三蔵、悟空、悟浄の昼食準備編



八戒を散歩に送り出した後、悟浄達は昼食の準備を進めていた。

「あ、おい猿、何してやがる!」
「何って悟浄が『塩ふれ』って言ったんじゃん」
「って、んな大量にふるヤツがあるかよ! ひとつまみでいいんだよ!」
「だったら、最初にそう言えよー!」
「言わなくても分かるだろ、普通っ」
「分かんねえよっ」
「うるせえ! ケンカしてねえで、さっさと準備しろ!」
スパスパァァン!と何処からか出現したハリセンが、素早く2人の後ろ頭を捕らえた。
ちなみに当の三蔵はといえば、何処からか出したまな板の上でさっき悟空に取らせた魚を捌いている。
その鮮やかな包丁捌きは、普段の三蔵からは全く想像出来ないほどのものである。

「つーか、三蔵。そんだけ料理出来んなら、八戒ばっかりにやらせてねえでたまには料理すりゃあいいじゃねえか」
三蔵が3枚におろした魚を見ながら、悟浄は呆れたように言う。
「うるせえよ。人の事言えんのか、てめえ」
ビッと三蔵が包丁で指した先には素晴らしく薄く切られたハムがある。
「だぁって、今日は別だけどよ、毎日野郎のためにメシ作りたくねえんだもんよ」
「我侭な野郎だな」
「……お前にだけは言われたくねえ台詞だよな、それ」
「……死ぬか、貴様?」
そう言う三蔵の手には包丁が握られているため、かなりシャレになっていない。
銃ならともかく、包丁では完全に2時間サスペンスの世界である。


本当に刺されてはたまらないと、悟浄はそそくさと三蔵の傍から離れて自分の担当に戻る。
手際良く料理を進めながら、悟空に少しずつ指示を出したりしている。
基本的に悟空は料理がまるで出来ないため、三蔵と悟浄のアシスタントのような事をしていた。

「悟浄、これはどうすんの?」
「あ? ああ、焦げつかねえようにゆっくり掻き混ぜとけ」
言われた通り悟空は、鍋をおたまでぐるぐると掻き混ぜる。
「なあ悟浄、掻き混ぜるだけでいいの?」
「おお。あんまり掻き混ぜ過ぎんなよ? ゆっくりでいいかんな」
「分かった」
珍しくのどかに会話を繰り広げる2人とは裏腹に、三蔵の眉には密かに皺が刻まれている。



さっきから「悟浄」を連呼する悟空に、知らず包丁を持つ手に力が篭っていく。
が、悟浄は思いの外真剣に料理しているため、自らの命の危険には気付いていないようである。
その間にも、悟空と悟浄は仲良く料理に勤しんでいる。
もっとも、苛つく余り、三蔵の目にはすっかり『仲良しフィルター』がかかってしまっている。
今の三蔵には、いつもジープで繰り広げているケンカすらも仲良く見える事であろう。


そんなわけで、三蔵の意識はいつの間にか目の前の料理から逸れていってしまっていた。
そのせいかもしれない。普段なら絶対にしないミスをしたのは。

「……っ……!」
指先に走った痛みに、三蔵は思わず眉を寄せた。
視線を下ろすと、人差し指の先から赤い液体がポタリと流れ落ちた。
うっかり包丁の扱いを誤って指先を切ってしまったらしい。
三蔵は舌打ちをすると、ひとまず手近にあったティッシュを取って指先に当てる。
それから料理をする都合上傷口を保護するバンソーコーを取りに踵を返すと同時に、声が飛んできた。

「三蔵、どうしたの? …………って、血ぃ出てるじゃん!」
三蔵の指先から流れる血を見た途端、悟空が慌てて駆け寄ってきた。
その手には未だおたまが握られたままであるのだが、それは致し方ない事だろう。
「三蔵、大丈夫か? 包丁で切ったの?」
心底心配そうな目で、悟空は三蔵を見つめている。
「……三蔵?」
返事が返ってこないのを不審に思ったのか、悟空は三蔵を覗き込んだ。
と同時に、三蔵は悟空から離れるように荷物へと歩き出した。
悟空が三蔵の名を呼んでその瞳で真っ直ぐに三蔵を見ている、その事を感じて迂闊にも笑みが浮かんでしまっていたため、悟空に顔を見られる前にその場を離れた。
「別に大した事ねえ。ちょっと切れただけだ、すぐに血も止まる」
「じゃあ俺、手当てする!」
言うと、悟空は三蔵よりも先に走っていき、荷物の中から救急箱を取り出した。



