず終幕を迎えた。
が、賢明な読者の皆様は覚えていることだろう。八戒の持っていたハガキの量を。
解明されない謎がある限り、このコーナーが本当の終焉を迎える事はない……かもしれない。
後書き。
何書いてんだか、私……。いえ、書いてる本人楽しかったんですが。
金魚すくいの極意の次は袂使いの秘伝。光明様ってば一体何を教えてんでしょう。
三蔵様の袂の謎について、考えれば考えるほど判らない事が増えてゆく……。
しかもハリセン増殖してるし。ド○えもんがこっそり増やしてるんでしょうか。
つーか三蔵様、いい加減その袂の構造に疑問を抱いて下さい。
これがシリーズ化するのかどうかは……これもまだ謎です、はい。
ネタが思い付いたら、また突発的にやるかもしれません。(←すんな)