悟空は救急箱を開けて、中をごそごそとしている。
「……悟空」
「何?」
「……手当てはいいが、その前にそのおたまを鍋に戻してこい」
「え? ……あ」
三蔵に言われて、悟空は自分がおたまを持ったままだった事に気付く。
三蔵の血に動揺して、すっかり忘れてしまっていたようである。
「すぐ置いてくるから待ってて!」
言うと同時に、悟空は鍋の元へと走っていった。

正直なところ、手当てが必要なほどのケガでもない。
現に、既に血は止まりかけている。
だが、敢えて三蔵は傷に触れる事なく悟空が戻ってくるのを待った。
ここで自分で手当てを済ませてしまったら、戻ってきた悟空がしょげるのが目に見えている。



見ると、おたまを置いてきた悟空がダッシュでこちらに戻ってきていた。
「お待たせ、三蔵!」
悟空は三蔵の前に座り込むと、救急箱の中を探し始めた。
「え〜っと、確か先に消毒しなくちゃ……」
呟きながら、ごそごそと消毒液を探す。
三蔵には既に消毒液が見えているのだが、黙って悟空が探し当てるのを見ていた。

「あ! あった!」
ようやく探し出すと、血を拭き取ってから消毒液を脱脂綿に含ませてそっと三蔵の指先に当てる。
「……三蔵、痛くない?」
「別に痛くねえよ」
「そっか、良かった!」
ホッとしたように笑うと、悟空は今度はバンソーコーを探し始めた。
「ん〜……あ、これだっ」
バンソーコーを取り出し、差し出された三蔵の人差し指の指先にゆっくりと巻く。
「こんな感じかなぁ? 三蔵、キツくない?」
「ああ」
「よしっ、じゃあこれで手当て完了ー!」
両手を叩くと、悟空は取り出した消毒液やらを片付け始めた。

だが、その動きを急に止めると、不安そうに三蔵を見上げる。
「……なあ、その手当てで良いのかな? 三蔵、それで大丈夫?」
「手当てした後で何言ってやがる」
「だってさ、俺、手当てとかってやってもらった事はあってもやった事ないし……」
少し俯き加減で小さく呟く悟空の頭を、三蔵はポンポンと叩いてやる。
「……こんだけ出来りゃ上等だ」
「ホント!?
「んな嘘吐いて俺に何の得があるってんだ」
「……へへへ」
「気持ち悪ぃ……」
「いいじゃんか、嬉しいんだもん」
「ふん、単純猿」
憎まれ口を叩いて立ち上がった三蔵であるが、その表情は心なしか穏やかに見えた。


「ほら行くぞ。出来る前に八戒が戻ってきても知らねえからな」
「あ、そうだ! やっべ、急がなきゃ!」
料理をしていた場所に戻る三蔵の後を、悟空は駆け足でついていった。








なお、その場所では。
「こいつらはいつでもどこでもよぉ……。1人で真面目に料理してる俺って何なワケ……?」
と、1人愚痴をこぼしている悟浄がいた。








終わり。











おまけ後書き。

八戒さんが1人切なく悩んでいる(?)間、こちらではこんな事が行われてましたよ、という話です。
どうも私は三空を書かずにはいられないようでございます。
『悟空の手当てを黙って受ける三蔵様』を書きたかったんです。
悟浄さんがアテられてますが、もうこれは仕方がないと思って諦めて頂くしかありません。
……しかし、魚を捌く三蔵様って……。くれぐれも想像はしないで下さいね(笑)
いや、それ以前に寺院で魚の捌き方は教えてくれないかと。だって生臭だし。
あ、光明様なら教えてくれるかも!? という事はこれも光明様直伝!?(←違うし)



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